散りゆく命
しかし、問題は別のところにあった。
「……あ、っ……」
ズキリ、と脳の奥が割れるように痛んだ。
視界の端にノイズが走る。
リエンの『肉体の稼働時間』に、余裕がないのだ。
プラズマリアクターの出力を前に、多角的なサブアームの操作と常軌を逸した回避機動。
無茶を連続で行い続けた代償。
ネクスターといえど、まだ幼いリエンの身体と脳への負荷は大きい!
限界が近づいてきていた。
対照的に、バジリスクの司令座に座るセラピナは、圧倒的な優勢を確信して優雅な笑みを浮かべていた。
「ふふっ、哀れなものね。まるで嵐の中で踊る羽虫のよう」
セラピナは紅茶の香りを楽しみながら、コンソールに指を滑らせる。
まずは、目障りな羽虫を一匹、確実に叩き落とす。
ズドォォォォンッ!
バジリスクの副砲から放たれた極超音速のレールガンが、暗黒の宇宙を一直線に駆け抜けた。
狙われたのは、被弾して動きが鈍っていたガタックのイノセントだ。
『しまッ――!』
ガタックは咄嗟にシールドを構えたが、装甲の質も質量も違いすぎた。
凄まじい衝撃と共に、分厚いシールドごとイノセントの左腕が根元からちぎれ飛ぶ。
『ぐああぁぁッ!?』
『ガタック!!』
マティアスの悲痛な叫びが響く。
だが、セラピナの容赦ない追撃はすでに準備を終えていた。
バジリスクの艦首、大型荷電粒子砲のエネルギー充填が完了し、臨界の光が漏れ出している。
「さようなら」
カッッッ――――!!
第二射。
空間そのものを削り取るような、圧倒的な光の奔流が放たれた。
『ドレンの分まで、ワイが……ッ! うおおおおおぉぉッ!!』
ガタックは残された右腕でガトリングを構え、死の光に向かって吠えた。
だが、抵抗はそこまでだった。
極太の荷電粒子砲が、イノセントの巨体を完全に呑み込む。
緊急脱出装置が作動し、コックピットボールが射出された───
が、それすらも圧倒的な熱量に巻き込まれ、瞬時に蒸発。
死んだ。
ドレンとガタックのコックピットボールは、まとめて熱に焼かれ、溶けて消えた。
二人のベテランパイロットの命が、通信のノイズと共に、跡形もなく消え去った。
「…………!」
リエンは息を呑んだ。
かなしい? おそろしい? わからない。
でも、止まらない。
ガタックを焼き尽くした死の光は、そのままの勢いで、射線上にいたエルフィンへと殺到してきた。
((……あ、これはむり))
限界を迎えた肉体が、リエンの思考に追いつかない。
エルフィンのスラスターが反応するより早く、視界が白に染まった。
───凄まじい轟音。
宇宙の闇を、真っ白に塗り潰す閃光。
しかし。
光の奔流が通り過ぎ、視界が晴れた後も───
エルフィンは、宇宙空間に留まっていた。
直撃は、していなかったのだ。
「……マティ、アス?」
リエンの目の前。
エルフィンの盾となるように、一機のコマンドスーツが立ち塞がっていた。
ストラウス・ザ・ホークアイ。
機体前面に展開した大型シールドは半ばからドロドロに溶け落ち、自らの装甲を焦がし、バチバチと火花を散らす。
それでも、紳士はリエンを庇い切っていた。
『ザザ良かっ……ザザた』
ストラウス・ザ・ホークアイは、純然たる兵器だ。
兵器であるからには、戦場を生き抜くため、日々様々な改修が施されている。
例えば、背部に搭載された支援用のコマンドロボ。
新たにE粒子ブレードが追加され、独立した遠隔斬撃兵器として強化されている。
例えば、主兵装である超長距離用ライフル。
磁場干渉システムを組み込むことで、放たれたビームの弾道を自在に曲げ、通常では不可能な、死角からの変則狙撃を可能にした。
そして、さらなる改修――。
それは
『ザリザリ……リエン』
激しいノイズに塗れた通信が、エルフィンのコックピットに響いた。
『すまない。……ザリ私の機体は、プラズマリアクターのザリザリ……稼働限界を迎えたようだ』
マティアスの声は、ひどく掠れ、息も絶え絶えだった。
リエンの目の前で、ストラウスの機体から青白いプラズマの輝きがフッと消え失せる。
「……マティ、アス?」
『生きろ。……お前はもう、兵器じゃないんだからな』
プツン、と。
通信が完全に途絶えた。
盾となった前面装甲がドロドロに溶け落ちたストラウスは、メインカメラの光を失い、鉄屑となって暗黒の宇宙の底へとゆっくりと沈んでいく。
脱出装置が作動した形跡はない。
「…………」
リエンは、モニターを見つめたまま、ピクリとも動かなかった。
その顔は、無表情のままだ。
ノヴァの研究所で躾けられた通り、感情を顔に出す機能は、壊れたままである。
だが。
胸の奥底で、なんとも言い難い、どす黒く熱いものが膨れ上がっていく自覚があった。
ドレンが死んだ。
ガタックが焼き尽くされた。
そして、いつも静かに見守ってくれていたマティアスが、暗闇に沈んでいった。
限界を迎えていたはずの肉体が、痛みを忘れて異常な熱を帯びる。
───オマエノセイデ。
バジリスクの司令座で笑っているであろう、あの女のせいで。
自分を人形に変え、今また、新しく見つけた大切なものをすべて奪い去っていく。
アニムスキャナーが、パイロットの異常な殺意と共鳴し、コックピットの照明を不吉な赤色へと染め上げた。
「……ころす」
水色の巨人、エルフィン。
その巨大な下半身から、折りたたまれていた多数のサブアームが、まるで悪魔の翼のようにバサリと大きく広げられた。
………
……
…
一方、激戦が続く宙域の別地点。
エリシオン防衛隊のプロメテウス級戦闘空母四番艦、『パンドラ』。
「……来るぞ。各機、油断するな」
艦長のガルスは、ブリッジのメインスクリーンを睨みつけながら、低く重い声で命じた。
角刈りで体格の良い、生真面目な軍人であるガルス。その額には、じっとりと冷たい汗が浮いている。
レーダーにはまだ何も映っていない。
だが、空間そのものが震えるような、異様な殺気がパンドラへと急接近してきていた。
(エピメテウス隊が、文字通り命懸けで持ち帰ってくれた偵察データ。……あれがなければ、我々も奇襲で沈んでいたかもしれん)
ガルスの脳裏に、事前ブリーフィングで共有された青い異形の姿が浮かぶ。
ノヴァの新型機『リリエル・ブルー』。
かつてエリシオンの象徴の一つだった名機を、敵が独自の技術で悪魔的に進化させた怪物だ。
「なんとしてでも、ここで食い止める。……我々が抜かれれば、本隊の横っ腹を突かれるぞ!」
『了解!』
パンドラの周囲には、護衛の量産型『イノセント』が六機、すでに散開して陣形を組んでいた。
各機がデブリを盾にしつつ、E粒子ライフルを構え、万全の待ち伏せ態勢を敷いている。
『――熱源探知! 前方より高速で接近!』
オペレーターの悲鳴にも似た報告。
「撃てェッ!!」
ガルスの怒号と共に、パンドラの全砲門が火を噴いた。
同時に、六機のイノセントからも一斉に粒子砲とミサイルが放たれる。
宇宙の暗闇を、無数の光線と実弾の豪雨が埋め尽くした。
網の目のような弾幕。
いくら高性能機であろうと、これだけの密度ならば一発は直撃するはずだ。
だが。
「……な、なんだと!?」
ガルスは思わず席から身を乗り出し、驚愕に目を見開いた。
当たらない。
弾幕の向こう側から現れた青い機影は、スラスターの光を不規則に明滅させ、信じられない軌道で空間を滑っていた。
四本の脚に備わった粒子開放機を使い、まるで宇宙空間を「蹴って」いるかのように、直角に近い鋭角ターンを連発しているのだ。
「化け物め……ッ!」
驚く隙すら、敵は与えてくれなかった。
リリエル・ブルーが、両手に握った『ガンブレード』を無造作に掲げる。
右手の銃口が火を噴いた。
ドォォォンッ!
『ぐああぁぁッ!?』
パンドラを庇うように前面に出ていたイノセントの一機が、装甲を紙のように貫かれ、一撃で粉砕される。
直後、リリエル・ブルーは流れるような動作で左手のガンブレードをパンドラへと向けた。
ズガァァァンッ!!
放たれた粒子弾が、パンドラの船体上部に設置されていた主砲を正確に撃ち抜き、爆発させる。
激しい揺れがブリッジを襲い、ガルスは手すりにしがみついた。
「怯むな! 対空砲火、撃ち続けろ!」
だが、青い悪魔の蹂躙は止まらない。
リリエル・ブルーの背部コンテナが開き、無数の小型ミサイルがばら撒かれた。
ドガァァァンッ! ドガァァァンッ!
迎撃の手が追いつかない。
ミサイルの群れは、デブリの陰に隠れていたイノセント二機を正確に捉え、爆炎と共に宇宙の塵へと変えた。
たった数秒の間に、護衛の半数が消滅したのだ。
『この野郎ォォッ!』
四機目のイノセントが、スラスターを全開にして特攻を仕掛ける。
抜き放たれたE粒子ブレードが、リリエル・ブルーの胴体を真っ二つにしようと振り下ろされた。
ガギィィィィィンッ!!
激しい金属音と火花。
しかし、その必殺の斬撃は、リリエル・ブルーの右手に握られたガンブレードの「刃」の部分で、いとも容易く受け止められていた。
『バカな……片手で、この出力を……!?』
イノセントのパイロットが絶望の声を漏らす。
リリエル・ブルーは斬撃を受け止めたまま、空いている左手のガンブレードを、パンドラのブリッジへと真っ直ぐに向けた。
((……ここまで、か))
銃口の奥で、青白い死の光が収束していく。
ガルスは死を覚悟し、奥歯を強く噛み締めた。
だが、その引き金が引かれるより、ほんの一瞬だけ早く。
ズゴォォォォォンッ!!
遥か彼方の暗黒から、すべてを薙ぎ払うような極太の荷電粒子砲が飛来し、リリエル・ブルーの側面を猛烈な勢いで強襲した。
宇宙空間を焼き尽くすような荷電粒子砲の閃光が、パンドラのブリッジの目の前を通り過ぎた。
「……ッ、あっぶな!」
リリエル・ブルーのコックピットで、蒼火は頬に冷たい汗を伝わせながら、機体を。
四本脚のスラスターを暴発に近い出力で吹かし、間一髪のところで直撃コースから機体を逸らす。
ほんの少しでも反応が遅れていれば、プラズマの熱線に呑み込まれ、機体ごと蒸発させられていただろう。
((……この威力。しかも、この距離から正確に狙ってきたっていうの!?))
蒼火は舌打ちをし、モニターに映る熱源の方向を睨みつけた。
暗黒のデブリ帯を蹴散らし、圧倒的なプレッシャーを放ちながら迫り来る影。
真紅の悪魔、ブレイズ・ザ・ビースト。
そして、その背後には白亜の翼を広げたリベルタ・ザ・ターミガンが寄り添うように浮かんでいた。




