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ちいさな二人、ちいさなぼうけん

((まさか……こいつが、あの時の!?))


 点と点が繋がり、ユナは息を呑んだ。

 あの圧倒的な敵機のパイロットは、こんな小さな、傷ついた女の子だったのだ。


「……フシュウゥウ」


 リエンの唇から、かすれた声が漏れる。

 極度の恐怖が、少女の生存本能を暴走させようとしていた。

 このままでは、素手でロボを破壊しかねない。

 それどころか、暴走してしまい、周囲に被害が出るかもしれない。


「リエン、待って!!」


 ユナは咄嗟に飛び出し、リエンの細い身体を正面から抱きしめた。


「ひっ……!」

「大丈夫! 敵じゃない! ただの壊れた掃除機だから!」


 ユナは叫びながら、リエンの背中を強く、何度も撫でた。


「怖くないよ。あたしがいるから。

 誰もリエンを傷つけたりしないから!」


 ビクン、ビクンと、リエンの身体が激しく痙攣する。

 しかし、ユナの体温と必死の声が届いたのか、張り詰めていた殺気が、嘘のようにスッと霧散していった。


 ガシャン、と音を立てて、清掃ロボが機能を停止し、その場に崩れ落ちる。


「……あ、ぁ……」


 リエンの力が抜け、ユナの腕の中に崩れ落ちた。

 いつもの、怯えた小動物のような震えが戻ってくる。


「……こわい。こわ、かった……」


 ユナの胸に顔を押し当てて、しゃくり上げるリエン。


((……なんだよ、これ))


 ユナは、腕の中の小さな背中を抱きしめたまま、複雑な思いで唇を噛んだ。


 本当なら、怒るべきなのかもしれない。

 あの時、自分たちを殺そうとした敵なのだから。


 けれど、こんなにボロボロで、何かに怯えて震え続ける少女に、どうして怒りなんてぶつけられるだろうか。


「……よしよし。もう大丈夫だから。お掃除ロボット、寝ちゃったよ」


 ユナは自分でも驚くほど優しい声で、リエンに語りかけた。


((アンタも、大人の都合で振り回された……被害者なんだね))


 かつての敵。

 だが今は、自分と同じように親に見放され、戦うことしか知らなかった似た者同士。


 薄暗い路地裏で、ユナはリエンを落ち着かせるように、ずっとその背中を撫で続けていた。

 二人の不思議な冒険は、こうして、少しだけ特別な秘密を共有することになったのだった。


~~~


 その日の夜。

 自室のベッドに寝転がりながら、ユナは天井を見つめていた。


 ぽつんと灯った間接照明が、部屋を薄暗く照らしている。

 脳裏に浮かぶのは、昼間の路地裏での出来事だ。


 暴走した清掃ドローンに向けられた、あの凍てつくような殺気。

 深海で自分たちを追い詰めた、ノヴァの『サーペント』が放っていたものと、完全に一致していた。


((……やっぱり、あの子が、あの化け物に乗ってたんだ))


 寝返りを打ち、抱き枕をギュッと抱きしめる。


 最初は信じられなかった。

 あんなに小さくて、何かに怯えてばかりいる少女が、自分たちを殺しかけた敵パイロットだなんて。


 だが、ふとある考えに行き当たり、ユナはガバッと上体を起こした。


((待って。あたしが気づいたってことは……))


 リエンもまた、気づいているのではないだろうか。

 あの時戦った敵───エリシオンの『イノセント』の中身が、ユナであるということに。


 ネクスターとしての高い感覚を持つリエンなら。

 ユナの気配や声で察していても、おかしくはない。


((気づいてて……それでも、あたしの手を握ったの?))


 自分が殺そうとした相手。

 あるいは、自分を殺そうとした相手。

 普通なら、憎み合ったり、恐れ合ったりしても不思議ではない。

 けれどリエンは、ユナの胸の中で震えながら「怖い」と泣きじゃくったのだ。


「……バカみたい。お互い様じゃんか」


 ユナの口から、ふっと柔らかな笑みがこぼれた。


 大人の都合で戦場に放り出され、お互いの顔も知らぬまま殺し合わされた。

 そんな因縁なんて、今の二人には何の意味もない。


「……よし。明日も連れ出してやろっと」


 ユナはベッドにダイブし、明日の『冒険』の計画を練り始めた。


 ………

 ……

 …


 数日後。

 太陽がジリジリと照りつける南国の昼下がり。


「ほらリエン、こっちこっち!」

「……待っ、て、ユナ……」


 ユナとリエンは、基地から離れたオールドタウンの商店街を走っていた。


 近代的な中央区とは違い、ここは昔ながらの雑多な活気に満ちている。

 狭い通りの頭上には、色鮮やかな日よけのタープが幾重にも張られ、強烈な日差しを和らげていた。


 両脇には、むき出しのコンクリート造りの店舗や屋台がひしめき合っている。

 香辛料のツンとする匂い。

 焼き鳥に似たローカルフードの香ばしい匂い。

 いくつもの匂いが漂い、人々の胃袋を刺激する。


 その間を、最新型のホログラム看板がチカチカと明滅し、電子音声が客引きをしていた。


『よってラッシャイ、見てラッシャイ!』

『ムロネウオの丸焼き! おいしいゾー!!』


 汗ばむほどの熱気の中、空中を漂う冷却用小型ドローンが、定期的に冷たいミストを噴射していく。


「ぷはーっ、涼しい!」


 ユナがミストを全身に浴びて笑うと、後ろについてきたリエンも、真似するようにミストに顔を向けた。


「……つめたい。きもち、いい……」


 リエンの長い前髪の奥で、瞳が微かに細められる。

 最初に出会った頃のような、極度の怯えはもうない。

 ユナのジャージの裾を握る力も、随分と優しくなっていた。


「でしょ? ここは中央区よりごちゃごちゃしてるけど、面白いものがいっぱいあるんだよ」


 迷路のような路地裏を、ユナは得意げに案内していく。

 やがて、人混みと喧騒から外れた、人気のない小さな空きスペースへと出た。


 古いレンガの壁に囲まれた、日陰の広場。

 そこで一休みしようとしたユナは、ふと足を止めた。


「ぷはぁーっ! やっぱ非番の昼酒は最高だねぇ!」


 女がいた。

 木箱の上にどっかりと腰を下ろし、缶ビールらしきものを豪快に煽っている女が。


 豊かな金髪を無造作に束ね、グラマラスな身体をラフな私服に包んでいる。

 健康的な日焼け肌と、目元のホクロが色っぽい、大人の女。


「……えっと、プロメテウス隊の?」


 ユナが思わず呟くと、女───ギゼラ・シュトルムは、ピタリと缶から口を離し、こちらに視線を向けた。


「おや? アンタらは……そうだ。

 その生意気そうな赤毛は、エピメテウスの所のチビか」


「チビって言うな! あたしはユナ・ヴォルタ!」


 ユナがムキになって言い返すと、ギゼラは「ガハハ!」と豪快に笑った。


「威勢がいいねぇ、嫌いじゃないよ。アタシはギゼラ。ギゼラ・シュトルムだ」


 ギゼラの視線が、ユナの背中に隠れるようにしているリエンへと移る。


「ってことは、そっちの幽霊みたいな嬢ちゃんが……烈火の坊やが拾ってきたっていう、ノヴァのお客さんかい?」


 ビクッ。

 リエンの肩が跳ね、ユナの背中にギュッと顔を押し付けた。

 見知らぬ大人への恐怖が、再び彼女を委縮させている。


「ちょっと、あんまりジロジロ見ないでよ。この子、大人が苦手なんだから」


 ユナが両手を広げてリエンを庇うと、ギゼラは少しだけ目を細め、ふっと優しい笑みを浮かべた。


「悪い悪い。そんなに怯えなさんな。アタシはアンタたちを取って食ったりしないよ」


 そう言いながら、ギゼラはポケットをゴソゴソと探り、何かを取り出した。


「ほら、これでも食うかい?」


 差し出されたのは、銀色のパッケージに包まれた、スティック状のお菓子だった。

 携帯食料の技術を応用した、子供たちに人気の高カロリー・スナックだ。


「……」


 リエンはユナの背中から半分だけ顔を出し、お菓子とギゼラの顔を交互に見つめた。


「ほら、遠慮しなさんな。

 アタシも昔は、アンタらくらいのガキの面倒をよく見てたんだ。

 腹が減ってちゃ、遊ぶ気力も出ないだろ?」


 ギゼラの声には、先ほどまでの豪快さとは違う、深く温かい母性のようなものが滲んでいた。


「……もらっときなよ、リエン。この人、たぶん悪い人じゃないから」


 ユナに促され、リエンはおずおずと手を伸ばした。

 指先が触れないように、そっとお菓子を受け取る。


「……あ、りがとう……」


 消え入りそうな声でお礼を言うと、ギゼラは満足そうに破顔した。


「おうよ! しっかり食って、しっかり寝るんだ。

 それが子供の一番の仕事だからね」


 ギゼラは残りのビールを一気に飲み干すと、「さてと」と立ち上がった。


「アタシはもう少し散歩して帰るさ。

 アンタらも、あんまり遅くならないうちに基地に戻りなよ。

 迷子になったら、またアタシが拾ってやるけどな」


 ヒラヒラと手を振りながら、ギゼラは路地の奥へと消えていった。

 その大きな背中を見送った後、ユナはリエンの方を振り返った。


「どう? 案外、大人の人も悪くないっしょ?」

「……うん」


 リエンは手の中の銀色のパッケージを、大事そうに両手で握りしめていた。


 少しずつ広がっていく、リエンの世界。

 二人だけの秘密の冒険は、今日も確かな温もりを残していた。


 ~~~


 ギゼラと別れた後も、二人の秘密の冒険は続いた。


 商店街のさらに奥、迷路のように入り組んだ路地裏を歩いていると、「にゃあ」と小さな鳴き声がした。

 室外機の上で、一匹の野良猫が丸くなっている。

 首には迷子防止用の電子タグがついているが、どうやらこの街の住人たちから餌をもらって生きている地域猫らしい。


「あ、猫だ」


 ユナが指差すと、リエンは立ち止まり、じっと猫を見つめた。


「……ねこ?」

「そう。触ってみる?」


 リエンはこくりと頷き、恐る恐る手を伸ばした。

 猫は逃げることなく、リエンの細い指先に自分から頭を擦り付けてきた。

 ゴロゴロと喉を鳴らす音に、リエンの瞳が少しだけ見開かれる。


「……あったかい。やわらかい……」


 無機質な実験施設では、決して触れることのなかった命の温もり。

 リエンの口元が、ほんのわずかに綻んだように見えた。

 その顔を見て、ユナも嬉しくなってニシシと笑う。


「よし、次はあっちに行ってみよ!」


 猫に別れを告げ、ユナが案内したのは、地下にある薄暗いゲームセンターだった。


 ネオンサインが毒々しく光る店内には、電子音と重低音が響き渡っている。

 フロアの中央に鎮座しているのは、軍が廃棄した旧型の『コックピットボール』だ。

 全天周囲モニターを備えた球体型の操縦席が、そのままシミュレーター筐体として改造され、並べられている。


「ここは軍の払い下げ品を使った対戦ゲームがあるんだ。どう? ちょっとやってみる?」


 ユナの提案に、リエンは不思議そうにコックピットボールを見上げた。


「……たたかいの、訓練?」

「ちがうちがう。遊びだよ、遊び! あたしが先輩として、お手本を見せてあげるからさ!」


 ユナは自信満々に胸を張り、リエンを隣の筐体へと押し込んだ。


 コインを投入し、ハッチが閉まる。

 シートに座り、操縦桿を握った瞬間、ユナの顔つきが変わった。

 相手は元サーペントのパイロット。ネクスターとしての能力は桁違いだ。


 だが、これはあくまでゲーム。

 実戦経験豊富な自分のほうが、システムへの適応は早いはずだ。


((あたしだって、プロメテウス隊のシミュレーターで鍛えられてんだからね!))


 意気揚々と対戦をスタートさせたユナだったが───

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