復活と絶望のリリエル
((……烈火さんも、言っていましたよね))
脳裏に、かつて憧れた少年の不敵な笑みが浮かぶ。
『勝ちゃあ良いんだよ。定石とか気にしてんじゃねぇ!』
シホは深く息を吐き、眼鏡の奥の瞳に冷徹な光を宿した。
『……分かりました。勝ちに行きます!』
シホは残されたスラスターを強引に吹かし、右腕のバルカンを乱射!
弾幕で敵の退路を削っていく。
『あははっ、いい感じ! 逃がさないよっ!』
反対側からは、ユナの高機動型が二丁のマシンガンをぶっ放しながら急接近する。
3機の連携に、隊長機と思わしきオービターは、先ほどまでの余裕を失う。
必死に機体をくねらせて、交錯する弾幕を回避し始めた。
〜〜〜
「ぐぅ……!」
セラピナの腹心、ガジュウは、コックピットの中でかつてない焦燥に駆られていた。
たかが三機のイノセント。
そこらの一般兵と変わらない、旧式のなれの果てだと思っていた。
だが、現実はどうだ。
手下は一人残らず宇宙の塵と消え、自分一人だけが三方向からの緻密な連携によって袋叩きにされている。
((……このオレが、こんな雑魚どもに!?))
今はデブリを盾にして猛攻を凌いでいるが、それも長くは持たない。
降り注ぐ弾幕に、隠れ蓑にしていたデブリは見る間に削られ、爆散していく。
遮るもののない真空の荒野に、引きずり出されようとしていた。
((ええい、ならせめて一人だけでも道連れに……!)
ガジュウは一瞬の隙を突き、最も動きの激しい高機動型――ユナの機体へとライフルの照準を固定した。
『あはっ、捕まえられな……えっ!?』
ドォォォォォンッ!
放たれた高出力の粒子弾が、ユナ機の左腕を肩口から吹き飛ばした。
だが、致命傷には至らない。ユナは咄嗟の機動で直撃を避けていた。
「やった……仕留めたぞ!」
歓喜に歪むガジュウの顔。
しかし、それが人生で最期の表情となった。
敵の一機に意識を向けすぎたその代償は、あまりに重かった。
背後。死角から音もなく迫っていた影が、その「牙」を突き立てる。
『……これで、終わりです!』
シホが操るイノセントのE粒子ブレードが、オービターの背面に位置するリアクターを、深々と貫いた。
「ばか、な……! このオレが、偵察隊ごときに……っ!」
内部から噴き出す凄まじいエネルギーの奔流。
ガジュウは、漆黒の機体と共に眩い光の中に消えた。
爆発に巻き込まれたコックピットボールに穴が開き、空気を吹き出しながら破裂。
一拍置いて、巨大な爆炎が宇宙の闇を真っ赤に染め上げる。
静寂が戻った宙域に、ただ三機の、ボロボロになりながらも立ち続けるイノセントの姿があった。
「た、倒した……の?」
爆炎がゆっくりと宇宙の闇に溶ける。
後に残ったのは、心地よい勝利の余韻。
『……や、やりましたね。私たち、勝てたんですね』
乱れた呼吸を整え、眼鏡の奥の瞳を細めるシホ。
かつての惨敗が嘘のような、確かな手応え。
『あったりまえじゃん! あんな動きの鈍いおじさん、あたしたちの敵じゃないっての!』
ユナは愛機の左腕を失いながらも、意気揚々と勝ち誇ってみせる。
『ふふ、二人とも本当にお見事でしたよぉ。さあ、一度エピメテウスに戻って――』
ノエルが穏やかに二人を労おうとした、その瞬間だった。
暗黒の彼方、観測範囲の限界から、一条の白い閃光が、虚空を切り裂いた。
『――ッ!? ノエル姉、避けてっ!!』
シホの絶叫が通信機を震わせる。
光は無慈悲な速度で迫り、回避行動の遅れたノエル機の背後を、真正面から撃ち抜いた。
『っ、あああぁぁぁッ!!』
コックピットを襲う凄まじい衝撃。
だが、ノエルは恐怖に呑まれることはなかった。
反射的に強制排除レバーを叩き、重厚なバックパックを瞬時に切り離す。
直後、パージされたユニットが誘爆し、宇宙に眩い火花を撒き散らした。
『……はぁ、はぁ……。間一髪、でしたねぇ……。烈火さんの地獄の訓練、受けておいて正解でしたぁ……』
爆煙の中から這い出したノエル機は、装甲を激しく焼かれながらも、辛うじて五体を保っていた。
誘爆を逆利用して逃げ延びる――まさに訓練の成果だった。
「狙撃手……アイツは……!」
シホは、光が放たれた方向を鋭い視線で睨みつけた。
デブリの影から、優雅に空間を蹴って現れたのは、一機の「異形」だった。
鮮やかな青い装甲。
四本の脚を持つケンタウロス型のフレーム。
そして何より特徴的な、頭部にそびえるウサ耳状のアンテナ。
『……リリ、エル……?』
シホの声が、驚愕に震えた。
かつてエリシオンが開発し、プロメテウス隊の戦列に加わっていた名機『リリエル・ザ・ラビット』。
目の前の機体――『リリエル・ブルー』は、その面影を色濃く残しながらも、不気味なほど洗練された改造が施されていた。
((……どうして。どうして、あの機体が、ここに……!?))
かつての戦友と同じ「耳」を持つその機体は、死神のような冷徹な輝きを放ちながら、三機の前に立ち塞がった。
リリエル。
かつては兎歌の愛機であり、プロメテウス隊の双璧をなしたエース機だ。プラズマリアクターが生み出す圧倒的な出力で、烈火のブレイズと共に数多の戦場を駆け抜けた。
だが、その機体は失われたはずだ。
旧シグマ帝国の精鋭、ルシア・ストライカーとの死闘の末、相討ちとなって爆散。
機体の残骸すら、核の光の中に消えた……。
目の前にいるのは、あり得ないはずの「亡霊」だった。
『マズい、隠れて!!』
シホたちは即座に巨大なデブリの背後へと隠れ、息を殺してその機体を観察した。
望遠センサーが、青い異形の姿を鮮明に映し出す。
『……違います。あれは、あたしたちが知っているリリエルじゃない』
シホは震える声で告げた。
鮮やかなブルーの塗装だけではない。
四本脚の駆動フレーム、ウサ耳状アンテナの細かな意匠――そのすべてが、ノヴァ独自の技術で再設計されている。
それは、過去のデータを元にノヴァが新造した、リリエルの「進化形」とでも呼ぶべき存在だった。
何より異常なのは、機体から立ち上るような強烈な威圧感だ。
((ただ浮かんでいるだけ、なのに……))
肌を刺すような殺気がセンサー越しに伝わってくる。
『……シホちゃん、これ、ちょっとマズいかも……』
いつもはおおらかなノエルの声も、今は恐怖に強張っていた。
ユナ機は片腕を失い、ノエル機はバックパックをパージして武装を半分以上失っている。自分も右脚のスラスターが死んだままだ。
だが、負傷の有無など関係ない。
たとえ万全の状態で三人がかりで挑んだとしても、勝てるビジョンが欠片も浮かんでこなかった。
((……強すぎる。勝負にすら、ならない……?))
シホの頬を、冷たい汗が伝う。
目の前にいるのは、ただの機械ではない。
戦場そのものを支配する「死」の具現体だった。
「あの時も、こんな風に逃げ場がなかったな……」
シホの脳裏に、数ヶ月前の地獄のような光景がフラッシュバックする。
海中から突如として現れた、ノヴァ特殊部隊による狡猾な奇襲。
三人は敵の術中にハマり、なす術もなく分断された。
守るべき対象であった『イノセント・オリジン』は奪われ、目の前でノエルとユナの機体が爆炎に包まれていくのを、シホはただ見ていることしかできなかった。
((……思い出したくない。あの、冷たい水の底の絶望を……!))
防衛隊のゴウが介入しなければ───
今頃自分たちは、宇宙の塵どころか、海の藻屑となって消えていただろう。
辛うじて繋ぎ止められた命。
けれど、運び込まれた集中治療室の中で、ノエルとユナの意識は、長く暗闇を彷徨った。
ようやく目覚めることができたのは、ほんの一ヶ月前のことだ。
三人は再起できたことを手を取り合って喜び、そして……
守りたかったものを何一つ守れなかった不甲斐なさに、声を上げて泣いた。
『もう二度と、あんな思いはしたくない……ッ!』
それからの日々は、まさに修羅の如き特訓だった。
失った感覚を取り戻し、以前よりも高みへ。
三人の絆を、不落の盾とするために。
だが。
ハッと意識が現在に引き戻された瞬間、シホの心臓が、氷を押し当てられたように凍りついた。
「いない……!?」
正面にいたはずの青い影が、視界から掻き消えていた。
慌ててセンサーを全方位へ展開する。
『――シホ、後ろ!!』
ユナの悲鳴に近い通信が届いたときには、すでに遅かった。
デブリの影に隠れていたはずの自分たちの、さらに背後。
そこには、いつの間にか回り込んでいたリリエル・ブルーが、死を宣告するように悠然と浮かんでいた。
ウサ耳状のアンテナが、嘲笑うかのように不気味に輝く。
「うそ───」
光弾。
背後から放たれたガンブレードの光弾が、真空の闇を幾重にも切り裂く。
無慈悲な連射がシホの機体を捉えようとした、その瞬間───ノエルの機体が、その前に割り込んだ。
「させないわよ……っ!」
大型シールドが火花を散らし、激しい衝撃を肩代わりする。
その隙に、シホは必死の思いでリニアキャノンを抜き放ち、リリエルの機影に向かって引き金を引いた。
――ガツンッ!
凄まじい反動が腕を伝うが、放たれた弾丸は虚空を穿つのみ。
リリエルは四本脚の粒子開放機を輝かせ、重力を無視したような機動で、あざ笑うかのように弾道を回避していた。
((……当たらない!? かすりもしないなんて))
圧倒的な実力差。
あの時も、そうだった。
((もし今、この場にいるのが私じゃなく、烈火さんだったら……))




