第二十八話「対面」
後ろから響く銃声や物がぶつかる音を聞くも、走ることをやめない。そのまま速度を落とさず走り続け、ようやく三階へと続く階段を見つけた。そこを一気に駆け上がり、兄さんがいるという階層に着く。
周囲には敵がいないようで、ゆっくりと息を整える。頭の上が軽くなったと思い、手を伸ばせば軍帽がなかった。どこかで落としてしまったらしい。
「もう隠す意味もないわね」
纏めていた髪を解き、将校用マントを脱ぐ。やはりこそこそしているのは性に合わない。開放感を感じ、どこか気が楽になる。三階にいるのは教えられたが、どこにいるかは解らない。虱潰しに部屋を探さねば。
近場の部屋から手当たり次第に探し、鍵が掛かっていれば力任せに扉を壊す。木製の物でなければそうもいかなかったが、なんとも運がいい。どの部屋も資料室のような所ばかりで、兄さんは一向に見つからない。そもそもこんな夜更けに個室もない階層にいるのだろうか?
探してない部屋は残り二部屋となり、ドアノブに手を伸ばそうとした時だ。鍵は掛かっておらず、少しだけ開いていた。その部屋から独り事のような、呪文のような呟きが聞こえてくる。私はサバイバルナイフを持ち直し、扉を開けた。
声の主はこちらに振り返ることなく、椅子に腰掛けている。その者は男性で白衣を着ていた。彼の髪は肩くらいまで伸び、色は銀で見方によっては白にも見えた。
「兄さん?」
声をかければ彼の呟きは途絶え、ゆっくりと振り向いた。私と同じ真紅の瞳と視線がぶつかる。その鋭い眼差しは、夢で見た時のそれと同じだ。
「ブライから都心部にいる事は聞いていた。……久しいな、何年振りだ? だいぶ変わったようだが」
「……色々あったから」
兄さんの視線が義手にと向かった事に気付き、咄嗟に隠す。後ろめたい事はないのだけれど、やはり言いづらいものがある。なんとか誤魔化して色々な事を話したいのだが、うまく言葉に出来ない。それを見兼ねたのか、兄さんの方が先に口を開く。
「そうか。片腕ないのは想定外だが、支障はない」
「え?」
それはどういう意味かと問いかけるよりも速く、腹部に衝撃が走った。口から血が溢れ出し、腹部からは剣先が突出している。ゆっくりと、ゆっくりと後ろを振り向けばアイツがいた。出会った頃のように不気味な笑みを浮かべず、無表情のままでいるオールは不気味だった。彼の金髪から覗かせる真紅の瞳は虚ろで、どこも見ていない。
「こいつ!」
素早く義手の裏拳を放ち、避ける素振りすらしないオールは剣を離して吹き飛ぶ。痛みで片足をついてしまうが、まだ倒れるわけにはいかない。兄さんと一緒に、どこか安全な平和に暮らせる場所に行かねば。
「兄さん……。はやく、ここから逃げよう?」
「そいつは出来ない相談だな。愛しい妹である、ベラのクローンの君には、研究の手伝いをして貰いたい」
その言葉が聞こえると同時に、刺されていた剣が引き抜かれる。腹部の痛みに耐え切れず、声を漏らす。既の所で意識を保ち、意味のわからない事を語る兄さんの目は氷のように冷たく、目に光がない。
「信じられないと言いたそうだな。だが、残念ながら事実だよ。本物の妹は革命が起きるより前に事故で死んでしまった。しかし、この国には新しい種族を、新しい生命を生み出す事が出来る。詳しく語る気はないが、ベラの器としてクローンである君が必要なんだ」
兄さんは近づいて私の髪を掴む。髪が悲鳴をあげ、何本か抜け落ちるが彼は全く気にしていない。
「だけど兄さんは軍人で、そんな技術も設備もあるわけじゃ……」
「確かに軍人だが、技術がない訳じゃない。知ってるかは知らないが、以前からクローン技術には一枚噛んでいたからな。それに、設備ならこの施設の地下にある。と言っても、知ってる連中は本当に極小数だが」
そこで言葉を区切り、更に至近距離で私を凝視した兄さんは唇に弧を描く。本当に同一人物なのかと疑ってしまうほどに、別人だ。
「心配することなんてない、やっと妹の情報記録端末が完成したからな。あとは、君の今ある記憶に上書きすればいい。それと……」
言葉の続きの代わりに、床にうつ伏せにされる。必至に抵抗するけれど、力量に差がありすぎた。横目で兄さんを睨めば、腹部に突き刺されていた剣をこちらに向けている。後ろ髪を捕まれ、剣の刃がそれに当てられる。
「妹は髪が短かった」
その言葉と同時に、頭が軽くなった。




