第二十五話「四時間」
ちゆりの手が、正確にはタオルだが、私の全身を丁寧に拭いていく。髪も簡単にだが洗ってもらい、多少なりとも気分がすっきりとする。彼女に礼をいうと、にっこりと微笑む。
「だいぶすっきりしたわ。ありがと」
「えへへ。どういたしまして! 時間はまだありますし、同じ女性として手助けはしたいですから」
まるで義務だと言わんばかりに、ちゆりは嬉しそうに言う。脱いだ服を着直し、タオルの汚れに引き攣る。仕方ない事とはいえ、出来るだけ綺麗でありたい。兄さんに会える可能性がある今となっては尚更だ。
「それが義手……なんですよね」
「ん? ええ、そうね。長く使ってるから傷はいくつか付いてるけれど、それでもまだまだ現役よ」
彼女の問いかけに肯定し、義手で握り拳を作って見せる。それをまじまじと眺めながら、そして義手に視線が注がれている事に気付く。もしかして、何か負い目でも感じてしまっているのだろうか。鼻から息を漏らし、義手でそっとちゆりの頭を撫でる。
「わっ……。どうしたんですか、いきなり」
「なんでもないわ。なんとなくよ、なんとなく」
急な行動に戸惑われてしまったが、まんざらでもない様子で、ちゆりは頬を緩ませた。その様子が可愛らしく、ずっと撫でていたい衝動に駆られる。しかしそれは、我に帰った彼女に義手を捕まれ、長くは続かない。
「子供扱いしないでください!」
「小動物みたいで、つい」
「ユルトと同じ事言ってる......」
「あら、それなら今度は小動物と言われないようにしないとね」
そう微笑むと、ちゆりはゆっくりと頷く。部屋から出ると、下からファントムが呼ぶ声がする。どうやら彼が戻って来たようだ。私は彼女と共に一階へと降りて、どこへ行っていたのか聞き出さねば。
「さっぱりしたのかい?」
「おかげさまで。ところで、どこに行っていたのかしら」
降りて来た私達を迎えたファントムは、テーブルに置かれた紙袋に手を置いていた。彼は視線に気付いたらしく、紙袋の封を開いて中身を取り出す。現れたのは携帯食料や弾薬などの品だ。
この国内で弾薬なんてどこから仕入れたのか見当もつかないが、ないよりは良い。弾薬はファントムとちゆりで分け、残りは各自で均等に持つ。
「四時間後に行くぞ。あんた達は俺の補佐という建前で同行してもらう。ちゆりは別行動だ」
「彼女だけ別行動する理由が?」
「大したことじゃない。こいつにしか出来ない事をしてもらったら合流さ」
執事の問いに、彼はにやりと笑う。全員が椅子に腰掛け、夕飯として固形食料を頬張る。そうしながらも、テーブルに広げられた地図に作戦が記されていく。
「……とまぁ、ざっとこんな所かな。内部に侵入したら俺と白狼が暴れる。その間に執事とちゆりが合流して、ユルトって奴を助けてやってくれ」
ファントムが指先を一点へと指し示す。そこは倉庫の一角だ。彼はどうしてそこを選ぶんだのだろうか。地図から目を離してファントムを見上げると、視線がぶつかる。
「内部以外だと、この倉庫が怪しいと踏んでいる。と言っても、実際に確かめようがないからどうしようもないけどな。ある程度当たりをつけた方がいいと思ってね」
「そういう事か。わかったわ」
「じゃあ、そういう訳でしばらくゆっくりしといてくれ」
言うだけ言うと、ファントムは部屋の隅へと移動してチロとナッツと遊びだす。そこに、ちゆりも混ざっていく。
視線を執事に向けると、ティーカップを片手に地図をひたすら凝視していた。よほど集中しているのか、二人が席を立った事も私が見つめているのも気付いていない。
「どうかしたの?」
「……いえ、なんでもなりません。私は彼を探しますが、貴方は自分の目的を忘れないでくださいね」
彼が言いたいのは、兄さんの事だろう。駐屯地のどこかなのは間違いないけれど、見当もつかない。ならばユルト同様に、虱潰しに探すだけだ。着崩していた青い軍服を直し、将校用マントを羽織る。
「部屋に戻ってるわ。行く時間前になったら呼んで」
二階へと戻り、義手に内蔵しているサバイバルナイフを取り出す。時間はまだまだある。武器の調子を見ながら、色々と考え事でもしていよう。




