ガジュウ襲来! デブリの海の死闘
場所は、静寂に包まれた衛星軌道上の宇宙空間。
眼下には青い惑星が、頭上には巨大な岩塊が漂っている。
資源衛星群の近傍に位置する、通称「悲劇の小惑星」。
かつては希少鉱石やコロニー建設のための資材として、数多の夢と共に遥か彼方から運ばれてきた希望の星だった。
しかし、地球圏の政治的な都合や予算の凍結により、開発計画は頓挫。
行き場を失った小惑星は、砕かれることも利用されることもなく、ただただ、この宙域を漂う巨大なデブリと化していた。
そんな墓標のような岩陰を縫うように、三機の『イノセント』が滑るように飛んでいた。
共通するのは、青白い装甲と、背中に羽織った漆黒のマント。
エリシオンの精鋭部隊だ。
『……こちらシホ。ポイント・アルファに到達しました。これより、対象宙域の哨戒を開始します』
先頭を行く機体から、少し控えめで丁寧な通信が入る。
パイロットはシホ・フォンティーヌ。黒髪に眼鏡、そしてパイロットスーツの上からでも分かる豊かな胸を持つ少女。
シホは、緊張した面持ちで周囲を見渡している。
『了解だわ~。シホちゃん、そんなに固くならなくていいのよ? 私がついてるんだから』
右翼に展開するのは、ノエル・コットン。
栗色の髪を揺らすノエルの機体は、巨大なランチャーとガトリングガンを装備した重装型だ。
その包容力のある言葉通り、ノエル自身も爆乳と呼べるほどの肢体を誇る、部隊のお姉さん的存在である。
『了解ッス! ユナ機、左翼へ展開! ……それにしても、ホントに岩ばっかだねー。つまんないの』
左翼を駆けるのは、最年少のユナ・ヴォルタ。
小柄な身体に不釣り合いな巨乳を持つ赤毛の少女は、高機動型のスラスターを吹かし、生意気な口調でぼやいた。
三機は、入り組んだ小惑星の影へと進入していく。
『油断しないでくださいね、二人とも。ここは身を隠すには絶好の場所です。……何がいても、おかしくありませんから』
シホは眼鏡の位置を直し、慎重に操縦桿を握り直した。
シホは、イノセントのメインカメラを細かく動かし、デブリの陰影を一つ一つ確認していく。
レーダーに反応はない。熱源もゼロ。
だが、背筋を冷たい指でなぞられるような、得体の知れない悪寒が止まらない。
『シホ、どうかした? 動きが固いよー?』
通信機から、ユナのあどけない声が響く。
シホは小さく唸り、眼鏡のブリッジを指で押し上げた。
『……いえ。ただ、嫌な予感がして。ここ、静かすぎます』
『あら、シホちゃんが言うなら無視できないわねぇ。女の勘ってやつかしら?』
ノエルの のんびりとした、けれど頼もしい声が割り込む。
『なら、ユナちゃん、あたしの後ろにつきなさい。不意打ちが来るかもしれませんからね~』
『はーい! 頼りにしてまっす、ノエル姉!』
三機のイノセントは、互いの死角を補うように、背中合わせの密集陣形へと移行する。
スラスターの噴射音だけが、コックピットに低く響いていた。
その時だった。
音もなく漂っていた巨大なデブリの隙間から、無数の白い噴煙がほとばしった。
『――ッ!? 熱源多数! ミサイルだ!』
ユナの警告と同時に、視界が埋め尽くされるほどの弾頭が殺到する。
『迎撃ッ! 散開しないで!』
シホは叫びながら、腕部のバルカン砲を起動させた。
パララララッ!
乾いた発射音が響き、迫りくるミサイルを次々と空中で爆散させていく。
『うわぁ、めっちゃ来たー! 落ちろ落ちろーッ!』
ユナ機が素早く旋回し、両手のマシンガンを乱射!
高機動型特有の反応速度で、正確に弾頭を撃ち落としていく。
『あらあら、賑やかねぇ。まとめて消し飛びなさいな』
ノエル機が、その重厚なガトリングガンを唸らせた。
ブォォォォォンッ!
凄まじい発射速度で吐き出される弾幕が、ミサイルの群れをなぎ払い、炎の壁を作り出す。
爆風と煙が視界を覆う中、シホはコンソールを操作し、高輝度の信号弾を射出した。
真紅の光が、暗い宇宙を引き裂くように駆け上る。
遥か後方に潜む、プロメテウス級二番艦・戦闘空母『エピメテウス』へ、敵襲を知らせる狼煙だ。
爆炎の中、3機のイノセントは周辺警戒を続ける。
シュオオオォ……
爆炎が晴れていく。
その奥から現れたのは、漆黒の機影。
ノヴァの宇宙用量産機『オービター』だ。
流線形の未来的なフォルムが、獲物を狙う猟犬のように突撃してくる。
『オービター、総数6! 来るよッ!』
ユナの鋭い叫びが通信機を震わせる。
『ノエル! デブリの影へ!』
『了解ですよ~』
シホの的確な指示に、ノエルは流れるような操作で応える。
二機のイノセントは互いに頷き合うように息を合わせ、巨大な岩塊の背後へと滑り込んだ。
黒い影たちが、包囲するようにデブリの側面を回り込んでくる。
だが、そこにはすでにノエルが巨大なランチャーの狙いを定めていた。
「隙だらけです」
ドウ───ッ!
放たれた荷電粒子の一撃が、遮蔽物となっていた岩塊ごと一機のオービターを貫き、爆散させた。
『あと5機! ……あッ!?』
シホの眼鏡の奥の瞳が見開かれる。
残るオービターたちが一斉に、手にしたライフルを掲げたのだ。
銃口に青白い光が収束し、次の瞬間、高速のE粒子弾が雨あられと降り注ぐ。
それは、従来の物理弾とは比較にならない弾速と貫通力を秘めた、近代改修仕様の武装。
『粒子兵器……!? ただの量産機じゃないッ!』
シホは咄嗟にイノセントの盾を構え、粒子の奔流を凌ぐ。
その時、別方向から死角を突いて急接近する一機があった。
「見てるっつーの!」
ユナは叫び、高機動型イノセントのスラスターを限界まで吹かす。
抜かれたE粒子ブレードと、オービターの放った光の刃が真っ向から激突した。
真空の宇宙で、音のない激しい火花が散る。
二機の機体は互いの出力を押し付け合い、不気味な光の中に浮かび上がった。
「このぉーッ!」
宙域は、爆炎と粒子光が交錯する混沌とした戦場と化していた。
ノエル機は重厚な砲火を叩きつけ、押し寄せる敵機を遠距離から封殺する。
一方で、ユナ機は残像を残すほどの超高速機動で敵陣を攪乱し、鋭いE粒子ブレードの閃光を振るい続けていた。
そんな中。
シホ機の正面に立ち塞がったオービターだけは、他の量産機とは明らかに「圧」が違っていた。
((……この動き、ただの一般兵じゃない。おそらくは……))
シホは冷や汗を拭い、脳内のデータベースを瞬時に検索する。
ノヴァ・ドミニオンの皇女、セラピナ・ノヴァ。
セラピナには、二人の腹心がいるという噂がある。
目の前の黒い機体に宿る、洗練された殺気。
目の前の機体は、その片割れである可能性が極めて高かった。
「ふぅー……」
シホは深く、肺の奥まで吸い込んだ空気をゆっくりと吐き出す。
眼鏡の奥の瞳が、静かな決意と共に鋭く細められた。
『……ここで食い止めなければ。エピメテウスには、絶対に行かせません』
シホがイノセントの腕部バルカンを構えると同時。
オービターもまた、冷徹な精密さでE粒子ライフルの銃口をこちらに向けた。
互いの指が引き金にかかる。
真空の宇宙で、静かな、しかし強烈な火花が散ろうとしていた。
二機の間に漂っていた巨大な岩塊が、流れ弾を受けて爆散。
その閃光を合図に、両者は同時に、爆発的な加速を見せる。
先攻は、シホのイノセント!
シホ機は右腕のバルカンを乱射。
敵の牽制に回りつつ、側面から左腕のE粒子ブレードを最短距離で突き出した。
((――取った……!))
確かな手応えを確信した一撃。
だが、相手の読みは、シホの予測を遥かに上回っていた。
「えっ!?」
狙いすまされた重い蹴りが、突き出したばかりのシホの左腕を無慈悲に跳ね上げる。
体勢が崩れた刹那。
ライフルの青白い閃光が、イノセントの左肩を鋭く掠めた。
ドォォォォォンッ!
「か、は……ッ!」
凄まじい激震がコックピットを襲い、シホの身体がシートに叩きつけられる。
警告灯が赤く点滅し、機体各部から悲鳴のような振動が伝わってきた。
「くぅ……っ!」
シホは溢れる吐息を飲み込み、必死に追撃を凌ごうとスラスターを吹かす。
だが───
回避しきれなかった一撃が右脚を捉えた。
爆発的な火花が散り、右足のスラスターがユニットごと宇宙へと吹き飛んでいく。
((……だめ、なの? あれだけ、やったのに……!))
かつて、リエンの駆るサーペントに手も足も出ず、無残に惨敗した、『あの日』。
あの悔しさを糧に、シホは血の滲むような訓練を重ねてきた。
睡眠時間すら削り、シミュレーターを壊さんばかりに回し続けてきた自負はある。
だが、それでも。
目の前の「怪物」を相手に、致命傷を避けるだけで精一杯だった。
シホは悔しさに歯を食いしばり、滲む汗を拭う暇もなく───
再び暗闇から迫る、黒い影を見据えた。
「はぁ……、はぁ……ッ!」
警報が鳴り響き、機体が激しく揺れる中、震える指先で操縦桿を握り直す。
視界の端で火花が散り、右脚のスラスターが失われたことを示すデッドサインが点滅している。
((……やっぱり、私じゃ、ダメなんですか……?))
絶望が胸をよぎったその時。
耳元の通信機から、穏やかで包容力のある声が響いた。
『シホちゃん、落ち着いて? 強さって、そういうことじゃないんですよぉ』
『ノエル……姉……』
直後、オービターがトドメを刺そうと踏み込んだ、その横面へ。
凄まじい密度の、弾丸の壁が叩きつけられた。
取り巻きを掃除し終えたノエルのイノセントが放つ、ガトリングガンの援護射撃だ。
『あたしたち、一人で戦ってるわけじゃないんですから。もっと、お姉さんを頼ってくださいな』
「あ……」
ノエルの言葉が、シホの強張った心を解きほぐしていく。
そうだ。高潔な一騎打ちなんて、する必要はないのだ。
仲間に頼っても、不格好でも、どれほど惨めに見えたとしても。
最後に勝って生き残ることこそが、本当の強さなのだと。
((……烈火さんも、言っていましたよね))
脳裏に、かつて憧れた少年の不敵な笑みが浮かぶ。
『勝ちゃあ良いんだよ。定石とか気にしてんじゃねぇ!』
シホは深く息を吐き、眼鏡の奥の瞳に冷徹な光を宿した。
『……分かりました。勝ちに行きます!』




