けんきゅうしゃ を ころそう
小惑星に強行接舷したパンドラのハッチが、勢いよく開放されていく。
そこから、重厚な音を立てて宇宙空間へ飛び出してきたのは、これまでのスマートな機体とは一線を画す、奇妙な姿のコマンドスーツたち。
「よし、ミリアポッド隊、展開開始! 工作員を内部へ送り込め!」
ガルスの号令が飛ぶ。
現れたのは、昆虫じみた下半身に四本の力強い脚部を備えた支援用機『ミリアポッド』の集団。
ミリアポッドたちは、小惑星のデコボコとした岩肌を、四本の脚でガチリと掴みながら、クモのように這い回る。
その丸いボディの中には、大型のリアクターと膨大な粒子タンクが詰め込まれている。
味方機へのエネルギー供給や、要塞としての拠点構築を担う『戦場の土木作業員』なのだ。
『A地点、取り付き完了。カッター、始動!』
ミリアポッドの一機が、球状の胴体から太いアームを伸ばした。
先端から高出力のE粒子ブレードが発生し、小惑星の外壁をなす強化ハッチを、まるで缶詰を開けるように容易く切り裂いていく。
火花が飛び散り、気圧の差で内部の空気が激しく噴き出した。
その隙間から、小型の自律型ドローンと、装甲服に身を包んだ工作員たちが次々と内部へ侵入を開始する。
〜〜〜
一方、小惑星の内部施設は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「急げ! 予備の記録媒体は持ったか!? 機密データだけは守り抜け!」
主任研究員のエドガーは、狂ったように叫びながら通路を走っていた。
普段の冷静な面影はどこにもない。
手には重要なデータチップを握りしめ、もう片方の手で若い女研究員、リナの手を強引に引きずっている。
「エドガー主任、もう無理です! 書類が、ああっ!」
リナが抱えていた研究資料が、爆発の振動で通路に散乱した。
リエンのバイタルデータ、新型アニムスキャナーの設計図、それらが無慈悲に踏みつけられていく。
しかし、エドガーは振り返りもしない。
「紙きれなどどうでもいい! 我々の命が最優先だ! あんな化け物どもの相手をまともにしていられるか!」
エドガーたちの背後で、隔壁が次々と破壊される音が響く。
彼らは命からがら脱出区画へとたどり着き、待機していたノヴァの小型輸送艇へと飛び込んだ。
「おーい! 急げよー!」
大きく手を振るグラントの声。
「出せ! 今すぐ出すんだ!」
ハッチが閉まると同時に、輸送艇は小惑星のドックから、弾き出されるように発進。
背後で、自分たちの拠点だった小惑星が、エリシオンの攻撃を受けて炎上していくのが見える。
「……はぁ、はぁ……。助かった、の……?」
シートに倒れ込み、震える声で呟くリナ。
エドガーもまた、ネクタイを緩めて荒い呼吸を整える。
「……フン、セラピナ様がやられたのは計算外だが、このデータさえあれば我々はどこででも……」
エドガーが勝ち誇ったように笑おうとした。
その時だった。
ガォォォォォォォンッ!!
輸送艇の船体に、凄まじい衝撃と金属音が走った。
何かが船体を外側から鷲掴みにしたのだ。
「な、なんだ!? 何が起きた!?」
エドガーが窓の外を覗き込む。
その顔が、瞬時に土気色に染まった。
宇宙空間。
逃げようとする輸送艇を、水色の巨大な「手」が、万力のような力でガッチリと掴んでいた。
『……みつけた』
ノイズまじりのスピーカーから響いたのは、感情を削ぎ落とした、幼い少女の声。
輸送艇を掴んでいたのは、水色の巨人、エルフィンのサブアーム。
暗黒の宇宙で、リエンの冷徹な瞳が、防弾ガラス越しにエドガーを射抜いていた。
「……!!」
輸送艇の狭いキャビンの中で、エドガー、リナ、そしてグラントの三人は、呼吸を忘れたように硬直していた。
強化ガラスのすぐ向こう側。
暗黒の宇宙を背景に、水色の巨人の巨大なカメラアイが、じっとこちらを見つめている。
「ひ……っ、あ、あああ……っ!」
リナは短い悲鳴を上げ、ガタガタと震えながら座席に沈み込んだ。
エドガーは、手に持っていたデータチップを落としたことにも気づかず、ただ口をパクパクと動かしている。
エルフィンの十二本のサブアームが、まるで壊れやすい宝物を愛でる子供のように、優しく、しかし確実に輸送艇の船体を包み込んでいく。
その反対側。
赤黒いオーラを漂わせたブレイズが、リベルタを背負ったまま、ゆっくりと降下してきた。
『……リエン。そいつらを、殺すのか?』
烈火の、低く重い声が通信機から響く。
センサーの解析によれば、輸送艇の中にいるのは数名。
これまでの戦闘のデータを取っていた研究者たちだろう。
もしかしたら、命令に従っていただけの、無関係な作業員も混じっているかもしれない。
烈火は、それを分かった上で問いかける。
止めるつもりはなかった。
この少女がこれまで受けてきた仕打ちを思えば、「綺麗事」を並べる資格なんて、誰にもない。
あってたまるか。
『…………』
兎歌は、何も言えなかった。
「殺しちゃダメ」なんて、そんな残酷な言葉、今のリエンに言えるはずがない。
けれど、肯定することもできない。
兎歌はただ、唇を噛み締めて俯くことしかできなかった。
『……うん。ころしたい』
リエンの答えは、ひどく短かった。
そこには激しい怒りも、復讐の昂ぶりもない。
ただ、邪魔な石ころをどかすような、あるいは害虫を潰す時のような。
純粋で平坦な『殺意』だけがあった。
『……分かった。やりな』
烈火は静かに頷いた。
代わりに撃ってやることもできた。
けれど、烈火はそうしなかった。
これは、リエン自身のケジメなのだ。
エルフィンのサブアームに、ぐ、と力がこもる。
ギギギ、ギチチ……ッ!
軍用機であるエルフィンの出力と、民間仕様の輸送艇では、装甲の強度が絶望的に違う。
船体が、内側へと歪み始めた。
『やめろ! やめてくれッ!』
『私は、私はただ研究をしていただけだ! お前を、お前を完成させてやった恩人だろうがッ!』
『お、お願い、殺さないで!』
研究者たちの、見苦しい絶叫が通信機越しに漏れてくる。
リエンの指が、わずかにはねた。
「……うるさい」
メキメキッ! グシャッ!
鋼鉄が悲鳴を上げ、ひしゃげていく。
リナの泣き声が、グラントの短い祈りが、そしてエドガーの呪詛が、歪んだ金属音の中に消えていく。
エルフィンは、まるで愛しい人形を抱きしめるように、その腕に力を込め続ける。
やがて、輸送艇だった銀色の塊は、小さな鉄屑へと姿を変え――。
一拍置いて、内部の酸素と燃料に火がつき、掌の中で小さな、あまりにも小さな光となって弾けた。
リエンは、その温もりを確かめるように、空っぽになったサブアームをゆっくりと閉じた。
宇宙の闇に、沈黙だけが残った。
輸送艇だった鉄屑の塊が、宇宙の冷気の中でゆっくりと漂い始める。
エルフィンの巨大な手の中で弾けた光は、あまりにも儚く、そしてあっけなかった。
烈火はブレイズのコックピットの中で、熱を帯びた呼気を吐き出しながら、ぼんやりと考えを巡らせる。
戦局は、決した。
セラピナも、蒼火も、研究者たちも消えた。
ノヴァ・ドミニオンの主力は壊滅し、この宙域での勝利は揺るぎないものとなったのだ。
ブレイズとリベルタの合体システムは、強制冷却モードに入っている。
警告音が鳴り止まない。
オーバーヒート寸前だ。
再戦闘が可能になるまでには、まだしばらく時間がかかるだろう。
だが、烈火の思考は機体の状態よりも、目の前に浮かぶ水色の巨人に向いていた。
((……リエンは、これからも殺すのか?))
リエンの経歴は知っている。
売られたこと。
実験体にされたこと。
故郷の人々も、コロニーの大人たちも、誰もリエンを助けなかった。
言うなれば、この「世界」そのものが、寄ってたかって、リエンから全てを奪い尽くしてきたのだ。
研究者を殺した。
それはいい。ケジメだ。
だが、その先は?
自分から奪ったのが「世界」だとしたら、リエンは世界中の人間を殺さなくては気が済まないのだろうか。
((……俺も、同じか))
烈火は自嘲気味に笑った。
幼い頃、いくつもの巨大国家の戦争が、家族を、故郷を、当たり前の人生を奪っていった。
だから力を求めた。
戦う術を身につけた。
だが、ふと思う。
敵の兵士を殺せば終わるのか?
指揮官を、王族を、政治家を殺せば、奪われたものは帰ってくるのか?
それとも、それを支持した民衆まで焼き尽くせば、気が済むのか?
遥かな未来では、少なくとも巨大国家の侵略戦争は終わっている。
殺して、殺しつづけて、止めたのだ。
烈火が止めた。
だが、この時の烈火は、そんなことは知らない。
『……誰を殺したら、終わるんだろうな』
ポツリと、無意識に言葉が漏れた。
その問いは、深淵のような虚無感を伴って、アニムスキャナーを通じてパートナーへと伝播した。
『……烈火』
背中合わせのコックピットから、兎歌の震える声が聞こえた。
兎歌もまた、答えを持っていない。
ただ、烈火の抱える底なしの闇に触れ、泣き出しそうなほど胸を締め付けられていた。
『……答えなんて、ないよ。でも』
兎歌は言葉を詰まらせながらも、必死に伝えてきた。
『でも、わたしたちは今、ここにいる。……リエンも、生きてる。それだけじゃ、だめかな』
その言葉に、ハッと息を呑む烈火。
泥沼のような思考から、強引に引き戻された気がした。
「……そうだな。今は、それで十分か」
烈火は首を振り、こびりついた暗い思考を振り払った。
正解なんて分からない。
けれど、隣に泣き虫な相棒がいて、守るべき小さな命が残った。
それだけで、今日を戦った意味はあるはずだ。
「帰ろうぜ、兎歌、リエン。……みんなが待ってる」
烈火は機体をゆっくりと傾ける。
ブレイズとリベルタの結合部から、プシューッという排気音が漏れる。
二機はゆっくりと分離し、それぞれの姿へと戻った。
だが、戦いは終わっても、やるべきことは残っている。
中央で機能を停止した水色の巨人、エルフィン。
ブレイズとリベルタは左右からその腕を肩に担ぎ、支えるようにして抱え込んだ。
『……急ごう。リエンの心拍が弱い』
烈火の声には焦りが混じっていた。
アニムスキャナー越しに伝わってくるリエンの命の灯火は、風前の灯のように揺らめいている。
限界を超えた戦闘と、ネクスター能力の酷使。
早くプロメテウスの医療班に見せなければ、取り返しのつかないことになる。
傷ついた三機は、母艦を目指してデブリの海を進み始めた。




