開戦、エルフィン・ザ・アネモネアームド無双!
『……れっか』
リエンは、無垢な瞳でじっと烈火を見つめてくる。
そして、コテリと小首を傾げて、爆弾のような言葉を投下した。
『……ぼっきしてる? 襲いたいの?』
「ぶっ……!?」
烈火はむせ返り、言葉を詰まらせた。
否定しようとしたが、喉が引きつって声が出ない。
ただの恥ずかしさではない。
その言葉に含まれる「重み」を知っているからだ。
((……っ、こいつ……))
リエンは、ノヴァ・ドミニオンの実験体だった。
「研究」「管理」「廃棄」
……という名目で、男たちに何をされてきたのか。
リエンにとって「襲われる」ことや、男の生理現象は、日常的な暴力の記憶と直結している。
そんな少女の前で、欲情を垂れ流していた自分が、どうしようもなく浅ましく思えた。
凍りついた空気を破ったのは、呆れを含んだ大人の声。
『……やれやれ。元気なのは結構だが、場所と相手を選びたまえ』
マティアスだ。
わざとらしく咳払いを一つすると、冷静な口調で割り込む。
『リエンも、余計なことは言わなくていい。……それより、各機の最終チェックは済んでいるな? 時間はもうないぞ』
マティアスが強引に話題を逸らしてくれたおかげで、烈火はようやく呼吸を取り戻した。
戦いの前に、別の意味で消耗してしまいそうだった。
『なんや、ええ傾向やないか』
「菊花!?」
凍り付いた空気を破ったのは、マティアスの助け船だけではなかった。
整備班長の菊花が、ニヤリと口角を吊り上げ、からかうような声を通信に割り込ませてきたのだ。
『発情してるおかげで、シンクロ率も反応速度も爆上がりしとるで。男のなんとやらは、戦力の源ってか? ほんま、単純な回路しとるわ』
「なっ……!?」
烈火は顔を真っ赤にして反論しようとした。
だが、モニターの数値は嘘をつかない。
興奮状態で脳内物質が過剰に分泌された結果、アニムスキャナーとの同調率は確かに跳ね上がっていた。
欲情と闘争本能。
その境界が曖昧な「獣」の本能こそが、この機体の動力源なのだと突きつけられる。
「うっせえ! これには深い事情が……!」
言い返そうとしたその時、艦内放送が鋭く響いた。
オペレーターのヨウコによる、凛とした事務的な声だ。
『敵機接近! 各機、無駄口を叩いている暇はありません。予定通り、発進してください!』
「「───ッ!」」
その一言で一変する、格納庫の空気。
烈火は瞬時に雑念を振り払い、操縦桿を強く握りしめる。
性欲も、羞恥心も、すべてを闘争心という燃料にくべた。
「……了解だ。行くぞ、相棒!」
カタパルトの固定具が外れ、ブレイズの背中から爆発的な推力が生まれる。
『烈火・シュナイダー。ブレイズ・ザ・ビースト! 出るぞ!』
炎じみた赤色の機体が、弾丸のように宇宙へと撃ち出された。
『兎歌・ハーニッシュ。リベルタ・ザ・ターミガン。行くよぉ!』
続いて、白亜の翼を持つリベルタが、優雅かつ力強く飛翔!
『マティアス・クロイツァー。ストラウス・ザ・ホークアイ。出撃する』
冷静沈着な声と共に、巨大なライフルを抱えたストラウスが闇に滑り込む。
『リエン・ニャンパ。エルフィン……なんだっけ……出撃』
最後に、少し気の抜けた───けれどどこか、危うさを孕んだ少女の声と共に、水色の巨人が虚空へと吸い込まれていった。
~~~
一方、その頃。
プロメテウス隊が出撃した宙域のさらに「上」。
無数のスペースデブリが漂う岩陰を縫うように、一隻の戦闘艦が静かに接近を試みていた。
ノヴァ・ドミニオンの別働隊だ。
レーダーに映りにくいデブリ帯を利用し、頭上から奇襲をかける算段である。
艦の周囲には護衛として、二個小隊――総勢六機の『ファランクス』が展開している。
最新鋭の量産機たちは、油断なく周囲を警戒していた。
だが、その静寂は唐突に破られた。
――ズドンッ!
音のない宇宙で、先頭を行くファランクスの一機が、何の前触れもなく爆散した。
『っ……!?』
パイロットが悲鳴を上げる間もなかった。
虚空の彼方から放たれた一条の光線。
それが正確無比にリアクターを撃ち抜き、機体を内側から破裂させたのだ。
『敵襲、狙撃だ』
『どこからだ? レーダーに反応なし』
残された五機のファランクスたちは、即座に動いた。
彼らは背中合わせの円陣を組み、全方位に向けてE粒子シールドを展開する。
鍛え上げられた精鋭たちの、無駄のない動き。
凍てついたファランクスのコックピット内には、人間らしい狼狽も、恐怖の悲鳴も存在しないのだ。
『損耗率16%。対象の座標、特定不能』
『シールド再展開。死角を補完せよ』
パイロットたちの音声は、合成音声のように抑揚がなく、平坦だ。
彼らはノヴァ・ドミニオンによって徹底的な「調整」を施された生体部品。
恐怖という感情回路を焼き切られ、ただ任務を遂行するためだけに最適化された、肉の人形たちだ。
彼らは即座に背中合わせの円陣を組み、全方位への警戒を強めた。
だが、その冷徹な計算すらも、『彼女』の前では無意味だった。
――ズドンッ!
今度は真下、デブリの陰影が最も濃い方向から、青白い光弾が突き刺さる。
二機目のファランクスが、反応する間もなくコクピットを蒸発させられ、爆散!
『視認。方位2-0-4。距離800』
残った機体が一斉にカメラアイを向ける。
デブリの切れ間、岩塊の向こう側に、水色の機影――『エルフィン』が揺らめいていた。
『排除する』
ファランクスたちの行動に躊躇はない。
四機同時の精密射撃。荷電粒子砲の束が、正確無比にエルフィンのいた座標へと吸い込まれる。
岩塊が消し飛び、空間が灼熱に歪む。
だが、そこに水色の機体はなかった。
『……消失。反応速度、予測値を――』
無機質な報告が途切れる。
エルフィンの下半身から伸びる、数本の「サブアーム」。
それらがまるで独立した生き物のようにうねり、デブリの影から、あるいはファランクスの死角となる頭上から、不規則な軌道で襲いかかっていたのだ。
ドォォォンッ! ドォォォンッ!
攻撃の瞬間に生じたわずかなシールドの隙間を縫うように、粒子弾が滑り込む。
三機目、四機目のファランクスが、内側から食い破られたように四散した。
『防御不能。多角攻撃を確認』
残る二機が盾をエルフィンへ向けようとする。
だが、サブアームは関節を無視した動きで側面へ回り込み、盾の裏側から容赦なくビームを叩き込む。
速い。あまりにも、速すぎる。
機体の推力だけではない。パイロットの思考速度が、マシンの限界を超えているのだ。
『警告。対象、母艦へ接近』
ファランクスたちが振り返った時には、すでにエルフィンは彼らを置き去りにしていた。
青い残像を引き連れ、護衛対象である戦闘艦の眼前に、亡霊のように出現していたのだ。
『迎撃ッ! 近すぎる、撃てッ!』
戦闘艦のブリッジから、初めて人間らしい焦燥の叫びが上がる。
艦体に設置された対空機銃と、主砲の粒子砲が、ゼロ距離からエルフィンへと浴びせられる。
だが、エルフィンは避けようともしなかった。
背面のサブアームが瞬時に展開し、幾重ものシールドを形成する。
さらに、機体表面を覆う『粒子偏光装甲』が妖しく輝き、着弾したエネルギーを霧散させていく。
爆炎と閃光の中、無傷の水色だけが不気味に浮かび上がった。
『……うそ、だろ……弾いただと……!?』
艦長の絶望的な呟きが漏れる。
直後、エルフィンのサブアームが一斉に鎌首をもたげ、その砲口を艦橋へと向けた。
『……さよなら』
砲撃。
リエンの無垢な呟きと共に、サブアームから無数の粒子弾が解き放たれる。
豪雨のような光の奔流が、戦闘艦の装甲を紙のように引き裂き、内部へと侵入し───
ドォォォォォォォォンッ!!
リアクターと推進剤タンクが同時に誘爆を起こした。
巨大な戦闘艦は、断末魔をあげる間もなく膨張し、宇宙の闇に巨大な火の玉となって散った。
『───!!』
誘爆の閃光が宇宙を白く染め上げ、逃げ遅れた五機目のファランクスをその爆圧で圧し潰す。
だが、その混沌の最中、冷静に機動する影があった。
最後の六機目――隊長機だ。
無機質な思考回路は、仲間が消滅する恐怖など感じない。
ただ、巨大な熱源反応によってエルフィンのセンサーが一瞬、飽和したその隙を見逃さなかった。
『好機。対象の座標固定』
隊長機はデブリを蹴り、エルフィンの死角である真下へと滑り込む。
あの不規則なサブアームの連撃すら紙一重で回避してみせたその技量は、量産機の枠を超えた「個」としての完成度を誇っていた。
狙いは、エルフィンの下半身、マトリクスユニット!
隊長機は攻撃に転じるため、全方位に展開していたE粒子シールドを一箇所だけ解除し、高出力ライフルの銃口を覗かせた。
その判断は、戦術的に正しかった。
リエンが反応するよりも速く、引き金を引く。
勝利の確率は、99パーセントを超えていた――はずだった。
――ズンッ。
音もなく。
しかし、あまりにも重い一撃が、隊長機の胴体を深々と貫いていた。
『……エ、ラー……? どこ、か、ら……』
隊長機の思考がそこで途絶える。
攻撃のためにシールドを解いた、そのわずかな一点。
針の穴を通すような精密射撃が、リアクターを正確に撃ち抜いていたのだ。
存在しない爆音と、まばゆい光。
最後のファランクスが爆散し、虚空に六つ目の花火が咲いた。
その硝煙の彼方。
漂う巨大なデブリの影で、空間が揺らぎ、光学迷彩のマントを解除した一機の影が現れる。
巨大な超長距離用ライフルを構えた、『ストラウス・ザ・ホークアイ』だ。
コックピットの中で、マティアスはスコープから目を離さず、静かに吐き捨てた。
「……子供に銃を向けるか」
その声は、氷のように冷たく、そして煮えたぎるような怒りに満ちていた。
リエンという少女を実験体にし、兵器として心を壊し、最後には敵艦への特攻同然の戦術を強いる。
挙句の果てに、用済みとなれば容赦なく殺そうとする、その所業。
ザザッ……。
マティアスの脳裏に、不快なノイズのような記憶が走った。
――かつての戦場。
瓦礫の中でうずくまっていた、痩せ細った少女。
保護しようと手を伸ばしたマティアスの目の前で、彼女は虚ろな目で笑い、服の下に隠していた爆弾のスイッチを押した。
吹き飛ぶ部下。飛び散る肉片。
少女を利用し、捨て駒にしたテロリストたちの哄笑。
((……吐き気がするな))
マティアスはギリと奥歯を噛み締め、操縦桿を握る手に力を込めた。
あの時のような悲劇は、二度と御免だ。
このふざけた連中には、大人の戦争の『ルール』を、骨の髄まで叩き込んでやる必要がある。
「……マティアス機、敵影排除を確認」
彼は努めて冷静な声色を作り、通信機に向かって告げた。
だが、その瞳に宿る怒りの炎は、決して消えてはいなかった。




