リエンVSセラピナ
『化け物め! 墜ちろッ!』
残るファランクス三機が一斉にライフルの銃口を向ける。
リエンが攻撃に意識を割き、防御が疎かになった絶好のタイミング――。
『バカ野郎ッ!』
『何を嬢ちゃんに銃向けとんのじゃコラァ!』
横合いから割り込んできたのは、二つの怒声と烈火のような弾幕だった。
ドレン機の放ったE粒子ライフルがファランクスのシールドを激しく叩き、体勢を崩させる。
そこへガタック機のガトリングガンが、吸い込まれるように追撃を叩き込んだ。
ドゴォォォォンッ!!
熟練のコンビネーションに隙はない。
最新鋭機であるはずのファランクスは、その高性能を誇示する暇もなく、宇宙の闇に爆発の花を咲かせた。
残るファランクス二機。
だが、その命運も瞬時に断たれた。
二機目がエルフィンへ肉薄しようとした瞬間、機体背後から死神の鎌のように伸びたサブアームが、その四肢を絡め取る。
自由を奪われ、絶叫する暇もなく至近距離からの粒子弾で蜂の巣にされた。
同時に、三機目が距離を取って狙撃体制に入ろうとする。
しかし、その引き金に指がかかるより早く───
デブリの影から放たれた一条の光が、ファランクスの頭部センサーを貫通。
そのまま三機目のファランクスは爆散!
『……一機撃破。次へ移る』
マティアスの、感情を削ぎ落とした報告。
彼らは、この最重要任務のために選ばれた精鋭中の精鋭だ。
ノヴァの調整された強化兵士といえど、数多の修羅場を越えてきたプロフェッショナルの連携の前では、赤子も同然だった。
だが。
戦場に、「理不尽」が飛来する。
ドウ───ッ!!
突如、暗黒の虚空を切り裂いて放たれた、極太の磁場弾。
超高速のレールガンが、しんがりを務めていたドレンのイノセントを、真正面から撃ち抜いた。
「ぐあああ!?」
『――ッ!? ドレン!!』
ガタックの悲鳴が通信機を震わせる。
ドレン機は回避運動を取る間もなく左半身を粉砕され、火花を散らしながら宇宙を漂う。
直後、機体から球状のパーツが射出された。
コックピットボールだ。
『緊急脱出成功……! ドレンの野郎、生きてやがるな!?』
ガタック機は速やかに左腕でコックピットボールを回収。
その声には安堵と───
それを上回る激しい戦慄が混じっていた。
デブリの向こう側から、ゆっくりとその「山」が姿を現したからだ。
白く、長いボディ。
優雅でありながら、無数の砲塔を備えた禍々しい巨躯。
全長百メートルを超える機動要塞――『バジリスク』。
「……チッ、これか」
マティアスは即座にストラウスの大型シールドを構え、リエンとガタックを庇う位置へと機体を滑り込ませた。
センサーが感知する、異常なまでのエネルギー反応。
((あの出力……間違いない。ただの移動要塞ではないな))
マティアスは冷や汗を流しながら、コンソールのデータを見据えた。
「各機、最大警戒。……相手は『プラズマリアクター』搭載機だ。まともに受けるな!」
圧倒的な質量と出力。
今までの有象無象とは一線を画す「本物の怪物」が、リエンたちの前に立ち塞がった。
〜〜〜
セラピナの座るバジリスクの司令座。
そこは、微かな振動と共に、強大なエネルギーの奔流に包まれていた。
この機動要塞は、もともとスペースコロニーの防衛用として設計されたものだ。
かつての設計図には、用途不明の巨大な「空洞」がいくつも存在していた。
当時の技術者たちは、機体の軽量化や慣性制御のためのデッドスペースだと説明していたが───
現実は違った。
ノヴァ・ドミニオンがエリシオンから『イノセント・オリジン』を鹵獲し、その心臓部であるプラズマリアクターの複製に成功した瞬間。
パズルのピースは、全て埋まったのだ。
その空洞は、プラズマリアクターという「無限の心臓」と、それによって駆動する膨大な粒子兵器群を格納するために、あらかじめ用意されていた場所だったのだ。
今、バジリスクは真の姿へと覚醒している。
かつての実弾兵器中心の鈍重な要塞ではない。
全身各部に粒子バルカンが搭載され、プラズマの輝きを纏った死の城塞へと変貌を遂げたのだ。
「……素晴らしいわ」
セラピナは、掌から伝わるエンジンの唸りにうっとりと目を細めた。
指先一つで、ベテランの兵士が塵になる。
この全能感こそが、ノヴァのあるべき姿だ。
その時、コンソールに無機質なアラートが走った。
『――索敵対象、識別完了。生体波長一致。被検体LL68番を確認』
オペレーターの報告に、セラピナは少しだけ眉を動かした。
LL68番。
ノヴァのデータベースに刻まれた、実験体の管理番号。
「……誰だっけ、ソレ」
セラピナは、思い出そうとすらしないまま、紅茶を飲むような気軽さで問い返した。
王族にとって、研究施設にいた子供たちは、使い捨ての試験薬や消耗品と変わらない。
名前どころか、顔すら覚えていないのが当然だった。
『……過去のネクスター能力開発プロジェクトにおける、最高精度の適合個体です。記録名は――リエン・ニャンパ』
「ああ……。あの、出来損ないの人形のことね」
ようやく記憶の隅から、冷たい部屋で震えていた小柄な少女の影を引っ張り出す。
セラピナは、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「やられたかと思えば、あんなブリキの玩具に乗って……。飼い主に牙を剥くなんて、躾がなっていなかったようね」
モニターの向こう側、水色の機体『エルフィン』が、必死にこちらへ向かって加速してくる。
その姿は、セラピナの目には、象に挑む蟻のように滑稽に映った。
「いいわ。あの時、薬漬けにして殺しておけば良かったものを。……この私の手で、今度こそ完全に「廃棄」してあげましょう」
セラピナの冷酷な瞳が、エルフィンを獲物としてロックオンする。
「砲撃用意」
バジリスクの巨大な艦首が、ゆっくりと上下に割れた。
その奥で、太陽のような眩い光が圧縮されていく。
「……消えなさい」
セラピナの冷酷な呟きと共に、放たれたのは極太の一撃
───ではなかった。
大型荷電粒子砲によって圧縮されたエネルギーが、発射の瞬間に無数の光の雨となって虚空にばら撒かれたのだ。
プラズマリアクターの圧倒的な出力だからこそ可能な、拡散式の広域殲滅射撃。
『な、なんちゅう弾幕やッ! 避けきれん!』
ガタックの悲痛な叫びが通信回線に響く。
「ッ……!」
リエンは、ネクスターとしての凄まじい反応速度でエルフィンを操った。
迫り来る光の雨を、四肢とスラスターを狂ったように躍動させ、紙一重の連続でかわしていく。
しかし、ガタックのイノセントでは、そのすべてを躱しきることはできない。
量産機故の限界があるのだ。
『ぐおぉぉッ!』
数発の粒子弾が機体をかすめ、装甲をドロリと溶かす。
ガタックのイノセントから、激しい黒煙が噴き上がった。
「ガタック! ……くそっ!」
マティアスは即座に巨大なデブリの裏へとストラウスを滑り込ませた。
さらに機体の大型シールドを構え、防御姿勢をとる。
ズガガガガッ!
岩塊を容易く貫通してきた粒子弾が、シールドを激しく打つ。
((……なんて重い一撃だ!))
マティアスは顔をしかめ、コンソールに警告音が鳴り響くのを睨みつけた。
直撃すれば一瞬で蒸発させられる威力が、雨のように降り注いでいる。
プラズマリアクターの暴力的な出力が、戦場の前提を完全に覆していた。
「……ッ」
リエンは声にならない吐息を漏らし、エルフィンのスラスターを限界まで吹かした。
バジリスクから、休む間もなく無数の機銃掃射が襲い掛かる。
光と実弾の網の目を縫うように、水色の巨人が宇宙を駆けた。
「……攻撃」
エルフィンは速やかにサブアームを起動。
機体下部から展開した何本ものサブアームが、鎌首をもたげるように前方を向き、一斉に火を噴いた。
狙いはバジリスクの砲塔群だ。
だが───
着弾の瞬間、バジリスクの白い装甲が虹色に波打った。
キィィィンッ!
『……弾かれた!?』
驚愕の声を漏らすマティアス。
粒子偏光装甲だ。
多数のサブアームから放たれた粒子弾は、すべて拡散され、光の霧となって消え去ってしまった。
「…………」
リエンの瞳に、焦りの色が浮かぶ。
((なら、これなら───))
リエンは瞬時に武装を切り替えた。
両手に構えた巨大なリニアキャノン。
実体弾ならば、偏光装甲の影響は受けない!
ズドンッ! ズドンッ!
凄まじい反動と共に放たれた徹甲弾が、真っ直ぐにバジリスクの装甲へと激突する。
ガキィィィンッ!
しかし、結果は同じだった。
火花が散っただけで、傷一つついていない。
バジリスクの装甲は、実弾を容易く弾き返すほどに分厚く、そして強靭だったのだ。
「……無駄よ。ゴミ虫が」
通信は繋がっていない。
だが、要塞の中からセラピナの冷酷な嘲笑が聞こえたような気がした。
直後、バジリスクの各所に設けられたハッチが開き、無数の迎撃ミサイルが射出された。
狙いは、エルフィン!
白い煙の尾を引きながら、全方位からリエンを殺しに迫る。
((……よけ、られない))
リエンは息を呑んだ。
迎撃用のサブアームは、先ほどの攻撃で熱を持ち、次の射撃までにわずかなラグがある。
死が、目前に迫っていた。
その時───。
ズドンッ! ズドンッ! ズドンッ!
虚空から正確無比なビームが連続して放たれ、エルフィンに迫っていたミサイル群を次々と空中で爆散させた。
『リエン! 一人で突っ走るな!』
マティアスだ。
被弾の危険を冒してシールドの陰から身を乗り出し、ストラウスの超長距離ライフルで精密な援護射撃を行ったのだ。
『私たちがいることを忘れるな! お前を死なせはしない!』
叱咤と、確かな庇護の入り混じった声。
リエンの瞳が、わずかに揺れた。
「……りょうかい」
リエンは短く、感情の読めない声でマティアスに応えた。
恐怖に呑まれることはない。
少女の脳内では、アニムスキャナーを通じて得られた敵のデータが高速で処理され、冷徹な分析が始まっていた。
((敵の装甲強度、極めて高い。反応速度、要塞クラスを逸脱。武装火力、過剰……))
コンソールの光が、リエンの青白い顔を照らす。
自機の状態をチェックする。
先ほどマティアスから供給を受けたおかげで、エルフィンの粒子残量にはまだ十分な余裕があった。
しかし、問題は別のところにあった。
「……あ、っ……」
ズキリ、と脳の奥が割れるように痛んだ。
視界の端にノイズが走る。
リエンの『肉体の稼働時間』に、余裕がないのだ。




