プロメテウス隊、出撃前
((アタシが牙を研ぐのは、あいつらを守るためだ。……邪魔する奴は、誰だろうと噛み砕く))
その時、艦内にけたたましいアラート音が鳴り響いた。
ウゥゥゥゥ――ッ!
敵襲、あるいは出撃命令。
どちらにせよ、戦いのゴングが鳴ったのだ。
「……来たね」
蒼火はニヤリと唇の端を吊り上げ、獰猛な肉食獣のように瞳を輝かせた。
迷いなど欠片もない。
ただ本能のままに、部屋を飛び出し、格納庫へと続く通路を疾走した。
〜〜〜
格納庫の空気は、オイルと冷却ガスの匂いで満ちていた。
整備兵たちが怒鳴り声を上げながら走り回る中、蒼火は愛機の前へと滑り込む。
そこには、三人の白衣の人間たちが待ち構えていた。
ノヴァ・ドミニオンが誇る、ネクスター研究チームだ。
「蒼火、遅いわよ! バイタルチェック、急いで!」
駆け寄ってきたのは、若い女研究員の、リナ。
リナは手元のタブレットを操作しながら、少し心配そうな視線を向けてくる。
ここには珍しく、まだ少しばかりの倫理観を残している女だ。
「はいはい、分かってるって。……調子は悪くないよ」
蒼火は軽く手を振って応えつつ、その奥にいる二人の男を一瞥した。
「……ククッ。相変わらず素晴らしい数値だ。精神波の安定度、精神感応レベル……どれを取っても文句のつけようがない」
冷徹な声で呟いたのは、主任研究員のエドガー。
実益と結果こそが全てであり、パイロットの人権など、路傍の石ころほどにも思っていない男だ。
エドガーは満足げにモニターを見つめ、薄ら笑いを浮かべている。
「あの不安定な実験体とは、雲泥の差だな。リエン……だったか……? やはり、セラピナ様が直々に拾い上げた『原石』はモノが違う」
「ええ、その通りですな、エドガー主任」
老齢の研究員、グラントは眼鏡の位置を直しつつ、冷静にデータを読み上げる。
「状況予測スコア、反応速度……いずれも一級品。
シミュレーション上では、旧来のネクスターを遥かに凌駕しています。まさに、最強の生体部品ですな」
彼らの会話には、蒼火への敬意など微塵もない。
あるのは、優秀な「兵器」への称賛だけだ。
だが、蒼火はそんな彼らの視線を鼻で笑い飛ばした。
「好き勝手言ってくれるねぇ。……ま、いいさ。あんたたちが望む『結果』を出せば、文句はないんだろ?」
蒼火は彼らを無視し、リリエル・ブルーのコックピットハッチへと身を躍らせた。
シートに身体を沈め、ヘルメットを装着する。
数多のコードをパイロットスーツに接続すると、首筋にある端子がチクリとした痛みを伝えてきた。
「……コネクト」
瞬間、視界が弾けた。
全天周囲モニターが起動し、コクピットの閉塞感が消え失せる。
機体の外部カメラが捉えた映像が脳に直接流れ込み、まるで自分自身が巨大な鋼鉄の巨人になったかのような感覚に包まれる。
アニムスキャナー、接続完了。
クリアで、鮮明すぎるほどの視界が広がった。
『こちら一番機。システムオールグリーン。……いつでも行けるよ』
蒼火が通信パネルを開くと、コンソールのサブモニターに数人のパイロットの顔が映し出された。
随伴する量産機『ファランクス』の搭乗員たちだ。
彼らもまた、エリート意識の高いノヴァの兵士たちだが、今は蒼火という「圧倒的な個」に従う猟犬に過ぎない。
『隊長、露払いは任せてください。……あの猿どもを、宇宙の塵にしてやりましょう』
部下の一人が、殺気立った声で応える。
「いい返事だ。……じゃあ、狩りの時間といこうか」
プシュウゥゥゥ……!
圧縮空気が抜ける音と共に、カタパルトデッキへの隔壁が開放される。
目の前に広がるのは、無限の星々と、これから血で染まる戦場。
「リリエル・ブルー、蒼火! 出るッ!」
バーニアが蒼い炎を噴き上げ、リリエルが虚空へと解き放たれた。
それに続き、数機のファランクスが矢のように飛び出していく。
青い死神が、獲物を求めて宇宙を翔けた。
………
……
…
ワイバーンのブリッジから、小惑星内部。
巨大なドックを見下ろす回廊へ。
セラピナはカツカツと優雅な足音を響かせながら、これより投じる戦力の計算を反芻していた。
((こちらの戦力は、万全……いえ、過剰なほどね))
彼女の脳内で、チェス盤の駒を並べるように艦隊の構成が展開される。
まずは、後方に控える巨大な『ガジャースラ級輸送艦』が三隻。
その腹の中には、それぞれ一個中隊規模の『オービター』が詰め込まれている。
合わせて一個大隊。
物量で押し潰すには、十分な数だ。
そして、火力の要となる『ヴリトラ級戦闘艦』……六隻。
これに加え、旗艦である『ワイバーン』と、随伴する『バハムート級輸送艦』には、最新鋭の量産機『ファランクス』が合わせて二個中隊、配備されている。
さらに、先ほど飛び立った蒼火の『リリエル・ブルー』。
そして何より――セラピナが乗る、この機動要塞『バジリスク』がある。
「ふふ、負けるはずがないわ」
対するエリシオンの戦力は、偵察情報によれば、プロメテウス級戦闘空母が三隻に、護衛の戦闘艦が六隻程度。
搭載されている機体数は、多く見積もっても一個大隊と少し、といったところだろう。
「戦力差は倍以上。単純な算数さえできれば、結果は明白よ」
セラピナは薄く笑い、ドックの最深部へとたどり着いた。
そこには、他の艦船とは一線を画す、異様な威圧感を放つ巨大な構造物が鎮座していた。
全身に無数の砲塔をハリネズミのように生やした、動く要塞。
機動要塞『バジリスク』。
これこそが、セラピナの玉座だ。
「全艦、布陣を通達。私のバジリスクを中心に、鶴翼の陣で迎え撃ちなさい」
セラピナは通信機に向かって、冷ややかに命じた。
「相手は猿とはいえ、必死に抵抗するでしょうからね。……一応、全力で相手をしてあげるわ」
セラピナはスカートの裾を翻し、要塞のハッチへと姿を消した。
その背中には、勝利への微塵の疑いもない。
〜〜〜
「……などと、考えているのだろうな」
場所は変わって、エリシオン本国、地下深くに広がる『地下庭園』。
人工太陽の光が降り注ぐ緑豊かなその場所で。
作戦参謀のギンは、手元のホログラムモニターを眺めながら小さく鼻を鳴らした。
モニターには、敵艦隊の予想配置図と、味方の戦力データが表示されている。
常識的な指揮官であれば、セラピナの計算は正しい。
数で倍する敵に正面から挑むのは、自殺行為だ。
だが、ギンは知っている。
この戦場において、「常識」などという物差しが、いかに無意味であるかを。
「数は力だ。それは否定しない。
だが、個の力が集団を凌駕する特異点……それが『プラズマリアクター』だ」
ギンは指先で、出撃リストにある四つの機体コードをなぞった。
烈火の駆る『ブレイズ』。
兎歌の『リベルタ』。
マティアスの『ストラウス』。
そして、保護されたリエンが乗る水色の巨人、『エルフィン』。
「こいつらは、一機で戦況をひっくり返すジョーカーだ。
単純な火力、機動力、そしてパイロットの『質』……どれを取っても、一機で一個大隊に匹敵する」
ギンの口元に、冷徹な笑みが浮かぶ。
敵は、自分たちが「倍の戦力」を持っていると思っている。
しかし、こちらには「四個大隊分」の怪物たちがいるのだ。それに加えて、精鋭揃いのイノセント部隊が一個大隊。
「合わせれば、一個師団を超える戦力だ。……算数ができないのは、どっちだ?」
ギンはモニターの表示を「作戦開始」へと切り替えた。
彼の目には、すでに勝利の二文字が確定事項として映っていた。
「さあ、始めようか。女王様気取りの勘違いを、正してやるとしよう」
………
……
…
場所は、決戦の熱気に包まれた『プロメテウス』の第1格納庫。
整備兵たちが駆け回る喧騒の中、一際甲高い怒声が響き渡っていた。
「あほんだらぁ! そこは3番のレンチや言うとるやろが! ネジ舐めたらお前の頭のネジも締めたるからなッ!」
整備班長、菊花・メックロードだ。
菊花の檄が飛ぶ中、出撃を待つ四機の鋼鉄の巨人が、静かに鎮座していた。
炎色の『ブレイズ』。
白亜の『リベルタ』。
狙撃仕様の『ストラウス』。
そして、水色の巨人『エルフィン』。
ブレイズのコックピットでは、烈火はシートに深く身を沈め、大きく息を吐き出した。
((……落ち着け。いつも通りだ))
必死に精神を鎮めようとするが、身体の奥底でドクンドクンと脈打つ心臓が、それを許さない。
恐怖……ではない。
もっと原始的で、暴力的な熱だ。
通信パネルには、パートナー機であるリベルタのパイロット、兎歌の顔が映っている。
その不安げな瞳を見た瞬間、烈火の脳裏にどす黒い衝動が走った。
――今すぐにコックピットから引きずり出して、この場で押し倒したい。
――その柔らかな肌をメチャクチャに蹂躙して、自分のモノだと刻み込みたい。
「……ッ」
烈火は考えを振り払い、唸り声を漏らした。
アニムスキャナーによる、精神感応。
リミッターの外れた脳が、生存本能と生殖本能を混同し、暴走しかけているのだ。
『……烈火?』
モニターの向こうで、兎歌が怪訝そうに眉をひそめた。
『なんか今、すごく……ヤらしいこと、考えてなかった?』
「な、何言ってんだ! これからの作戦のこと考えてただけだ!」
『嘘。……なんか、粘っこい視線を感じたもん』
見透かされている。
幼なじみであり、精神を共有するパートナーである兎歌には、烈火の歪んだ欲望が筒抜けだった。
その時、別のウィンドウが開いた。
そこには、水色の髪を持つ少女、リエンと、マティアスの顔がある。
『……れっか』
リエンは、無垢な瞳でじっと烈火を見つめてくる。
そして、コテリと小首を傾げて、爆弾のような言葉を投下した。
『……ぼっきしてる? 襲いたいの?』




