戦いの終わり、そして───
傷ついた三機は、母艦を目指してデブリの海を進み始めた。
「……」
「……」
「……」
その道中、沈黙に耐えかねたように、兎歌が口を開いた。
『……烈火。あんまり、自分を責めないで』
兎歌の優しい声。
鈴の音を転がす声が、通信機から染み込んでくる。
少女には分かっていた。
烈火が今、奪った命の重さと、終わらない戦いの連鎖に心を痛めていることが。
『失ったものばかり数えないで。……烈火が守ったものにも、目を向けてほしいの』
兎歌は、リベルタのカメラアイを隣のブレイズへと向けた。
『見て。わたしも、リエンも、こうして生きてる。
烈火が諦めないで戦ってくれたから、生き残れたんだよ』
それは、紛れもない事実だった。
もし烈火がいなければ、リエンは廃棄され、兎歌も宇宙の塵になっていただろう。
『それに……あの小惑星基地が壊滅したおかげで、あそこで作られるはずだった兵器もなくなった。
その兵器で焼かれるはずだった新しい故郷や、誰かの家族も、烈火が守ったんだよ』
「……ああ。そうだな」
烈火は短く応えた。
兎歌の言葉は、冷え切った胸の奥に温かい光を灯してくれる。
奪うことしかできない自分でも、その手で救えたものがある。
烈火は、腕の中で運ばれているエルフィンへと意識を向けた。
『……リエン。聞こえるか』
返事はない。ただ、かすかな呼吸音だけが聞こえる。
烈火は、ふと問いかけたくなった。
復讐を果たし、敵を殺し尽くした少女に。
『……リエン。あいつらを殺して、嬉しいか?』
残酷な質問かもしれない。
だが、烈火はどうしても聞かずにはいられなかった。
数秒の沈黙の後。
モ通信パネルの片隅に映るリエンの顔が、微かに動いた。
リエンは、感情の抜け落ちたような、けれどどこか満足げな笑みを浮かべている。
『……ころした。たのしかった』
無邪気な子供が、遊んだ後の感想を述べるように。
そして、ふっと表情を曇らせ、続ける。
『……ころされた。かなしかった』
それが、少女の全てだった。
奪う側に回った時の全能感と高揚。
奪われる側だった時の絶望と悲しみ。
善悪も倫理もない。ただ、その二つの感覚だけが、リエンの世界の真実なのだ。
『……そうか』
烈火は、決してリエンを訂正しなかった。
「人を殺して楽しいなんて言うな」とか、「それは間違っている」などという説教は、平和な場所にいる人間の傲慢だ。
地獄を見てきたリエンが、その手で掴み取った感情を、否定することなど誰にできようか。
烈火なら、できるかもしれない。
地獄を見てきた数なら、自信はある。
何かを言う資格があるとしたら、それは烈火にあるのだろう。
烈火はただ静かに頷き、エルフィンを支える腕に力を込めた。
プロメテウスの灯りが、遠くに見えてきた。
………
……
…
激戦の爪痕が残る宙域の片隅。
無数のデブリと化した残骸の海を逃れるように飛ぶ、一つの影。
ノヴァ・ドミニオンの『ガジャースラ級輸送艦』が、静かに撤退行動へ移っていた。
その巨大なハッチへ向かって、一機のオービターが滑り込んでいく。
オービターの腕に抱えられていたのは、鉄屑と化した青いスクラップ。
ブレイズの大太刀によって上半身を真っ二つに斬り飛ばされた、リリエル・ブルーの下半身だ。
輸送艦の頭上では、この作戦の旗艦であったワイバーン級戦闘空母が、無惨に黒煙を噴き上げている。
内部からの誘爆が止まらず、轟音と共にゆっくりと崩壊していくその姿は、ノヴァの完全なる敗北を象徴していた。
リリエル・ブルーの残骸が、ガジャースラの格納庫へと乱暴に下ろされる。
プスシューッ……
ひしゃげた装甲の隙間から冷却ガスが漏れ出した。
直後、四本脚の胴体部分に設けられたハッチが蹴り開けられ、中から一つの人影が飛び降りる。
「……ゲホッ、ゴホッ! クソッ、煙たいな……!」
煤で顔を真っ黒にした蒼火だ。
あれだけの致命傷を受けながら、五体満足で生還していたのである。
その理由は、ケンタウロス型というリリエル・ブルーの特異な機体構造にあった。
胸から上の人型部分は、武装とセンサーを積んだいわば空洞であり、致命的なパーツはないのだ。
真のコックピットと、心臓部であるプラズマリアクターは、装甲の分厚い馬のような下半身に格納されている。
だからこそ、上半身を両断されても、蒼火は死を免れたのだ。
「蒼火隊長! ご無事で……!」
駆け寄ってきた整備兵たちが、安堵の声を上げる。
蒼火はヘルメットを乱暴に脱ぎ捨て、舌打ちをした。
「無事なもんか。
アタシの可愛い機体が、こんな鉄屑になっちまったんだ。
……で、状況は? どうして撤退してるんだよ」
蒼火の問いに、整備兵たちは顔を見合わせ、重苦しい沈黙を落とした。
やがて、一人が震える声で口を開く。
「……セラピナ様が、戦死なさいました」
「あ?」
蒼火の動きがピタリと止まった。
「バジリスクが、敵のプラズマリアクター搭載機によって撃沈されました。
本隊の艦隊も半壊し、作戦は……我々の敗北です」
セラピナの死。
((アタシたちをスラムから拾い上げ、居場所をくれた、あの絶対的な王女サマが……死んだ))
その事実を頭の中で反芻し、蒼火は無造作に乱れた青い髪を掻き毟った。
「……そうかよ」
蒼火の口から出たのは、たったそれだけの言葉だった。
悲鳴を上げるわけでも、泣き喚くわけでもない。
ガジュウが死んだ時と同じだ。
戦場では、人が死ぬ。
それがどれだけ偉い王族だろうと、例外ではない。
((……アタシが気絶してる間に、あの要塞を落としたってのか))
蒼火は、自分を真っ二つにした炎色の悪魔を思い出した。
そして、その背中を守っていた白い巨鳥の姿も。
「……中々、やるじゃないか」
蒼火の唇の端が、微かに吊り上がった。
悔しさと、それ以上に、本物の強者と命の削り合いをしたという獰猛な興奮が、身体の奥底で燻っている。
「でもさ、お利口なエリシオンの連中は、分かってないだろうね」
蒼火は、崩壊していく旗艦の映像が映る格納庫のモニターを見上げた。
セラピナ・ノヴァは、ノヴァ・ドミニオンの総帥フレギアの実の娘だ。
その直系血族を殺されたとなれば、本国が黙っているはずがない。
「これで、ノヴァは出し惜しみをやめる。
……あのおっかない総帥サマが、本気で全部を潰しに来るよ」
これまでの小競り合いなど、ただの前哨戦に過ぎなくなる。
圧倒的な物量と、倫理を無視した科学力が、本当の牙を剥くのだ。
「次は負けないよ、赤い獣。……アタシが、絶対にお前を食ってやる」
蒼火は血の滲む拳を強く握り締め、暗黒の宇宙の彼方を、野獣のような瞳で睨みつけた。
〜〜〜
かくして、ノヴァ・ドミニオンが建造を進めていた小惑星基地は、完全にエリシオンの手に落ちた。
この巨大な岩塊は、新たに『アマツキ』と名付けられ、エリシオンの最前線拠点として生まれ変わろうとしていた。
そのアマツキの新たな守護神となったのは、水色の巨人エルフィンと、搭乗者であるリエンだ。
「よし、医療ブロックの接続完了! 気密チェック急げ!」
「第3コンテナ、倉庫区画へ搬入します!」
やってきた輸送艦から、次々と巨大なコンテナブロックが運び込まれ、小惑星の岩肌に固定されていく。
特に最優先で搬入されたのは、充実した設備を持つ医療ブロックだった。
激戦で負傷した隊員たちを治療するためであり、何より、限界を超えて戦ったリエンの身体を早急にケアするためだ。
それから数日の間に、食堂、宿舎、弾薬倉庫、そして防衛用の戦闘区画など、様々なブロックがパズルのように組み上げられていく。
ただの巨大なデブリだった星は、またたく間に、活気に満ちた堅牢な要塞へとその姿を変えていった。
〜〜〜
そして、アマツキ内部に急造された、広大なレクリエーションルーム。
そこでは、基地の制圧を祝う盛大な祝賀会が開かれていた。
「「「かんぱァァァいッ!!」」」
隊員たちの割れんばかりの歓声が、高い天井に響き渡る。
プラグラスに注がれた合成ビールやジュースが掲げられ、あちこちで笑顔の花が咲いていた。
この日の主役は、敵の主力である機動要塞バジリスクを撃墜した最大の功労者、マティアスとリエンの二人だ。
((……やれやれ。こういう騒がしいのは苦手なのだがな))
マティアスは苦笑いを浮かべながら、次々と注がれる酒を器用にさばいている。
一方、敵の精鋭を打ち破ったもう一人の主役であるはずの烈火は、「俺は裏方で十分だ」と主役の座を辞退していた。
烈火は部屋の隅で、兎歌と一緒に大量の唐揚げを頬張りながら、騒ぎの中心を微笑ましく眺めている。
「うりゃあッ! いっせーのーせッ!」
わぁぁぁッ、と。
荒くれ者の防衛隊員たちが、小さな水色の髪の少女をいっせいに宙へと放り投げた。
「わ、わっ……!?」
リエンの目が白黒と動く。
されるがままに、何度も何度も宙を舞う。
「我らが勝利の女神に万歳ッ!」
「奇跡の秘密兵器、バンザーイ!」
男たちが、顔を真っ赤にして口々に叫ぶ。
一般の隊員たちには、リエンの凄惨な過去は伏せられている。
代わりに『年齢の都合でこれまで出撃しなかった、養育所育ちの秘密兵器』だと説明されていた。
((……まあ、養育所にも協力してもらったし、若いのも事実だし、ギリギリ嘘ではない、か))
烈火は唐揚げを飲み込みながら、都合のいい解釈に内心でツッコミを入れた。
「……あ、危ない、から……っ」
胴上げされながら、リエンが小さな声で抗議する。
だが、その声には、ノヴァの研究所にいた頃のような暗い怯えはなかった。
乱暴に扱われているのに、なぜかちっとも痛くない。
それどころか、下で受け止めてくれる無数の手が、ひどく温かいのだ。
「あははっ! リエンちゃん、すっごく高く飛んでるね!」
兎歌が楽しそうに手を叩いて笑っている。
「……ん」
宙を舞いながら、リエンの唇が、ほんの少しだけ緩んだ。
まだ「嬉しい」という感情がどんなものか、はっきりとは分からない。
けれど、この騒がしくて温かい場所が、新しい自分の居場所なのだということだけは、心にじんわりと染み込んでいた。
酒を酌み交わす隊員たちの中には、リエンの操縦技術や機体の異質さから、ただの「養育所の秘密兵器」ではないと、うすうす勘付いている者もいただろう。
しかし、誰もそれを口にはしなかった。
エリシオンは元々、大国に搾取された弱小国家の寄せ集めだ。
昨日までは敵国同士だった者たちが、今日は背中合わせで戦うことも珍しくない。
というか、ゲイルに感化されたシグマ兵や、東武連邦から抜け出した兵士もいる。
互いの過去は詮索しない。
今、共に戦う仲間ならばそれでいい。
それが、この荒くれ者たちの間に流れる、不文律のルールであり、優しさだった。
「いいぞー! もっと回せー!」
「わ、わぷ……っ」
リエンはされるがまま、天井の照明と床を交互に見ながら、目を回していた。
慣れない称賛の嵐。
くすぐったいような、居心地の悪いような、でも決して嫌ではない感覚が、リエンの胸を満たしていく。
「こらあぁぁぁッ!! お前たち、何をやっとるかーッ!!」
そこへ、白衣をひるがえした医療班のチーフドクターが、鬼の形相で飛び込んできた。
「患者を胴上げする馬鹿がどこにいる! この子は絶対安静なんだぞ! 今すぐベッドに戻さんか!」
「げっ、先生だ!」
「逃げろー!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ出す兵士たち。
ドクターはリエンを抱きかかえ、「まったく……」と溜息をつきつつも、その顔はどこか安堵していた。
そんな騒ぎを、部屋の隅で見つめる烈火と兎歌。
兎歌は、これ見よがしに烈火の腕に自分の腕を絡め、その豊かな胸の感触をぐいぐいと押し付けていた。
「……おい、兎歌。当たってるぞ。また太ったか?」
「太ってないもん! 成長したの! ……それに、いいでしょ」
兎歌は頬を膨らませて、周囲を牽制するように睨みつけた。
英雄となった烈火には、憧れの視線を送る女隊員も少なくない。
さっきから、通信士の女たちが熱っぽい視線を送ってきているのだ。
「ここ数日、ずっと整備とか会議で忙しかったじゃん。……充電、させてよ」
兎歌は上目遣いで烈火を見つめる。
戦闘の緊張感から解放され、久しぶりに訪れた穏やかな時間。
互いの体温を感じられる距離が、何よりも愛おしい。
触れ合うくらい、罰は当たらないだろう。
「……しょうがねえな」
烈火は苦笑しつつ、絡んできた兎歌を引き寄せた。
そのまま、自然と二人の額がコツンと触れ合う。
「お疲れ様、烈火」
「ああ。お前もな、兎歌」
二人は至近距離で瞳を見合わせ、クスクスと笑い合った。
窓の外には、アマツキ要塞の無骨な岩肌と、静かに輝く星空が広がっている。
戦いはまだ続く。
だが、今夜だけは、このささやかな勝利と温もりに酔いしれてもいいだろう。
だが───
喧騒に包まれるレクリエーションルームの壁際。
マティアスは、一人静かに、インカムから流れる暗号通信を受信していた。
祝賀会の主役の一人として、グラスを片手に、周囲には穏やかな微笑みを向けている。
この温かい雰囲気を、決して壊すわけにはいかない。
だが、表面上の取り繕いとは裏腹に、マティアスの背中は氷を当てられたように急速に冷え切っていた。
送られてきた短いテキストデータ。
文字面を追うごとに、熟練の狙撃手であるマティアスの、血の気が引いていく。
((……地上の要塞攻略に出ていた部隊が、壊滅した?))
あり得ない。
マティアスは心の中で、その報告を強く否定した。
あの地上部隊には、プロメテウス隊の頼れる姉御肌、ギゼラ・シュトルムがいる。
金髪をなびかせ、豪快に笑う屈強な女パイロット。
ギゼラの駆るプラズマリアクター搭載機『ウェイバー・ザ・スカイホエール』の火力は、戦局を単機で覆すほど絶大だ。
さらに、元シグマ帝国最強の男、ゲイル・タイガーの『ダフネ・ザ・フェニックス』。
防衛隊の若きエースにして、ボーイッシュな風貌に不釣り合いな巨乳を持つ少女、シャオ・リューシェンの『ルナ・ザ・ウルフファング』も加わっていたはずだ。
全員が一騎当千。
プラズマリアクターを積んだ最高戦力が三機も束になって、敗北する?
あの規格外のメンツを叩き潰せる存在など、マティアスの豊富な戦場経験からしても、まったく思いつかなかった。
((バカな……。一体、何があったというんだ))
マティアスは、グラスを握る手にぐっと力を込めた。割れてしまいそうなほど強く。
視線を上げれば、部屋の隅で烈火と兎歌が額を突き合わせて笑い合っている。
その向こうでは、リエンがドクターに怒られながらも、まんざらでもない顔で手当てを受けている。
皆、過酷な死線を越え、生き残った喜びを噛み締めているのだ。
「壊滅」
そんな絶望的な二文字を、今この場で言い出せるはずがない。
((地上の仲間は……ギゼラは、無事なのか?))
通信データは、そこで途切れている。
生存者の有無も、敵の正体も、すべてが分からない。
情報がないという事実が、マティアスの胸を不気味に締め付ける。
マティアスは冷や汗を拭い、グラスに残った酒を喉の奥へ一気に流し込んだ。
喉元を焼くようなアルコールの刺激が、少しだけマティアスを現実の重みへと引き戻す。
歓喜の声と、暗黒の虚空に潜む新たな絶望。
それぞれの思惑を超えて、戦いは続く。




