生き残れ、三姉妹!!
((もし今、この場にいるのが私じゃなく、烈火さんだったら……))
烈火は、きっとこんなに苦戦はしない。
どんな劣勢でも不敵に笑い、紙一重でかわして敵を返り討ちにするだろう。
((でも、あの人は超人。私は……どこまで行っても、凡人でしかないから))
一瞬の自嘲を振り払い、シホは冷静に現状を分析する。
右脚が使えない自分よりも、今は火力が、ノエル姉の援護が必要だ。
『ノエル姉、これを使って! 私はバルカンで注意を引きます!』
『了解、預かるわね!』
シホはリニアキャノンをノエル機へと放り投げると、自らは左脚のスラスターを強引に吹かし、突撃した。
バルカンを乱射して、リリエルの視界を遮る。
『今だッ! やって、ユナ!』
『任せなよ! 後ろ、ガラ空きなんだよッ!』
シホの牽制に合わせ、ユナの高機動型がリリエルの背後を突く。
唯一残された右手でE粒子ブレードを振りかざし、必殺の間合いへと踏み込んだ。
勝機が見えた───
そう確信した瞬間、リリエルの背中、ミサイルコンテナのハッチが音もなく開いた。
「え……?」
直近距離。
回避不能のタイミング。
ゼロ距離から吐き出された無数の小型ミサイルが、ユナの視界を真っ白に染め上げる。
ドォォォォォンッ!!
宇宙の暗闇に、先ほどよりも一際大きな爆炎が咲いた。
爆風に煽られ、無残に四肢をバラバラに砕かれた機体は、虚空へと弾き飛ばされていった。
『ユナ!?』
『そんな!』
爆煙が四散し、バラバラになった装甲が宙を舞う。
だが、その火光の中から、ユナの機体はまだ辛うじて「形」を保って現れた。
寸前、着弾のコンマ一秒前にブレードを振るい、真正面の弾頭を切り払っていたのだ。
特訓で培った反射神経だけが、ユナを即死の運命から救い出していた。
『ユナ……!』
シホは叫びと共に、リリエルへ肉薄する。
追撃を許せば、今度こそユナは終わる。
シホは左腕のブレードを横薙ぎに一閃させた。
ガギィィィィィンッ!
激しい衝突音と共に、眩い火花が宇宙の闇を照らす。
リリエルは回避すらしない。
四本脚に備わった粒子開放機――その強靭な駆動部で、シホの刃を「蹴り」で受け止めていた。
((嘘でしょ……ブレードを足で止めるなんて……!))
人間離れした、あまりに精密な反応。
体勢を崩したシホの隙を、リリエルは見逃さない。
右手のガンブレードが、至近距離で火を噴いた。
ドゴォォォンッ!
鈍い衝撃と共に、シホ機の右腕が肩から先を粉砕される。
リリエルが二発目の引き金に指をかけた瞬間───
『させません!』
ノエルが放ったリニアキャノンの弾丸が掠め、かろうじて射線を逸らした。
『シホ、今よ! 下がってぇッ!』
『……っ、ありがとうございます、ノエル姉!』
腕を失い、脚も動かず、勝機は見えない。
けれど、シホの心は折れていなかった。
勝てなくてもいい。
一秒でも長く、泥を啜ってでも、三人で生き残る。
かつてあの日、意識を失った自分たちが誓い合った、唯一の約束。
その必死の執念が、ついに奇跡を呼び込んだ。
「……来た!」
ふと、遠方の宇宙が不自然に歪んだ。
直後、暗黒の彼方から飛来した「極大の光」が、無防備なリリエル・ブルーの側面に突き刺さった。
「な……っ!?」
リリエルのパイロットが初めて驚愕の声を漏らす。
回避不能の速度で放たれたその一撃は、正確にリリエルの姿勢を崩し、大きく弾き飛ばした。
着弾の光が晴れる。
だが、そこに在ったのは、砕け散った残骸ではなかった。
「……うそ。あれだけの直撃を受けて、落ちないの?」
シホが絶望と共に呻く。
リリエル・ブルーは、青い装甲を焦がしてはいたが、機体制御を失ってはいなかった。
機体を覆うE粒子コートによる強固な防御と、超遠距離からの狙撃による威力の減衰。
それが、致命傷を避けた要因だった。
しかし、その一瞬の硬直があれば、『彼』には十分。
紅と白の疾風が、戦場に舞い降りる。
元シグマ帝国のエース、ゲイル・タイガー。
そしてその愛機『ダフネ・ザ・フェニックス』!!
『よく持ちこたえた。戦闘データを持って、すぐに下がれ』
冷徹だが、どこか安堵を含んだ男の声が、通信機に響く。
ゲイルは遥か彼方の宙域で、シホたちが放った信号弾を見ていた。
その際、同時に放たれる異様な殺気を肌で感じ取り、ブースターを限界まで吹かして急行してきたのだ。
『あとの相手は、私がやろう』
ダフネが動く。
右肩のガトリングガンと、両手のハンドガンが同時に火を噴き、豪雨のような弾幕をリリエルへと叩きつける。
「……チッ、邪魔なのが来たな」
リリエルは四本の脚を巧みに操り、最小限の動きで弾道をかわす。
粒子コートで弾き、装甲の厚い部分で受け流し、即座にガンブレードで撃ち返す。
だが、ダフネもまた速い。
プラズマリアクターの爆発的な出力で加速し、躱しきれない攻撃だけをシールドエッジで弾き飛ばす。
一進一退の攻防。
その最中、リリエルのカメラアイがふと、撤退しようとする傷ついたイノセントたちへ向いた。
((逃がすかよ……!))
リリエルが銃口をシホたちへ向けようとした、その刹那。
『――よそ見ができる相手か?』
ゲイルはその思考の隙を見逃さなかった。
ガコン───ッ
ダフネが構えた荷電粒子ランチャーが、必殺のタイミングで咆哮を上げる。
「消し飛べッ!!」
着弾の瞬間、宇宙空間に巨大な光の花が咲いた。
だが、それは直撃による破壊の光ではない。
寸前、リリエルの背面コンテナから放たれたミサイル群。
それが、ダフネの砲撃に対して自ら飛び込み、爆発したのだ。
散布された特殊な粒子が、荷電粒子の奔流を拡散させ、無効化していた。
「……チッ。粒子撹乱ミサイルか……!」
ゲイルは苦々しく舌を打った。
あの青い装甲、想像以上に硬い。
直撃でなければ、あの防御力を突破することは不可能だ。
だが、敵の手の内は知れた。
この情報は、ここで無理をして勝つことよりも遥かに価値がある。
((……ノヴァにも、プラズマリアクター搭載機がある。この事実を持ち帰るのが先決だ))
ゲイルは瞬時に判断を切り替えた。
広がる爆炎と撹乱粒子を煙幕代わりに、ダフネはスラスターを逆噴射させ、漆黒の闇へと姿を消す。
傷ついたイノセントたちを回収し、撤退戦へと移行したのだ。
一方、リリエル・ブルーもまた、深追いはしなかった。
爆煙が晴れた時には、すでに敵影はない。
「あーあ、逃げられちゃった。……ま、いっか」
コックピットの中で、パイロットの少女――『蒼火・セブンス』は、つまらなそうに操縦桿から手を離した。
整った顔立ちだが、その瞳には猛獣のような獰猛な光が宿っている。
蒼火は、ノヴァ・ドミニオンきってのエースパイロットであり、セラピナ・ノヴァの懐刀。
真っ直ぐで、野性的で、そして誰よりも戦いを楽しむ少女だ。
「いい獲物だったけど、深追いは禁物ってね。……セラピナ様に報告しなきゃ」
蒼火は小さく笑うと、青い愛機を反転させ、静かにその場を去っていった。
………
……
…
戦闘空母、エピメテウスの格納庫は、焦げた金属と冷却材の匂いに包まれていた。
整備班が慌ただしく走り回る中、シホたちは、傷ついた愛機たちの前で項垂れていた。
ユナのイノセントは片腕と片足を失い、ノエル機はバックパックがなくなり、装甲はボロボロ。
シホの機体も、右腕と脚部スラスターが砕かれている。
「……結局、また助けられちゃいましたね」
シホは、ぽつりと呟いた。
眼鏡の奥の瞳が、悔しさに潤む。
「あいつ、強すぎだよー……。あんなの、どうやって勝つのさ」
地べたに座り込み、膝を抱えるユナ。
「……世界は広いのねぇ。あたしたち、死ぬ気で特訓したつもりだったけど、本物の『怪物』には、まだ届かないみたい」
ノエルもまた、力なく笑って首を振った。
あの青いリリエル。そして、助けに来てくれたゲイルのダフネ。
彼らが見せた次元の違う戦いは、凡人である自分たちとの決定的な差を突きつけていた。
「ふぅ……、ん?」
カツン、カツン、と硬い足音が響く。
遅れて格納庫に入ってきたのは、ゲイル・タイガーだった。
その手には、携帯食料の空袋。
「ゲイル、隊長……」
シホが顔を上げる。その目には、こらえきれない涙が溢れていた。
「すみません……。私たち、ふがいなくて……。結局、なんの役にも……」
「……何を泣いている」
ゲイルは呆れたようにため息をつくと、三人の前に立った。
そして、厳しい視線でボロボロのイノセントたちを見上げた。
「客観的に見ろ。お前たちは、敵の指揮官機を含む部隊を壊滅させた。さらに、敵に『プラズマリアクター搭載機』が存在するという、極めて重大な情報を持ち帰った」
ゲイルの言葉に、三人が呆然と顔を見合わせる。
「これだけの戦果を上げ、あまつさえ、あの化け物と遭遇しながら……誰一人欠けることなく、生きて帰ってきた」
ゲイルはそこで初めて、少しだけ口元を緩めた。
「偵察部隊としては、これ以上ない『大勝利』だ。胸を張れ」
「……っ、う、うぅ……っ!」
その言葉に、シホの目からついに涙がこぼれ落ちた。
張り詰めていた糸が切れ、三人は安堵と達成感に、身を寄せ合って泣き崩れた。
勝ったのだ。
生きている。
これ以上の勝利があるか?
「俺はプロメテウス隊に、このことを伝えに行く。これで盤面が有利になるからな」
そう言ってゲイルは、次の携帯食料をポケットから出した。




