↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

163/271

開戦、エルフィン・ザ・アネモネアームド無双!

『……れっか』


 リエンは、無垢な瞳でじっと烈火を見つめてくる。

 そして、コテリと小首を傾げて、爆弾のような言葉を投下した。


『……ぼっきしてる? 襲いたいの?』

「ぶっ……!?」


 烈火はむせ返り、言葉を詰まらせた。

 否定しようとしたが、喉が引きつって声が出ない。

 ただの恥ずかしさではない。

 その言葉に含まれる「重み」を知っているからだ。


((……っ、こいつ……))


 リエンは、ノヴァ・ドミニオンの実験体だった。


 「研究」「管理」「廃棄」

 ……という名目で、男たちに何をされてきたのか。


 リエンにとって「襲われる」ことや、男の生理現象は、日常的な暴力の記憶と直結している。

 そんな少女の前で、欲情を垂れ流していた自分が、どうしようもなく浅ましく思えた。


 凍りついた空気を破ったのは、呆れを含んだ大人の声。


『……やれやれ。元気なのは結構だが、場所と相手を選びたまえ』


 マティアスだ。

 わざとらしく咳払いを一つすると、冷静な口調で割り込む。


『リエンも、余計なことは言わなくていい。……それより、各機の最終チェックは済んでいるな? 時間はもうないぞ』


 マティアスが強引に話題を逸らしてくれたおかげで、烈火はようやく呼吸を取り戻した。

 戦いの前に、別の意味で消耗してしまいそうだった。


『なんや、ええ傾向やないか』

「菊花!?」


 凍り付いた空気を破ったのは、マティアスの助け船だけではなかった。

 整備班長の菊花が、ニヤリと口角を吊り上げ、からかうような声を通信に割り込ませてきたのだ。


『発情してるおかげで、シンクロ率も反応速度も爆上がりしとるで。男のなんとやらは、戦力の源ってか? ほんま、単純な回路しとるわ』

「なっ……!?」


 烈火は顔を真っ赤にして反論しようとした。

 だが、モニターの数値は嘘をつかない。

 興奮状態で脳内物質が過剰に分泌された結果、アニムスキャナーとの同調率は確かに跳ね上がっていた。


 欲情と闘争本能。

 その境界が曖昧な「獣」の本能こそが、この機体の動力源なのだと突きつけられる。


「うっせえ! これには深い事情が……!」


 言い返そうとしたその時、艦内放送が鋭く響いた。

 オペレーターのヨウコによる、凛とした事務的な声だ。


『敵機接近! 各機、無駄口を叩いている暇はありません。予定通り、発進してください!』

「「───ッ!」」


 その一言で一変する、格納庫の空気。

 烈火は瞬時に雑念を振り払い、操縦桿を強く握りしめる。

 性欲も、羞恥心も、すべてを闘争心という燃料にくべた。


「……了解だ。行くぞ、相棒!」


 カタパルトの固定具が外れ、ブレイズの背中から爆発的な推力が生まれる。


『烈火・シュナイダー。ブレイズ・ザ・ビースト! 出るぞ!』


 炎じみた赤色の機体が、弾丸のように宇宙へと撃ち出された。


『兎歌・ハーニッシュ。リベルタ・ザ・ターミガン。行くよぉ!』


 続いて、白亜の翼を持つリベルタが、優雅かつ力強く飛翔!


『マティアス・クロイツァー。ストラウス・ザ・ホークアイ。出撃する』


 冷静沈着な声と共に、巨大なライフルを抱えたストラウスが闇に滑り込む。


『リエン・ニャンパ。エルフィン……なんだっけ……出撃』


 最後に、少し気の抜けた───けれどどこか、危うさを孕んだ少女の声と共に、水色の巨人が虚空へと吸い込まれていった。


 ~~~


 一方、その頃。

 プロメテウス隊が出撃した宙域のさらに「上」。

 無数のスペースデブリが漂う岩陰を縫うように、一隻の戦闘艦が静かに接近を試みていた。


 ノヴァ・ドミニオンの別働隊だ。

 レーダーに映りにくいデブリ帯を利用し、頭上から奇襲をかける算段である。


 艦の周囲には護衛として、二個小隊――総勢六機の『ファランクス』が展開している。

 最新鋭の量産機たちは、油断なく周囲を警戒していた。


 だが、その静寂は唐突に破られた。


 ――ズドンッ!


 音のない宇宙で、先頭を行くファランクスの一機が、何の前触れもなく爆散した。


『っ……!?』


 パイロットが悲鳴を上げる間もなかった。

 虚空の彼方から放たれた一条の光線。

 それが正確無比にリアクターを撃ち抜き、機体を内側から破裂させたのだ。


『敵襲、狙撃だ』

『どこからだ? レーダーに反応なし』


 残された五機のファランクスたちは、即座に動いた。

 彼らは背中合わせの円陣を組み、全方位に向けてE粒子シールドを展開する。

 鍛え上げられた精鋭たちの、無駄のない動き。


 凍てついたファランクスのコックピット内には、人間らしい狼狽も、恐怖の悲鳴も存在しないのだ。


『損耗率16%。対象の座標、特定不能』

『シールド再展開。死角を補完せよ』


 パイロットたちの音声は、合成音声のように抑揚がなく、平坦だ。


 彼らはノヴァ・ドミニオンによって徹底的な「調整」を施された生体部品。

 恐怖という感情回路を焼き切られ、ただ任務を遂行するためだけに最適化された、肉の人形たちだ。

 彼らは即座に背中合わせの円陣を組み、全方位への警戒を強めた。


 だが、その冷徹な計算すらも、『彼女』の前では無意味だった。


 ――ズドンッ!


 今度は真下、デブリの陰影が最も濃い方向から、青白い光弾が突き刺さる。

 二機目のファランクスが、反応する間もなくコクピットを蒸発させられ、爆散!


『視認。方位2-0-4。距離800』


 残った機体が一斉にカメラアイを向ける。

 デブリの切れ間、岩塊の向こう側に、水色の機影――『エルフィン』が揺らめいていた。


『排除する』


 ファランクスたちの行動に躊躇はない。

 四機同時の精密射撃。荷電粒子砲の束が、正確無比にエルフィンのいた座標へと吸い込まれる。

 岩塊が消し飛び、空間が灼熱に歪む。


 だが、そこに水色の機体はなかった。


『……消失。反応速度、予測値を――』


 無機質な報告が途切れる。

 エルフィンの下半身から伸びる、数本の「サブアーム」。

 それらがまるで独立した生き物のようにうねり、デブリの影から、あるいはファランクスの死角となる頭上から、不規則な軌道で襲いかかっていたのだ。


 ドォォォンッ! ドォォォンッ!


 攻撃の瞬間に生じたわずかなシールドの隙間を縫うように、粒子弾が滑り込む。

 三機目、四機目のファランクスが、内側から食い破られたように四散した。


『防御不能。多角攻撃を確認』


 残る二機が盾をエルフィンへ向けようとする。

 だが、サブアームは関節を無視した動きで側面へ回り込み、盾の裏側から容赦なくビームを叩き込む。


 速い。あまりにも、速すぎる。

 機体の推力だけではない。パイロットの思考速度が、マシンの限界を超えているのだ。


『警告。対象、母艦へ接近』


 ファランクスたちが振り返った時には、すでにエルフィンは彼らを置き去りにしていた。

 青い残像を引き連れ、護衛対象である戦闘艦の眼前に、亡霊のように出現していたのだ。


『迎撃ッ! 近すぎる、撃てッ!』


 戦闘艦のブリッジから、初めて人間らしい焦燥の叫びが上がる。

 艦体に設置された対空機銃と、主砲の粒子砲が、ゼロ距離からエルフィンへと浴びせられる。


 だが、エルフィンは避けようともしなかった。


 背面のサブアームが瞬時に展開し、幾重ものシールドを形成する。

 さらに、機体表面を覆う『粒子偏光装甲』が妖しく輝き、着弾したエネルギーを霧散させていく。

 爆炎と閃光の中、無傷の水色だけが不気味に浮かび上がった。


『……うそ、だろ……弾いただと……!?』


 艦長の絶望的な呟きが漏れる。

 直後、エルフィンのサブアームが一斉に鎌首をもたげ、その砲口を艦橋へと向けた。


『……さよなら』


 砲撃。

 リエンの無垢な呟きと共に、サブアームから無数の粒子弾が解き放たれる。

 豪雨のような光の奔流が、戦闘艦の装甲を紙のように引き裂き、内部へと侵入し───


 ドォォォォォォォォンッ!!


 リアクターと推進剤タンクが同時に誘爆を起こした。

 巨大な戦闘艦は、断末魔をあげる間もなく膨張し、宇宙の闇に巨大な火の玉となって散った。


『───!!』


 誘爆の閃光が宇宙を白く染め上げ、逃げ遅れた五機目のファランクスをその爆圧で圧し潰す。

 だが、その混沌の最中、冷静に機動する影があった。


 最後の六機目――隊長機だ。

 無機質な思考回路は、仲間が消滅する恐怖など感じない。

 ただ、巨大な熱源反応によってエルフィンのセンサーが一瞬、飽和したその隙を見逃さなかった。


『好機。対象の座標固定』


 隊長機はデブリを蹴り、エルフィンの死角である真下へと滑り込む。

 あの不規則なサブアームの連撃すら紙一重で回避してみせたその技量は、量産機の枠を超えた「個」としての完成度を誇っていた。


 狙いは、エルフィンの下半身、マトリクスユニット!

 隊長機は攻撃に転じるため、全方位に展開していたE粒子シールドを一箇所だけ解除し、高出力ライフルの銃口を覗かせた。


 その判断は、戦術的に正しかった。

 リエンが反応するよりも速く、引き金を引く。

 勝利の確率は、99パーセントを超えていた――はずだった。


 ――ズンッ。


 音もなく。

 しかし、あまりにも重い一撃が、隊長機の胴体を深々と貫いていた。


『……エ、ラー……? どこ、か、ら……』


 隊長機の思考がそこで途絶える。

 攻撃のためにシールドを解いた、そのわずかな一点。

 針の穴を通すような精密射撃が、リアクターを正確に撃ち抜いていたのだ。


 存在しない爆音と、まばゆい光。


 最後のファランクスが爆散し、虚空に六つ目の花火が咲いた。


 その硝煙の彼方。

 漂う巨大なデブリの影で、空間が揺らぎ、光学迷彩のマントを解除した一機の影が現れる。

 巨大な超長距離用ライフルを構えた、『ストラウス・ザ・ホークアイ』だ。


 コックピットの中で、マティアスはスコープから目を離さず、静かに吐き捨てた。


「……子供に銃を向けるか」


 その声は、氷のように冷たく、そして煮えたぎるような怒りに満ちていた。


 リエンという少女を実験体にし、兵器として心を壊し、最後には敵艦への特攻同然の戦術を強いる。

 挙句の果てに、用済みとなれば容赦なく殺そうとする、その所業。


 ザザッ……。


 マティアスの脳裏に、不快なノイズのような記憶が走った。


 ――かつての戦場。

 瓦礫の中でうずくまっていた、痩せ細った少女。

 保護しようと手を伸ばしたマティアスの目の前で、彼女は虚ろな目で笑い、服の下に隠していた爆弾のスイッチを押した。


 吹き飛ぶ部下。飛び散る肉片。

 少女を利用し、捨て駒にしたテロリストたちの哄笑。


((……吐き気がするな))


 マティアスはギリと奥歯を噛み締め、操縦桿を握る手に力を込めた。

 あの時のような悲劇は、二度と御免だ。

 このふざけた連中には、大人の戦争の『ルール』を、骨の髄まで叩き込んでやる必要がある。


「……マティアス機、敵影排除を確認」


 彼は努めて冷静な声色を作り、通信機に向かって告げた。

 だが、その瞳に宿る怒りの炎は、決して消えてはいなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。