メスガキ系幼女ユナと、無表情系幼女リエンの出会い
エリシオン本国、基地内に設けられた緑地公園。
木漏れ日が落ちるベンチに座り、ユナ・ヴォルタは一人、手元の情報端末を睨みつけていた。
画面に映っているのは、実の親からのメッセージだ。
『今月の軍からの送金、確認した。怪我のないように』
たったそれだけ。
久しぶりの連絡だというのに、娘の体調を気遣う言葉も、近況を尋ねる言葉もない。
あるのはただ、事務的な確認だけだった。
((……ほんと、それだけかよ))
ユナは自嘲気味に息を吐き、端末の電源を切った。
黒くなった画面に、赤毛で生意気そうな自分の顔が映る。
幼い頃から、親とは折り合いが悪かった。
結局、養育施設に預けられ、そのまま軍の特殊部隊へと配属された。
本人は「親に見捨てられた厄介者」だと思っている。
軍がネクスターとしての素質を見抜き、劣悪な環境から保護したという真実など、知る由もない。
「あたしなんて、ただの便利な金づるじゃん……」
ぽつりと、寂しそうな声が漏れた。
最近、エピメテウス隊の先輩たちと一緒に、烈火という超人から地獄のような特訓を受けた。
泣きそうになるほど過酷だったが、確かな成長を感じられた。
((けど、強くなってどうなるんだろ))
ノエルには、愛する恋人がいる。
シホには、淡い恋心を抱く相手がいる。
二人には、守りたいものや帰る場所があるのだ。
だが、ユナには何もない。
期待されているのは、「兵士」としての役割だけ。
強くなればなるほど、戦うための道具として重宝されるだけのような気がしてならなかった。
((烈火お兄ちゃんみたいに慕える人はできたけど……本当の家族じゃないしな))
膝を抱え、深いため息をついた、その時。
ガサッ、と背後の茂みが揺れた。
「……ん? 誰?」
ユナが振り返ると───
そこには、見慣れない少女が立っていた。
いや、噂には聞いていた。
幽鬼のように白く長い前髪で、顔の半分を隠した少女。
13歳というユナと一つしか違わない年齢でありながら、病衣の上からでも分かるほど、女らしくふっくらとした体つきをしている。
「……あ、あんた。リエン、だっけ?」
ビクッ。
ユナが声をかけた瞬間、少女の肩が大きく跳ねた。
怯えた小動物のように後ずさり、今にも逃げ出しそうなほど身体を震わせている。
元ノヴァ・ドミニオンの実験体。
非人道的な改造を受け、烈火との死闘の末に保護されたパイロットだ。
少し前の模擬戦で、リエンの乗る異形の機体を見たのを覚えている。
大会に出て、すぐにいなくなったのも。
((そういえば、ずっと病院の特別室にいるって聞いたけど……))
ユナは、リエンの裸足の足元を見た。
泥が少し跳ねている。間違いなく、病院を抜け出してきたのだろう。
「待って待って。怒らないから、逃げないでよ」
ユナは慌てて立ち上がり、両手を振って敵意がないことをアピールした。
「あたしも今、サボり中だからさ。 誰かに言いつけたりしないってば」
ユナの言葉に、リエンの足がピタリと止まる。
長い前髪の奥から、様子を窺うような視線を感じた。
「ほら、こっち来なよ。そこ、虫とか多いっしょ」
ユナは自分が座っていたベンチの端を、ポンポンと叩いた。
リエンはしばらく躊躇っていたが、やがておずおずと歩み寄り……ユナから少し距離を開けて、ベンチの端にちょこんと腰を下ろした。
「……」
「……」
無言。
気まずい沈黙が流れる。
ユナは、横目でリエンを観察した。
自分と同じくらい小柄なのに、妙に大人びた雰囲気がある。
同時に、ひどく脆そうで、今にも壊れてしまいそうな危うさがあった。
((……なんだろ。この子、あたしと似てる気がする))
親に売られ、ノヴァの実験体にされたという過酷な過去。
もちろん、ユナの境遇とは比べ物にならない地獄を見たはずだ。
それでも───
「親に愛されなかった子供」という匂いが、どうしようもなく同族嫌悪と共感を呼び起こした。
「ねぇ」
ユナはポケットをごそごそと探り、フルーツ味のキャンディを取り出した。
「……食う?」
手のひらに乗せて差し出す。
リエンはビクッと身をすくめた後、恐る恐るキャンディを見つめた。
「毒なんか入ってないっての。ほら」
ユナは自分の分の包み紙を開け、口に放り込んで見せた。
コロコロと飴を転がす音を聞いて、リエンはようやく、震える手でキャンディを受け取った。
「……あ、りがとう……」
かすれそうな、小さな声だった。
「どういたしまして。
あたしはユナ。 ユナ・ヴォルタ。
エピメテウス隊のパイロットやってる」
「……リ、エン……」
「知ってる。烈火お兄ちゃんが連れてきた子でしょ?
お兄ちゃん、無茶苦茶だけど優しいからね」
烈火の名前を出した途端、リエンの強張っていた肩が、ふっと下がるのが分かった。
どうやら、あの超人のお兄ちゃんは、この幽霊みたいな女の子の心も救っていたらしい。
「病院、退屈だった?」
ユナが尋ねると、リエンは小さく頷いた。
「……けんさ、ばっかり。
痛いのは、ないけど……怖い、から」
ノヴァでの恐ろしい実験の記憶が、フラッシュバックするのだろう。
感情を奪われたとはいえ、恐怖心や生存本能だけは人一倍強いと聞いている。
「そっか。まあ、大人なんて勝手な生き物だからね。
こっちの気も知らないで、都合よく扱おうとするし」
ユナは、さっき見た親からのメッセージを思い出し、吐き捨てるように言った。
すると、リエンが長い前髪の奥から、不思議そうにユナの顔を見つめてきた。
「ユナも……こわい?」
「え?」
「大人が、こわい……?」
拙い言葉だったが、その問いかけは、ユナの胸の奥をチクリと刺した。
「……怖いっていうか、ムカつくんだよね。
あたしは戦うための道具じゃないっつーの」
強がってそっぽを向くユナ。
だが、リエンはそっと身体を寄せてきて、ユナのジャージの袖を、小さな指でちょこんと摘んだ。
「……おなじ、だ」
「え?」
「わたしも……道具、だった。 だから……ユナと、おなじ」
感情の起伏が少ない、平坦な声。
けれど、その言葉には確かな「共感」が込められていた。
まさか、こんな幽霊みたいな子に慰められるなんて。
ユナは毒気を抜かれたように息を吐き、そして、少しだけ柔らかく笑った。
「……そっか。じゃあ、あたしたち、似た者同士ってわけだ」
リエンはコクンと頷き、口の中でキャンディを転がした。
「甘い……。これ、おいしい」
「でしょ? 特別に、もう一個あげよっか」
少しだけ距離が縮まったベンチの上。
生意気な赤毛の少女と、傷ついた幽鬼のような少女。
かつて、冷たい深海で命を奪い合った二機体のパイロットであることなど、互いに知る由もない。
ただ今は、不器用な子供同士が、ぎこちなく友情の欠片を拾い集めようとしていた。
「病院、戻りたくないでしょ」
コクリ。
ユナの言葉に、リエンは少しだけ顔を上げて、小さく頷いた。
「なら、ちょっと冒険しよっか。あたしが案内してあげる」
「……ぼうけん?」
「そう。基地の外。大人たちには内緒でさ」
ユナは悪戯っぽく笑い、リエンの手を引いた。
戸惑いながらも、リエンは大人しく付いてくる。
二人は基地の死角を縫うように歩いた。
ユナは手首につけたブレスレット型の端末を操作し、ホログラムのマップを展開する。
「この時間は、あっちのゲートの警備用ドローンが充電中だから……ここを通ればバレない」
指先でマップをスワイプしながら、手慣れた様子で進むユナ。
やがて、フェンスのわずかな隙間を抜け、二人は外の世界へと飛び出した。
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基地の外に広がっていたのは、太陽の光が眩しい南国の市街地だった。
真っ青な空。
風に揺れるヤシの木。
吹き抜ける暖かい風。
近代的なガラス張りの高層ビル群の合間を泳ぐ影。
見上げると、熱帯魚の姿をした巨大なホログラム広告が、優雅に泳いでいた。
まるで、本物の海の中みたいだ。
「わぁ……」
リエンの口から、感嘆の吐息が漏れた。
長い前髪の奥で、幼い瞳が、キラキラと光の粒子を追いかけている。
「すごいでしょ。都市部は、こんな感じなんだ。
この前の襲撃でちょっと壊れたけどね」
得意げに胸を張るユナ。
ユナはニシシと笑い、歩き出した。
「ほら、しっかり掴まっててよ。置いてくからね」
どんどん進むユナのジャージの裾を、リエンは必死にギュッと握りしめる。
メインストリートを外れ、二人は複雑に入り組んだ路地裏へと足を踏み入れた。
表通りの喧騒が遠のき、急に静かになる。
古いコンクリートの壁に、最新式のクランバーケーブルが蔦のように絡みついている。
ブゥーン。
頭上を小型の配達ドローンが羽音を立てて飛び去っていく。
その下、自販機からは、冷気を帯びた白いミストが定期的に噴き出していた。
「この先を抜けると、内緒の海が見える場所があるんだよね。あたしのお気に入り」
ユナが振り返って笑いかけた、その時だった。
ガシャアアンッ!!
「うおっ!?」
路地の角にあったゴミ捨て場から、突然、何かが飛び出してきた。
金属の塊。
六本の足を持つ、大型の───
「掃除ロボ!?」
ガシャ、ガシャ、ウィイイ───
センサーが故障しているのか、赤いエラーランプを点滅させながら、二人の目の前に立ちはだかる。
「なんだ、ただのポンコツか。びっくりさせんなよ……」
ユナが安堵の息を吐きかけた瞬間。
――空気が、凍りついた。
(……え?)
背後から、尋常ではないプレッシャーが膨れ上がったのだ。
呼吸が止まるほどの、圧倒的な悪意。
((いや、違う。これ───))
それは純粋な『殺気』。
ユナが弾かれたように振り返ると、そこには異様な姿勢で身構えるリエンの姿があった。
さっきまでの気弱な少女は、どこにもいない。
重心を極端に落とし、両手は獣の爪のように半開きになっている。
白く長い前髪の奥で、カッと見開かれた瞳が、ドローンの急所を正確に射抜いていた。
((なっ……!?))
ユナの背筋を、強烈な悪寒が駆け抜けた。
この感覚。この、肌を刺すような冷たい殺気。
絶対に忘れるはずがない。
『シィィィィィィ……』
脳裏にフラッシュバックするのは、冷たい深海。
エピメテウス隊を急襲してきた、ノヴァの異形の機体。
オリジンを奪い、無機質な不気味さでユナたちを追い詰めた悪夢───『サーペント・ガレル』。
((まさか……こいつが、あの時の!?))




