兎歌の決意!
ならば───。
両者は互いに牽制の射撃を続けながら、一撃必殺の粒子砲を叩き込むための決定的な「隙」を、静かに窺い始めた。
一方、コックピットの中で息を整える兎歌。
((焦っちゃダメ。相手も決定打を狙ってるはず……!))
モニター越しにファランクスⅡの動きを注視しながら、兎歌の脳裏に、ふと過去の記憶がよぎった。
かつての兎歌は、どうしようもない弱虫で、泣き虫だった。
本当に、自分一人では何もできない女の子だったのだ。
巨大国家間の戦争に巻き込まれ、理不尽に家族が死んだあの日。
炎に包まれた街で、兎歌はただ泣き叫び、幼なじみである烈火の背中に縋りつくことしかできなかった。
その後のスラム街での過酷な生活。
野良犬のようにゴミを漁り、日々を生き残ってこられたのも、兎歌自身の力じゃない。
烈火がいつも矢面に立ち、泥だらけになって守り抜いてくれたから。
((あの頃のわたしが身に着けたものなんて、敵から逃げるための逃げ足くらいだったなぁ……))
自嘲気味な思いが胸をよぎる。
そんな惨めな自分を変えたくて、兎歌はエリシオンの軍に入った。
ヴァイスマンの孤児院で起きた、あの悲劇。
守りたかった子供を死なせてしまい、烈火が深い絶望に打ちひしがれていた姿。
それは、今でも目に焼き付いている。
「……もう、烈火にあんな顔はさせない」
兎歌は操縦桿を握り直し、小さく呟いた。
大好きな人を守れるくらい、本当の強さが欲しかった。
背中を預けられる、パートナーになりたかった。
でも、人間はすぐには変われない。
軍に入り、才能を見出されて「エース」と呼ばれるようになっても、どこか名ばかりのような気がして、ずっと自信が持てなかった。
化け物じみた強さを持つ烈火の隣で、自分はただの足手まといなんじゃないかと、何度も落ち込んだ。
けれど。
((わたしだって、ただ守られてるだけじゃない……!))
数多の死線を潜り抜け、血を吐くような思いで戦い続けてきた。
苦戦もした。
撃墜されることさえあった。
だが、その歩みは決して無駄ではなかったのだ。
今、目の前にいるのは、ノヴァ・ドミニオンが誇る最新鋭機と、その精鋭パイロット。
かつての泣き虫だった女の子が、そんな化け物を相手に、一歩も引かずに堂々と立ち回っている。
兎歌は、着実に強くなっていた。
烈火の背中を守る『盾』として、
そして共に敵を打ち砕く『矛』として。
ほこらしき盾。
「さあ、来なさい……! 次で決めるよ!」
兎歌の瞳に、迷いのない力強い光が宿る。
リベルタの純白の翼が、宇宙の闇で大きく羽ばたいた。
まるで、決着を高らかに告げるように。
兎歌は、いつの間にか本当に強くなっていた。
烈火が戦い、傷つき、時にはその覚悟を厳しく問われる姿を、一番近くで見てきた。
烈火が行方不明になっていた、あの一ヶ月間。
その時も、ただ泣いて過ごしていたわけじゃない。
戻ってきた彼を今度こそ守れるようにと、死に物狂いでシミュレーターにこもり、特訓に明け暮れていたんだ。
もう、あんなにボロボロの烈火に、無茶させたくない。
もう、あんなに小さなリエンに、無理な戦いなんてさせたくない。
そのためには、自分がもっと強くならなくちゃイケない。
((……烈火は絶対知らないだろうけど、こっそり腹筋とかもしてるんだからね!))
思い出して、兎歌は少しだけ顔を赤くした。
でも、本人の前ではいつまでも「守ってあげたくなる、弱くてかわいいお嫁さん」でありたい。
乙女心というやつだ。
努力の跡を見せるなんて、恥ずかしくて死んでしまう。
((さっさとこんなの片付けて、合流しなきゃ。烈火がすごい強敵と戦ってる間に、『わたしの方は、ちょっとだけ残ってた雑魚を掃除しただけだよー』って、笑って言ってやるんだから!))
兎歌は不敵な笑みを浮かべ、コンソールを激しく叩いた。
「――全出力、スラスターへ転送!」
ゴウ───ッ!!
リベルタのプラズマリアクターが咆哮を上げる。
これまで防御に回していた膨大なエネルギーを、一滴残らず機体後部の推進機関へと流し込んだ。
防壁は消えた。
直撃を受ければ、即死。
だが、今の兎歌に迷いはない。
かつての「逃げ足」は、洗練された「回避性能」へと進化を遂げていた。
『死ねぇッ、エリシオンッ!』
ラウドのファランクスⅡが、リニアキャノンを斉射しながら突撃してくる。
二機が、音のない宇宙で交錯した。
刹那。
ラウドの視界から、白い鳥の影が掻き消えた。
『なっ……!?』
あまりの加速に、最新鋭のセンサーすら追いつかない。
ラウドは反射的に機体を防御姿勢に移行させようとした───
が、その動作には致命的なまでの「遅れ」があった。
高出力のエネルギーを兵装と防御の両方にバランスよく分配していたがゆえの、わずかなレスポンスのラグだ。
「そこだぁッ!!」
背後に回り込んだリベルタのレールガンが、ファランクスⅡの脆弱な背部装甲を真っ向から捉えた。
ドゴォォォォォンッ!!
至近距離での直撃。
強化されたはずの装甲も、プラズマリアクター直結の弾丸の前には紙同然!
『バカなぁあああああ!!』
ファランクスⅡは内部から盛大に火を噴き、爆散!
ラウドの叫び声と共に、眩い光の中に消えた。
「……ふぅ。よし、次だね!」
兎歌は爆炎を背に、再び機体を反転させた。
その瞳には、かつての弱虫な少女の面影はもう、どこにもなかった。
〜〜〜
ガギィィィンッ!!
ズバァァァンッ!!
真空の宇宙で、炎と蒼の光が幾重にも交錯する。
ブレイズとリリエル・ブルー。
二機の機動は、すでに常人の動体視力では追いきれない領域に達していた。
両手のガンブレードによる斬撃と射撃。
さらに、四本脚の粒子開放機を刃のように振るう変則的な蹴り。
実質的な四刀流による波状攻撃に、烈火は舌を巻いていた。
((……チッ、とんでもねえな!))
かつて兎歌が乗っていた頃の、オリジナルのリリエルよりも、機体出力、反応速度……、
そのすべてが、桁違いに強化されている。
何より厄介なのは、中身のパイロットだ。
名も知らぬ敵。
コイツの戦い方は、まるで鏡を見ているよう。
理論や型を無視した、純粋な殺意と野性のみで動く「獣」の動き。
((……決着がつかねえ))
烈火の額に脂汗が滲む。
このまま膠着状態が続けば、いずれスタミナ切れを起こすのはこちらだ。
ならば───
リミッターを解除して「覚醒」するか?
いや、ダメだ。
ここぞという時のために取っておく必要があるし、何より暴走のリスクが高すぎる。
その時だった。
ズダダダダダッ!!
リリエル・ブルーの死角から、激しい粒子弾の弾幕が襲いかかった!
蒼火は舌打ちし、大きくバックステップで距離を取る。
「……お待たせ、烈火!」
弾幕の主は、ファランクス隊を殲滅して駆けつけた兎歌の愛機、リベルタ!
白亜の翼を広げ、ブレイズの背中を守るように並び立つ。
『兎歌! いいタイミングだ!』
『うん! ……烈火、あれ、やるよ!』
通信パネル越しに、二人の視線が交差する。
言葉は要らない。
幼なじみの絆が、次の一手を瞬時に共有させた。
『おう! 合体だ!』
二機は同時にスラスターを吹かし、接近する。
だが、その隙を見逃す蒼火ではない。
「ハッ、仲良くダンスでも踊る気かい!? 邪魔だよッ!」
リリエル・ブルーの背部コンテナが全開になり、無数のマイクロミサイルが吐き出される。
合体シークエンス中の無防備な瞬間を狙った、必殺の弾幕。
「させねえよォッ!」
烈火は叫び、ブレイズのバルカンを蒼火ではなく、その手前に漂う巨大なデブリへと乱射した。
「デブリを!?」
砕け散った岩塊が、無数の破片と粉塵となって宇宙空間に広がる。
即席のチャフだ。
熱源センサーとレーダーが、爆発的な情報の嵐に一瞬だけホワイトアウトする。
「小細工を……! それでも、座標は分かってんだよッ!」
蒼火は直感だけでミサイルの誘導を修正し、粉塵の向こう側へと全弾を叩き込んだ。
ズズズズズズォォォォォンッ!!
凄まじい連鎖爆発が、ブレイズとリベルタのいた空間を炎で包み込む。
直撃か。
蒼火が勝利を確信しかけた、その時。
爆炎を切り裂いて、眩い光が溢れ出した。
「……なっ!?」
そこには、無傷の二機があった。
リベルタの翼から展開された「粒子防壁」が、ミサイルの爆圧を完全に遮断していたのだ。
そして、その防壁の中で、赤と白の機体はすでに一つに溶け合っていた。
ブレイズの背中にリベルタが合体し、プラズマリアクターの出力が爆発的に跳ね上がる。
炎じみた赤の装甲と、白亜の翼を持つ、鬼神の如き姿。
その両手には、リベルタから射出された二振りの「対艦用大太刀」が握られていた。
「さあ……ラウンド2と行こうぜ、蒼いの!」
二本の大太刀が、プラズマの光を纏って青白く輝きだした。
ふと見上げれば、漆黒の宇宙に、巨大な機動要塞『バジリスク』が不気味に輝いている。
セラピナの放つ理不尽なまでの粒子砲が、味方の艦隊を次々と呑み込んでいくのが見えた。
((……マティアス。それに、リエン))
アニムスキャナーを通じて、遠く離れた戦場から痛切な感情が流れ込んでくる。
それは、リエンの悲鳴にも似た、音のない叫びだ。
あの子が、泣いている。
「……野郎ッ!」
烈火の胸の奥で、何かが弾けた。
かつての故郷を焼かれた怒り。
実験体として弄ばれた少女への慈悲。
理不尽を強いるノヴァへの、どす黒い殺意。
守りたい、壊したい。
矛盾し、混ざり合った不条理な感情の奔流が、アニムスキャナーの許容限界を突き抜けた。
ドクンッ!!
合体したブレイズの全身から、ゆらりと立ち上る霧のような光。
それは以前の純粋な赤ではない。
怨念を煮詰めたような、赤黒く禍々しい悪魔のオーラだった。
『烈火!? すごい……熱いよぉ……っ!』
思わず悲鳴を上げる兎歌。
機体出力が、設計上の安全マージンを無視して暴騰していく。
「――終わりだ」
烈火が低く呟くと同時に、ブレイズの姿が掻き消えた。
「なっ……!? 速――ッ!」
蒼火が反応できたのは、本能的な直感があったからだ。
回避は間に合わない。
咄嗟に左手のガンブレードを盾にし、死角から迫る一撃を凌ごうとする。
――ガギィィィンッ!
真空を震わせる衝撃。
大太刀がガンブレードと接触した瞬間、プラズマの閃光が弾けた。
黄金の刃は、紙細工のように無惨に粉砕され、蒼火の目の前で火花と共に散った。
「嘘でしょっ!? あたしの剣を……一撃でっ!?」




