ブレイズ VS リリエル
真紅の悪魔、ブレイズ・ザ・ビースト。
そして、その背後には白亜の翼を広げたリベルタ・ザ・ターミガンが寄り添うように浮かんでいた。
『こちらプロメテウス隊! ガルス艦長、パンドラは無事!?』
通信回線から、兎歌の焦ったような声がパンドラのブリッジに飛び込んできた。
死の淵から引き戻されたガルスは、大きく息を吐き出し、通信機を握り直す。
『……あぁ、ギリギリで助かった。援護に感謝する、兎歌、烈火。おかげで、パンドラ自体の被害は軽微だ』
ガルスはそこで言葉を区切る。
そして、無惨に砕け散った機体の残骸へ、痛切な視線を向けた。
『……まあ、護衛のイノセントは散々な被害だがな。すまない、ここから先はお前たちに任せる』
これ以上の戦闘は、パンドラや残存した量産機では足手まといになるだけだ。
プラズマリアクター搭載機同士の戦いは、次元が違いすぎる。
「パンドラ、微速後退! 烈火たちの射線を塞ぐな! 残存するイノセントは艦の防衛に回れ!」
ガルスは生真面目な軍人らしく、即座に感情を切り替える。
そして、的確な指示を飛ばす。
パンドラはスラスターを逆噴射させ、ゆっくりと戦域から距離を取り始めた。
ガルスの視線は、メインスクリーンに映る二機の姿に釘付けになっていた。
赤と白のコマンドスーツ。
((……強くなったな、お前たち))
ガルスは、ふと遠い目をした。
かつてエリシオン本国で、最新鋭機『イノセント・オリジン』のテストパイロットを務めていた烈火と兎歌。
あの頃はまだ、危なっかしい子供たちだった。
だが、数多の死線を潜り抜け───
今やエリシオンの未来を背負って立つ、最強の戦士となっている。
「頼んだぞ……!」
ガルスは祈るようにつぶやいた。
その望遠モニターの先。
蒼火の操るリリエル・ブルーと、烈火の駆るブレイズが、音のない宇宙で激突した。
ガギィィィィィンッ!!
ガンブレードの黄金の刃と、青白いE粒子ブレード。
二つの刃が真正面から切り結び、凄まじい火花とプラズマの閃光が、暗黒の宙域を真昼のように照らし出していた。
ガギィィィィィンッ!!
ガキンッ! ズバァァァンッ!
真空の宇宙空間で、音のない爆発と閃光が連続して弾け飛ぶ。
炎色のブレイズと、青いリリエル・ブルー。
二機のコマンドスーツは、超高速の剣戟を交えていた。
常人の動体視力では、何が起きているか全くわからないだろう!
右から、左から、上から。
宇宙空間という三次元のあらゆる方角から、E粒子ブレードとガンブレードが火花を散らして激突する。
その超高速のチャンバラの最中。
烈火と蒼火の脳内に、アニムスキャナーを通じて互いの「感情」が流れ込んできた。
――なんなんだ、こいつの動きは!?
――アタシの剣に反応するなんて!
ネクスター能力を持つ二人の意識が、無意識のうちに深い領域で共鳴し合う。
言葉を交わすまでもない。
操縦桿を握る二人のパイロットは、全身の粟立つような興奮と共に、同じことを思っていた。
((コイツは、強い!))
「おおおおおぉぉッ!」
「あははははっ!」
烈火の裂帛の気合いと、蒼火の狂気じみた笑い声。
ブレイズは力任せにガンブレードを弾き飛ばすと、スラスターを逆噴射させて一気に間合いを取った。
「蜂の巣にしてやる!」
烈火は即座に両腕の機構をバルカン砲へと変形させる。
さらに、肩部に内蔵された機銃を一斉に展開。
圧倒的な弾幕を張り巡らせた。
ズガガガガガガッ!!
火線を引いて突き進む無数の徹甲弾と粒子弾。
だが、リリエル・ブルーは回避行動すら取らなかった。
キィィィンッ!
弾丸が命中する寸前───
青い装甲の表面に目に見えないエネルギーの壁が展開される。
『E粒子コート』だ。
強固な壁が、浴びせられた弾幕のすべてを軽々と弾き返してしまった。
「やっぱり実弾じゃあ抜けないか!」
「甘いよッ!」
弾幕の雨をものともせず、リリエル・ブルーが前傾姿勢で突っ込んでくる。
右手のガンブレードが鋭く振り抜かれた。
「っと!」
烈火はブレイズの上半身を捻り、紙一重で黄金の刃を躱す。
しかし、蒼火の狙いはそれだけではなかった。
「もらったァ!」
剣の空振りをフェイントに───
リリエル・ブルーの四本脚の一つが、下段から死角を突いて跳ね上がってきたのだ!
重力を無視した、ケンタウロス型特有の変則的なキック。
だが、烈火の野性的な反応速度が、ほんの微かに上回った。
「なめるなッ!」
烈火は即座に腰のコンバットナイフを逆手で抜き放つ。
ブレイズの腕がブレたかと思うと、迫り来る青い脚部の関節部を、ナイフの腹でガキンッと弾き返していた。
「チッ、防ぐか!」
蒼火が忌々しげに舌打ちをした、その直後。
ブレイズの背後から、三つの黒い影が迫っていた。
蒼火の随伴として追いついてきた、ノヴァの量産機『ファランクス』の小隊だ。
『隊長を援護しろ! 赤い機体を撃て!』
三機のファランクスが一斉に荷電粒子砲の銃口を、ブレイズへと向ける。
烈火がリリエル・ブルーとの白兵戦に集中している、絶好の隙。
だが、その射線上に、白亜の翼がふわりと舞い降りた。
「させないよ!」
兎歌の乗る巨鳥、『リベルタ・ザ・ターミガン』!
両足にレールガンを、肩にキャノンを構え、三機のファランクスの前に立ちはだかる。
「烈火の邪魔は、絶対にさせないんだから!」
兎歌の凛とした声が、コックピットに響き渡った。
蒼火に付けられた護衛部隊は、ノヴァの中でも選りすぐりの精鋭たちでたる。
希少なプラズマリアクター搭載機であるリリエル・ブルーを守るためだ。
その警護体制は王族に匹敵する。
加えて、部隊を率いる隊長機は、最新のアップデートが施された『ファランクスⅡ』。
装甲の軽量化で機動力を引き上げつつ、腰部にはリニアキャノンが増設されている。
火力とスピードの両面を強化された特別仕様。
もちろん、搭乗するパイロットも数多の戦場を生き抜いてきた手練れ。
だが。
立ちはだかる兎歌にとって、敵の肩書きや機体の性能など───
((そんなの、どうでもいい!))
『どけぇッ! その白鳥ごとスクラップにしてやる!』
ファランクスⅡと随伴機が、一斉に火線を放つ。
荷電粒子砲の白い閃光と、リニアキャノンの徹甲弾が、容赦なくリベルタへと殺到した。
「烈火の背中は、絶対に撃たせないっ!」
兎歌は操縦桿を強く握り込み、リベルタの純白の翼を大きく広げた。
キィィィンッ!
翼から展開された強固な『粒子防壁』が、機体をすっぽりと包み込む。
『直撃だ! 仕留めた!!』
すさまじい爆発と衝撃波が、リベルタの周囲で吹き荒れる。
だが、煙が晴れた後───
白い鳥型のコマンドスーツは、無傷のまま宇宙空間に留まっていた。
『な、直撃を耐えきっただと!?』
「今度はこっちの番だよ!」
兎歌の瞳が、スコープの奥で鋭く細められた。
攻撃を終え、次弾装填のためにファランクスたちの動きが一瞬だけ止まる、その一瞬。
そのわずかな隙を、兎歌は決して見逃さない。
リベルタに搭載された二門のE粒子キャノンが、眩い光を収束させていく。
「いっけえぇぇッ!」
ズゴォォォォンッ!!
放たれた極太の光の柱が、随伴のファランクス一機を真正面から捉えた。
敵は咄嗟に大盾を構えたが───
まったくの無意味。
直撃だ。
分厚い盾ごと装甲を蒸発させられ、ファランクスは内部から大爆発を起こして、宇宙の塵と消えた。
『バカな……! 大盾ごと貫通したっていうのか!?』
ファランクスⅡの隊長が、戦慄に顔を歪める。
これこそが、本物のプラズマリアクター搭載機と、あらかじめ粒子をタンクに詰め込んだだけの量産機との決定的な違いだ。
出力の次元が、根底から異なっている。
加えて、敵兵士たちを震え上がらせたのは、白い機体を操るパイロットの異常な度胸だった。
((……このパイロット、頭がおかしいのか!?))
ファランクスⅡの隊長は、冷や汗を拭う暇もなかった。
死を呼ぶ砲撃の雨を前にしても、白い機体は微塵も物怖じしない。
それどころか、直撃するギリギリまで敵の攻撃を冷静に見極め、一番無防備になる「攻撃後の隙」だけを的確に狙い撃ちしてくるのだ。
「よそ見してる暇なんて、ないよ!」
兎歌は叫び、リベルタの脚部に備えられたレールガンと、頭部の機銃を一斉に展開した。
白亜の巨鳥が、残る敵機へと猛然と襲いかかる。
凄まじい弾幕の嵐。
リベルタの出力があれば、レールガンは戦艦並みの火力が出る!
ファランクスと言えど、無傷では済まない!
だが───
残る随伴機が、リベルタの弾幕を盾で弾きながら突進してくる。
『調子に乗るなァッ!』
パイロットの怒声と共に、片手剣が鋭く振り上げられた。
リベルタの突撃に合わせた、完璧なタイミングでのカウンター。
だが、白亜の巨鳥の機動は、その予測を遥かに凌駕していた。
「遅いよ!」
兎歌の声と共に、リベルタは減速することなく、鳥の鋭い脚を突き出した。
ガキンッ!
片足の爪が、剣を振り下ろそうとしたファランクスの腕をガッチリと拘束する。
そして、空いたもう片方の足が、敵の頭部へと容赦なく叩き込まれた。
『なっ……!?』
直後、リベルタの足に備わった粒子開放機が、ゼロ距離で作動。
ドゴォォォォンッ!
凄まじい爆発が至近距離で弾け、ファランクスの上半身が丸ごと吹き飛ぶ。
装甲を失い、剥き出しになった胸部のリアクター。
兎歌は一切の躊躇なく、リベルタの頭部機銃をそこへ浴びせた。
『うわぁあああああ!?』
内部から激しく火を噴いた随伴機は、あっけなく爆散し、宇宙の塵と消えた。
「……スゥーッ……フゥーッ……」
その光景を目の当たりにし、隊長であるラウドは、ヘルメットの中で深く、長く呼吸をした。
歴戦の精鋭部隊が、たった一機の白い怪物に手玉に取られている。
だが、ここで怯むわけにはいかない。
((落ち着け。こちらも最新鋭機だ。あのポンコツのイノセントなど目ではない、ファランクスの完成形なんだぞ))
ラウドは操縦桿を強く握り直し、己の闘争心を奮い立たせる。
((さらに限界までチューンアップを施した、俺のファランクスⅡだ。出力も機動力も段違いに跳ね上がっている。負けるわけがない!))
ラウドは腰部に増設された二門のリニアキャノンを展開し、猛然と引き金を引いた。
同時に、兎歌もリベルタの脚部からレールガンを放つ。
ズガンッ! ドガンッ!
真空の宇宙で、互いの放った超高速の実体弾が飛び交い、機体へと直撃する。
火花が散り、強烈な衝撃が走る。
だが、どちらも倒れない。
ラウドの持つ分厚い大盾と強化装甲。
そして、リベルタの純白の翼が展開する強固な粒子防壁。
圧倒的なエネルギーによって支えられた両者の防御は、実体弾程度の威力では致命傷にならなかった。
((くそっ、実弾じゃあ決定打にはならないか……!))
ラウドは忌々しげに舌打ちをする。
兎歌もまた、スコープ越しにファランクスⅡの堅牢さを警戒していた。
ならば───。




