襲来! 機動要塞バジリスク
「ほ、報告! 敵の戦闘艦一隻、轟沈! 一撃です!」
「敵戦闘空母に被害確認!」
オペレーターの興奮した声を聞きながら、セラピナは冷酷な笑みを深めた。
「簡単ね。……さあ、ダンスを続けましょうか」
エリシオン艦隊からの必死の反撃が、バジリスクへと殺到する。
無数のビームと実弾の雨。
だが、セラピナは眉一つ動かさない。
キィィィンッ……!
着弾の瞬間、バジリスクの白い装甲表面が虹色に輝いた。
『粒子偏光装甲』。
プラズマリアクターの出力で形成された特殊フィールドが、敵のビームエネルギーを拡散させ、無力化していく。
無敵の要塞は、傷一つ負うことなく、悠然とその巨体を前進させた。
「無駄よ。貴方たちの貧弱な火遊びなど、この城には通用しないわ」
セラピナは冷笑し、指揮杖のように手を振った。
「掃除なさい」
ズダダダダダダッ!
バジリスクの全身から、無数のミサイルとレールガンの火線が吐き出された。
豪雨のような弾幕が、特攻を仕掛けてきたエリシオンの量産機『イノセント』三機を捉える。
『う、うわああぁッ!?』
回避する隙間などない。
三機のイノセントは一瞬で蜂の巣にされ、無惨な鉄屑となって爆散した。
全天周囲モニターには、激化する艦隊戦の様子が映し出されている。
エリシオン側の艦船数は多いが、こちらには一個中隊規模のファランクスがいる。
戦況は拮抗――いや、やや優勢といったところか。
((悪くないわ。これなら、私が少し後押しをしてあげれば決まる))
セラピナは深紅の唇を歪めた。
「全速前進。バジリスクの質量で、敵艦隊の中央を食い破るわよ。このまま蹂躙し、決着をつける」
巨大なスラスターが蒼い光を噴き出し、バジリスクが加速する。
敵の主力であるエースたち――烈火の『ブレイズ』や兎歌の『リベルタ』に対しては、すでに手を打ってある。
((敵の精鋭には、蒼火を向かわせてある。あの娘なら、少なくとも足止めくらいはやってのけるでしょう))
抜かりはない。
この盤面、どう転んでも、こちらの勝利。
そう確信した、その時だった。
『――警告! 高速接近物体、多数! いえ、一機です!』
オペレーターの悲鳴と共に、レーダーのアラートがけたたましく鳴り響く。
「なっ……!?」
セラピナが顔を上げた正面。
デブリの海を切り裂き、一直線にバジリスクへと突っ込んでくる影があった。
それは、儚げな水色に彩られた、異形の巨人。
かつてノヴァの実験体だった少女が駆る、第三世代コマンドスーツ。
『……セラピナ。……みつけた』
混線した通信から、感情の希薄な、しかし確かな殺意を孕んだ少女の声が響く。
「あれは……ッ!?」
水色の影――『エルフィン』が、バジリスクの眼前に飛来していた。
〜〜〜
時は少し遡る。
視点はセラピナの砲撃が行われる直前、リエンたちへと移る。
漆黒の宇宙の片隅。
水色の巨人『エルフィン』は、巨大なライフルを背負った『ストラウス』とケーブルで接続されていた。
マティアスの機体から、高純度のエネルギー供給を受けているのだ。
『……充填率90%。これくらいにしておこう』
マティアスの落ち着いた声が届く。
多数の荷電粒子砲と、常時展開される粒子偏光装甲を持つエルフィン。
強力な代わりに、プラズマリアクターを搭載していてもなお、燃費が激しいのだ。
長期戦を見越して、補給できる時に少しでもエネルギーを蓄えておく必要があった。
その作業中、周囲を警戒して旋回している二機の量産型『イノセント』から、陽気な通信が入った。
『よう嬢ちゃん! 気分はどうだ!? ビビってちびったりしてねぇか?』
『気持ち悪くなったら遠慮なく吐くんやで。ヘルメットが自動で吸い取ってくれる優れモノやからな! ガーハッハ!』
声の主は、エリシオン防衛隊でも古株のベテランパイロット、ドレンとガタック。
彼らは緊張をほぐすためか、それともただの性格か、軽口を叩いてくる。
「ん……」
リエンは、コックピットの中で小さく唸り、言葉を詰まらせた。
ノヴァにいた頃、通信機から聞こえてくるのは「命令」か「罵倒」、あるいは「嘲笑」だけだった。
こんな風に、対等な人間として、冗談交じりに話しかけられた経験がない。
((……どう返せば、いいの? せいかいは、なに?))
分からないまま、リエンはただ黙って、眼下の宇宙を見下ろした。
そこには、友軍の戦闘空母『デウカリオン』の巨大な船影が浮かんでいる。
プロメテウスと共に戦線を支える、頼もしい味方の艦だ。
だが、その安堵は一瞬で破られた。
カッッッ―――!
宇宙の彼方から、すべてを塗りつぶすような極太の閃光が走った。
セラピナの乗る機動要塞『バジリスク』からの長距離砲撃だ。
『――ッ!? 砲撃だ! デウカリオン、回避ぃッ!』
ドレンの絶叫が響く。
だが、光の矢はあまりにも速かった。
ズゴォォォォォォンッ!!
光線はデウカリオンの脇腹を鋭く掠め飛んだ。
直撃こそ免れたものの、分厚い装甲が紙のようにめくれ上がり、内部から爆発!
黒煙と炎が、激しく噴き出す。
通信回線が激しく混線し、耳障りなノイズと共に悲痛な叫びがコックピットに流れ込んできた。
『デウカリオン小破! 各部より火災発生!』
『第5艦、轟沈! 反応消えました!』
『タロン小隊、通信途絶! ……だめだ、シグナルロストォ!』
次々と消えていく仲間の光点。
先ほどまでそこにいた仲間の息遣いすら、爆炎の中に消えていく。
「あ……」
リエンの瞳が、ふらふらと宇宙の虚空を彷徨った。
視力ではない。
研ぎ澄まされたネクスターとしての感覚。
それが、分厚い装甲も、暗黒の距離も飛び越えて、「そこ」にいる者たちを捉えていた。
いる。
あの白い、大きな要塞の中に。
リエンを「モノ」として扱い、効率的なネクスター能力の開発研究を命じた女。
……セラピナ・ノヴァ。
そして、その更に奥。
小惑星基地の中に、あいつらがいる。
動けなくなるまで電撃を浴びせ続けた男。
どれほどの悲鳴を上げても、無機質な瞳で痛みのデータを記録し続けた女。
暖房もない冷たい部屋に閉じ込め、空腹で震えるリエンを嘲笑った連中。
仲の良かった実験体の女の子が死んだとき、ゴミを片付けるように焼却炉へ放り込んだ手。
意志を奪うために、毎日無理やり打ち込まれた薬の、あの冷たい感覚。
――憎い?
――苦しい?
――復讐したい?
烈火や兎歌に聞かれたこともある。
けれど、リエンには答えが分からなかった。
リエンにとって、世界とはそういう場所だったから。
太陽が昇り、空気が冷たいのと同じように。
苦痛と蹂躙が、リエンの「日常」だったから。
けれど。
「……あつい」
リエンの脳内で、何かが焼けるような熱を帯びた。
それは、感情と呼ぶにはあまりに原始的な声。
もしかすると、生存本能の叫びだったのかもしれない。
エルフィンのコックピットが、不気味に明滅する。
ガクンッ、と機体が震えた。
『――ッ!? おい、嬢ちゃん! どこへ行く!?』
『勝手に補給線を切るな! リエン、戻れッ!』
ドレンやマティアスの制止は、もう届かなかった。
エルフィンの四本のアームが、意思を持つかのように激しくのたうつ。
次の瞬間。
水色の巨人は、爆発的な加速と共に戦場の中央へと躍り出た。
行き先は、ただ一つ。
自分を「人形」に変えた、あいつらがいる場所へ。
「……もう、いや」
リエンの呟きと共に、エルフィンは流星となって宇宙を切り裂いた。
『チッ、あの跳ねっ返り娘が……!』
ドレンは忌々しげに舌打ちした。
視界の彼方にら、水色の残像を残して突き進むエルフィン。
『しゃあない。あんな細い腕の嬢ちゃんを、一人で死なすわけにはいかんからのぉ。ドレン、行くで!』
『応よ、ガタック! ケツは俺らが拭いてやるさ!』
二機のイノセントは視線を交わすように頷き合う。
そして、スラスターを最大出力で吹かし、リエンの後を追った。
マティアスのストラウスも、即座にエネルギー供給ケーブルを切り離して収納し、その後方へと滑り込む。
その前方。
突出したエルフィンを仕留めるべく、ノヴァの迎撃部隊が立ち塞がった。
量産機オービター三機、そして最新鋭のファランクスが三機。
「……しね」
リエンの唇が、小さく、冷たく動いた。
直後、エルフィンが加速する。
すれ違いざま、青白い閃光が二つ、宇宙を切り裂いた。
ドォォォンッ!
オービター二機は、何が起きたか理解する間もなく両断!
二機とも、爆散する。
リエンは自慢のサブアームすら使わなかった。
ただ両手に握ったE粒子ブレードを振るっただけ。
機体の性能と、彼女自身の異常な反応速度が、量産機をただの案山子に変えていた。
『なっ……!? 三号機、四号機ロスト!』
慌てて距離を取ろうとする三機目のオービター。
だが、エルフィンの方が速かった。
ドガァァァンッ!!
ライフルを構える暇すら与えず、リエンはエルフィンの巨体を、そのまま敵機へと叩きつけた!
前面に展開したE粒子シールドの圧力と、プラズマリアクター搭載機の圧倒的な質量。
オービターは紙屑のようにひしゃげ、火花を散らしながら粉砕された。
『化け物め! 墜ちろッ!』
残るファランクス三機が一斉にライフルの銃口を向ける。
リエンが攻撃に意識を割き、防御が疎かになった絶好のタイミング――。




