出陣、ルナ・ザ・ウルフファング!
「ゲイル・タイガーに!」
「バンザイ!」
「握手してくれぇ!」
格納庫の熱気は、最高潮に達している。
だが、ゲイルは冷ややかな視線を向け、静かに口を開いた。
「───勘違いするな」
低く、よく通る声だった。
水を打ったように、周囲のざわめきがピタリと止む。
「お前たちは負けた側だ。偉大なるシグマ大帝とやらは、とうの昔に死んだ。
俺を旗印にして国を立て直す? ふざけるな。
仲間になれというのなら、お前たちの方こそ、エリシオンに下るべきだ」
冷徹に突き放すような、ゲイルの言葉。
ドラッツェもキュロンも、息を呑んで言葉を失った。
「そんな……ゲイル様……」
残酷なまでの正論であった。
「確かに……戦力不足に喘ぎ、喉から手が出るほど力を欲しているのは、我々、レジスタンスの方だ」
「エリシオンが、わざわざシグマの残党に擦り寄る理由なんて、どこにもありませんよね……」
重苦しい沈黙が落ちた格納庫。
と、ポンッと軽い音が響いた。
ギゼラが、ゲイルの背中を叩いた音だ。
「ま、そういうこったな! 言い方はキツいけどよ」
ギゼラは一歩前に出ると、呆然とするレジスタンスたちを見渡した。
「アタシらは、加盟国の過去とかは気にしない主義でね。
アンタらも過去のメンツを気にしないって言うなら、仲間になれるぜ」
カラッとした、底抜けに明るい声。
だが、その言葉の重みを、ゲイルはよく理解していた。
ギゼラ自身、幾度となくシグマ帝国と戦火を交え、大きな被害を出している。
エリシオンの部隊の中には、シグマに故郷を焼かれ、仲間や家族を殺された者も少なくない。
プロメテウスで共に戦うメカニックの菊花などは、その最たる例だ。
((それでも、この女は言い切ったのだな))
恨み辛みを飲み込み、未来のために共闘の道を示す。
それは、並大抵の覚悟で言えることではない。
ドラッツェは、顔の傷を歪ませ、深く息を吐き出した。
かつて世界を震え上がらせた大国のプライドか、それとも明日を生き延びるための現実か。
「……少し、考えさせてほしい。我々にも、整理する時間が必要です」
苦渋に満ちたドラッツェの返答。
ゲイルが頷こうとした、まさにその時だった。
「報告ッ!」
格納庫の入り口から、一人の通信兵が血相を変えて飛び込んできた。
「前線に潜伏している密偵から、緊急通信!
敵部隊に、動きありッ!」
その一報に、格納庫の空気が一瞬にして張り詰める。
ギゼラは金色の瞳を細め、ゲイルは無言のまま耳を澄ませた。
〜〜〜
薄暗い会議室の中央。
一行は、テーブルに広げられた大きな地図を囲んでいた。
地図上には、いくつかの赤い駒が置かれている。
ひときわ大きく、禍々しい赤い駒が集中している場所。
「このデカいマスが、バグラザードかい?」
「ああ、かつてシグマ帝国が誇った、巨大な軍事要塞だ」
「報告によれば、宇宙から巨大な機動要塞がバグラザードへと降下しました」
通信兵が、張り詰めた声で告げる。
「そして、その機動要塞から出撃した敵部隊が……現在、この秘密基地へ向かって一直線に進軍中です!」
((……上手いな))
ゲイルは腕を組み、低く唸った。
冷徹な戦術眼が、ノヴァ・ドミニオンの狙いを瞬時に読み解いていく。
敵の部隊は、確実にこの渓谷地帯を怪しいと睨み、網を張ってきている。
このまま部隊を放置すれば、いずれ秘密基地は見つかり、蹂躙されるだろう。
だが、迎撃に出ればどうなるか。
「我々が迎え撃てば、ここに反抗勢力が潜伏しているという『答え合わせ』になってしまう」
ゲイルが静かに状況を口にすると、ドラッツェの顔がサッと青ざめた。
「敵の本隊に戦力差を測られ、圧倒的な大軍で押しつぶされるのがオチだ。
仮にこちらが勝って部隊を退けたとしても、敵からすれば偵察部隊の損耗だけで拠点の位置が割れる。
お釣りがくるほどの見事な戦術だ」
「くそっ! じゃあ、どうすりゃいいんだよ!?」
忌々しげにテーブルをバンッと叩くギゼラ。
逃げ道のない盤面に、会議室の空気が重く沈み込んだ。
だが、ゲイルの鋭い瞳は、決して絶望に染まってはいなかった。
「ならば――エリシオン本隊へ通信を繋げ」
ゲイルの思わぬ提案に、キュロンがハッと顔を上げる。
「エリシオンの本国に、ですか?」
「ああ。偶然この空域を進軍中だったエリシオンの部隊が、敵の偵察部隊と遭遇して攻撃した……という形にするんだ」
ゲイルは地図上の赤い駒を、指先でトントンと叩いた。
「エリシオンの増援部隊が敵を殲滅したとなれば、この秘密基地の存在はばれない。
敵の目を、完全にエリシオンへとそらすことができる」
「なるほど! それなら、レジスタンスは無傷でやり過ごせるってわけか!」
ギゼラがパッと顔を輝かせ、拳を握りしめる。
敵の思惑を逆手に取る、狡猾で鮮やかな一手。
それは、かつて帝国最強と謳われた男が導き出した、起死回生の策だ。
「いいか……?」
ゲイルは地図から視線を上げ、ドラッツェたちを見据えた。
作戦の意図を理解させるため、淡々と説明を続ける。
「この作戦のキモは、情報と心理だ」
こちら側にとっては、エリシオンとレジスタンスが接触しているのは自明の理だ。
しかし、敵からしたらどう見えるだろうか。
((もともと、エリシオンとシグマ帝国は血で血を洗う仇敵同士だ))
エリシオンの部隊が、レジスタンスを助けようとして現れたのか。
それとも、偶然通りかかって戦闘になっただけなのか。
敵の指揮官は、その真意を図りかねるはずだ。
「敵が考えるべきことを、強制的に増やすんだ。
相手が想定しなければならない可能性を増やせば増やすほど、敵の部隊は対応のために分散せざるを得なくなる」
ゲイルの言葉に、ドラッツェがハッと息を呑む。
単純な力比べではなく、盤面そのものを複雑に書き換える戦術。
ゲイルは、こうした格上の敵との戦い方を誰よりもよく知っていた。
かつてシグマ帝国側として、圧倒的な技術力を持つエリシオンと戦い、この戦法を嫌というほど味わわされてきたからだ。
「なるほど……。敵の目を欺き、戦力を分散させる。見事な采配です、ゲイル様」
キュロンが感嘆の声を漏らす。
ギゼラもニヤリと笑い、拳を鳴らした。
「決まりだな! さっそく、上空で待機してるウチの連中に連絡を入れるぜ!」
――場面は転換する。
エリシオンの戦闘空母、プロメテウス級二番艦『エピメテウス』。
光学迷彩で姿を隠した黒い艦体の内部では、けたたましいアラートが鳴り響いていた。
「急げ! 出撃準備を急げ!」
「武装の最終チェック、急ピッチで進めろ!」
広大な格納庫の中を、メカニックたちが慌ただしく駆け回っている。
火花が散り、重機が唸りを上げる喧騒の中。
整備ハンガーの中央に、一機のコマンドスーツが鎮座していた。
狼のような鋭いフォルムを持つ軽量型フレーム。
両腕には、凶悪な鉤爪とワイヤーを備えたマルチプルユニットが装備されている。
シャオ・リューシェンの愛機、『ルナ・ザ・ウルフファング』だ。
「よしよし、いい仕上がりじゃないの」
シャオはパイロットスーツ姿のまま、愛機を頼もしそうに見上げた。
日焼けした肌と、男勝りな短い髪。
胸元の豊かな膨らみが、呼吸に合わせて大きく上下している。
((敵の偵察部隊をぶっ叩いて、派手に目を引けばいいんだね))
シャオは首をゴキッと鳴らし、口角を吊り上げた。
まるで獲物を前にした飢えた獣のように。
シャオは不敵な笑みを浮かべ、鋭く牙を剥いた。
格納庫の喧騒の中、一人の少年が小走りで駆け寄ってきた。
「シャオさん! ルナの出撃準備、いつでもいけます!」
緊張で声裏返らせながら報告するのは、エピメテウスのメカニック班長を務めるプラムだ。
栗毛の小柄な少年は、先代班長だった父親を事故で亡くし、その跡を継いだばかり。
油まみれの作業着を着た姿は、まだどこか初々しい。
「ありがとね、プラム班長。バッチリの仕上がりだよ」
シャオはニシシと笑い、プラムの頭をわしゃわしゃと撫でた。
少年が顔を真っ赤にして照れるのを尻目に、シャオは身軽な跳躍でコックピットへと飛び乗る。
シートに深く腰を下ろし、次世代型アニムスキャナーを接続。
キィイイン───ッ
ネクスター特有の強力な精神波が、機体の隅々へと血液のように流れ込んでいく。
ドクン
ルナの心臓部――プラズマリアクターが、獣の産声のような重低音を響かせた。
通信パネルから響くのは、艦長ロゼッタの勇ましい声。
『シャオ。行っといで! 思いっきり暴れて来るんだよ!』
『了解! シャオ・リューシェン。ルナ・ザ・ウルフファング。いっくよー!』
通信回線に元気な声を残し、ルナは開け放たれたハッチから大空へと飛び出した。
空中で、両脚に備わった『脚部粒子開放機』を起動する。
本来は足先からE粒子を放出して敵を切り裂く近接兵装。
だが、シャオはこれを推進器として利用していた。
足裏から爆発的なエネルギーが噴出し、空気を蹴り破るようにルナの機体を前方へと弾き飛ばす。
鼓膜を揺らす轟音と共に、ルナは荒野の上空を音速に近いスピードで駆け抜けていく。
((いた! あいつらだね!))
ネクスターの鋭い第六感が、眼下の岩肌を這うように進む機影を捉えた。
全部で三機。
ゲイルたちが潜伏している秘密基地の方角へ、真っ直ぐに向かっている。
二機は、ノヴァ・ドミニオンの重量級コマンドスーツ『ファランクス』の軽装型。
「装備が違う……小型のシールドにE粒子ライフル……」
大楯や荷電粒子砲のような重量級ではなく、小回りの効く装備。
偵察や索敵に特化した仕様だろう。
((でも、隊長機だけ、違う……!))
ベース機体から装甲やフレームが軽量化されているにも関わらず、腰部には新たに二門のリニアキャノンが増設されている。
手には通常機と同じ分厚い大盾と、絶大な威力を誇る荷電粒子砲。
火力と機動力を底上げされた上位互換機、『ファランクスII』だ。
ルナの接近に気づいたのか、敵部隊が一斉に銃口を上空へと向けた。
『狙われてる、狙われてるよ!』
コックピット内にロックオンの警告音が鳴り響く。
軽装ファランクスから放たれたE粒子ライフルの弾幕が、ルナを蜂の巣にしようと迫る。
さらに、ファランクスIIの荷電粒子砲が、青白い閃光となって一直線に伸びてきた。
空を焼き焦がすような凄まじい火力!
だが───
「あっはは! 当たるもんかよ!」
シャオは操縦桿を握る手に力を込め、アニムスキャナーを通じて機体に意志を伝える。
ルナは空中でしなやかに身を捻り、迫り来る光の雨を紙一重で躱していく。
そのまま重力に身を任せて急降下し、着地!
荒野の土を大きく削りながら、重々しくも美しい姿勢で大地へと降り立った。




