第二十七話「突入」
敷地内にある植林の影で、ファントムから渡された軍帽を口で咥え、長い銀髪をまとめる。その上から軍帽を被って長い髪を隠した。執事から指摘されなかったら、長い髪を隠すことなく駐屯地の施設に突撃していただろう。
身嗜みは今でも厳しいと聞く軍で、長髪のままだったならば施設内に行くことも叶わない。既の所で気付いてくれて助かったが、もう少しはやく言ってほしいものだ。
「待たせたわね」
「いいえ、お気になさらず。短いのも似合ってますよ」
「そいつはどうも。さっさと行きましょ」
執事の世辞を聞き流し、ファントムに先導を促す。私達は彼の左右を守るように立ち、一方後ろを歩く。巡回の連中と数回擦れ違うが、特に怪しまれる事もなく一番大きい白い建物へと辿り着いた。
「……出来すぎてるな。気を抜くなよ?」
扉を開いた彼は振り向くこともなく呟いた。それが合図だったようで、ファントムは走り出し、少し遅れながらも私も後を追う。後方で扉が大きな音を鳴り、物音に気付いた連中が顔を出せば、瞬く間に鮮血と悲鳴をあげて倒れていく。生命活動が停止している軍人を横目に、前を走る彼に問いかける。
「どこに向かっているのかしら」
「お偉いさんがいそうな二階、三階へ行こうじゃないか。護衛で強い奴がいるかもしれないからねぇ」
どこか笑いを抑えているようにも聞こえる声に呆れてしまう。人の事を言えた立場ではないが、こいつも戦闘狂なのかと。呆れる反面、彼の気持ちも理解出来るので口には出さない。
「了解よ。私が探したい人もそっちにいるかもしれないから、ついでに探させて貰うわよ?」
その声に、ファントムはただ頷く。彼は部屋から顔を出した敵がいれば、懐から取り出した拳銃で的確に脳天を貫く。私は彼の背を守るように、付かず離れずの距離を保ちながら、追いかけてきた敵を義手とサバイバルナイフで、時には倒れた軍人から奪い取った軍刀で捌く。時間が稼げればいいのだ。可能なら通路を突破して兄さんがいそうな場所を探したい所だが、現実は甘くない。
通路を走り抜け、ようやく階段を見つけ出す。階段の踊り場まで上がった所で、二階に軍人が待ち構えているのに気付く。逃げ場はなく、突破するなら殲滅しかない。
義手の蒸気機関を起動させようと、右手を義手の起動スイッチに手を伸ばそうとした時だ、二階の方から怒声が響いた。それは一階から追って来ていた軍人達の動きをも止めさせてしまう程だ。
「誰かと思ったらヴァイスの妹と、その仲間か? まぁいい、ヴァイス直々の命令だ。お前たちは施設から逃げろ」
その声は、執事と同じクローンのオールを連れていったブライだ。二階から見下ろす彼は、施設内でも白い甲冑を身につけており、とても浮いた存在となっている。背には、義手の一撃を容易く受け止めた空色の板を担いでいる。
「ですが、ブライ様。この建物は……」
「聞こえなかったのか? 施設から逃げろと言ったはずだぞ。無駄死にしたいのなら止めないがな」
ブライの傍にいた軍人が不平をもらすが言いくるめられ、周囲の軍人に撤退指示を出す。しかし、それでは注意を引きつける側としては困ってしまう。私は左手に持った軍刀を、ブライ目掛けて投げつける。私の隙を狙った数人の軍人が動き出すが、ファントムが彼らを撃ってくれた。
「ほう。見覚えがあると思ったらそういう事か。面白い」
投げられた軍刀を掴み、刀身を粉砕するブライは甲冑の下で笑った気がすり、。
「ヴァイスの妹よ。三階の一番端の部屋に探し人がいるぞ。お前だけは通してやる」
唐突に提案を持ちかけたブライは空色の板を片手で持ち、切っ先をファントムに向ける。釣られるように、ファントムは拳銃の砲口をブライに向けた。
「その代わりに、お仲間さんには俺の相手になってもらおうか」
「こいつは予想外だねぇ……」
ブライに指名されたファントムは心底嫌そうに呟く。彼の目はこちらに向き、答えを待っている。撤退指示を下された取り巻きの軍人達も、私達の決断を見届けるまで動きそうにない。
「死なない自信はあるかしら?」
その言葉にファントムは笑みを浮かべ、顎で先に行けと促す。
「交渉成立だな。ほら、お前たちもさっさと散れ」
一連の流れを傍観していたブライは周囲の軍人に催促する。
私は階段を上り、ブライの横を通り過ぎる際、復讐に駆られた数人の軍人が私に襲いかかった。横転して一撃を避け、反撃に転じるよりも速く、ブライが彼らの内の一人を壁に叩きつける。
「そんなに死にたいのか」
「っ……。申し訳ありません」
身震いした軍人達は、顔を真っ青にして引き下がり逃げ出した。それを見送ったブライは行き先を指で示す。
「三階への階段はあっちだ。早く行け」
それだけ言うと、ブライはこちらに興味をなくしたようで、ファントムへと向き直る。素早く体勢を整えた私は、教えて貰った方へと走り出した。




