8 能力を手に入れました
その後、エレニアはレイモンドの馬車でキルパトリック公爵邸に戻った。
彼女は送ってくれたレイモンドに礼を言い、馬車から降りた。
「また会いに来るから。楽しみに待っておけよ」
「あーはい、待ってますね」
楽しみに……とはいかないと思うけど、自分の身の安全のために大人しく待っていよう。
もしかすると、ただ単に仲良くしたいだけの可能性もあるし、真意がわかるまでは穏やかな関係でいるべきだ。
「では、失礼します」
「ちょっと待て」
突然引き留められ、エレニアは振り返った。
───その瞬間、レイモンドが彼女の首元に噛み付いた。
「キャアッ!な、何してるんですか!」
彼は首筋を唇で吸うと、顔を上げて笑った。
「見えるところに付けておかないと、誰かに取られてしまいそうだからな」
「……わ、私帰ります!」
エレニアは顔を真っ赤にしたまま、公爵邸へ入った。
そんな彼女を、彼は面白がるように笑いながら見ていた。
(あ、そうだ……またレイモンドに昨夜何したか聞くの忘れちゃった……)
髪色が変わっていなかったかについても聞きたかったのに、それどころではなくてすっかり忘れていた。
まぁ、前世の推しだったクラークをお目にかかれただけで十分か。
部屋に戻ったエレニアは、先ほど見た光景を思い浮かべた。
―――レイモンドの生まれたパーシヴァル公爵家は、別名氷の一族と言われていた。
その昔、後に王国の初代国王となる男が五人の男を引き連れ、国を支配していた魔女を倒すために力を合わせた。
そのうちの一人がまさにレイモンドの祖先であるパーシヴァル公爵だった。
氷の魔女を打ち倒した初代パーシヴァル公爵は、神によって特別に氷の力を授けられたという。
それから数百年の時が流れる中で、氷の力は大体彼の子孫に受け継がれていった。
そして一族の中でも、男主人公レイモンドの能力は歴代最強とまで言われている。
彼が本気を出せば国を氷漬けにすることも可能なのではないか……と推測する学術者もいた。
まぁ、国を氷漬けにできるかは本人もやったことないだろうし、レイモンドも自身の能力について言及することはほとんどない。
ただ、彼の凍った心を溶かすことができるのは太陽の聖女という称号を持つヒロインだけ。
「というか、どうして悪役令嬢エレニアは何の力も持ってないわけ!?」
レイモンドは氷の力、ヒロインは太陽の力、クラークは剣術の腕をそれぞれ持ち合わせている。
しかし、悪役令嬢エレニアだけが何もない。
(エレニアが先代から受け継いだのは呪いだけ……公爵からの虐待に加え、彼女が病んでしまうのも仕方がないのかもね)
誰からも愛される太陽の聖女であるヒロインと、誰からも疎まれる呪いの悪女エレニア。
建国に尽力した英雄キルパトリック一族と、女神の怒りを買ったベルクハイツ一族。
もし、私が記憶を取り戻さなかったとしたら……想像もしたくなかった。
部屋に戻ったエレニアは、ソファにドサッと腰を下ろした。
「氷の公爵様ってすごいのねぇ……国を氷漬けにできるとか、チート能力じゃん……羨ましいわ、私もそういう力が欲しかった」
何気なく呟かれたその言葉に、部屋にいた侍女が反応した。
「あら、エレニアお嬢様は火の一族キルパトリック家の生まれではありませんか」
「……」
―――火の一族キルパトリック家。
実は、初代キルパトリック公爵もまた、魔女を打ち倒したうちの一人だった。
パージヴァル家は氷の魔女を倒して氷の力を、キルパトリック家は火の魔女を倒して火の力を手に入れた。
ヒロインが太陽の聖女と呼ばれていたのも、キルパトリック一族に受け継がれる火の能力が全く関係していないわけではなかった。
しかし、エレニアはレイモンドやヒロインとは正反対。
歴代最弱と言われるほどに力が使えなかった。
そのことをよく知っているからか、エレニアは素直に喜べずにいた。
落ち込んでいる彼女を、侍女は励ますように話しかけた。
「お嬢様も、練習すればきっと力を使えるようになりますよ」
「……練習すれば使えるものなの?」
「ええ、人によって力の差はあると思いますが……」
エレニアは才能がないからと諦め、挑戦すらしてこなかった。
しかし、今になってそれが間違いだったと気が付いた。
練習すれば誰でも使えるとは、とても良いことを知れた。
エレニアは早速ソファから立ち上がり、長い袖を腕まくりした。
「えいっ!」
「……」
力を込めて魔法を出そうとしてみたものの、何も起きない。
チャレンジすると決めて五秒で心が折れそうになった。
(レ、レイモンドはあんなにも簡単に広範囲で発動させてたのに……どうして……!?)
その後めげずに何度かやってみたが、結果は全て同じ。
エレニアは力を使い果たし、床にへたり込んだ。
「お、お嬢様……こういうのは専門の講師を呼んで練習するのが一番良いかと思われます」
「専門の講師?」
そういえば、この国には魔法専門の講師というものが存在する。
貴族の子息息女たちは、彼らの下で魔法や魔力のコントロールを学ぶのだ。
(エレニアは才能がないってお父様に言われたせいで、魔法に関する教育を全く受けてこなかったわね)
父公爵はエレニアがほとんど力を使えないことを知ると、彼女に呆れ果て、育児放棄をするようになった。
そのせいで、公爵家の中では彼女のみがコントロールの術を教わっていない。
「そうだわ、私もちゃんと教われば、きっと力を使えるようになるはずだわ!」
「その意気です、お嬢様!」
エレニアは自身の将来のためにも、魔法について学ぶことを決めた。
***
数日後、年齢不詳の女性がキルパトリック公爵家を訪れた。
「―――初めまして、本日よりエレニア様の講師を担当させていただきます。オーレリアと申します」
「初めまして、先生。迷惑かけると思いますが、よろしくお願いします」
エレニアはペコッと小さくお辞儀をした。
オーレリアと名乗った彼女は、公爵家の生まれで、レイモンドたちと同じように闇の能力を扱うことができるそうだ。
紫色の髪に、真っ黒な瞳。漆黒のマーメイドラインのドレスを着用する背の高い女性だ。
エレニアよりかは年上だろうが、若々しく妖艶なご婦人である。女性に年齢を聞くわけにはいかないので、何歳かは想像にお任せ。
「私、キルパトリック家の血を引いているのですが、能力が全く使えなくて……」
「心配なさる必要はありません。きっとできるようになりますわ。そのような方は意外といるんですのよ」
オーレリアはエレニアを安心させるように、両手で彼女の手を包み込んだ。
闇の力を保有しているせいか、変な感覚に陥った。
「僅かですが、私の魔力をエレニア様に授けました。これで多少は使えるようになるはずです」
「魔力を……」
エレニアはこの世で誰しも持ち合わせている魔力が枯渇状態だった。
オーレリアによると、力が使えないのはそのせいである可能性が高いとのこと。
「先生、私どうしても能力をコントロールできるようになりたいんです!命に係わるんです!」
「命に係わるとは!何があったかは存じ上げませんが、私も精一杯教えますわ!一緒に頑張りましょう!」
エレニアの必死さを汲んだのか、オーレリアは力強く頷いた。
彼女と二人三脚、エレニアの猛特訓が始まった―――
***
エレニアがレッスンを始めてから数日後、彼女は自主練として森へやってきていた。彼女が今いたのは、魔物の森と呼ばれる場所だった。
比較的レベルの低いモンスターたちが生息する場所で、能力の練習にはうってつけだとオーレリアから聞いた。
「それにしても暗いなぁ……誰か連れてくるべきだったかな?」
まだ正午だが、森は薄暗く、夜と錯覚してしまいそうだった。
エレニアは足元を魔道具で照らしながら、森の中を進んだ。
この森に潜むモンスターたちは夜行性で、昼にはほとんど姿を現さない。
そのため、モンスターが一斉に襲ってくるという心配はほとんどないのである。
エレニアは森の中で場所を確保すると、オーレリアから教わった通りに、能力を発動させた。
小さな火の玉が、彼女の手のひらに姿を現した。
魔法を出すことはできるようになったが、自由自在に操れるかと言われればそんなことはない。
「まだまだコントロールするのが難しいわね……もう少し大きくできないかな……」
エレニアは手に力を込め、何とか力を出そうとした。
―――そのとき、突然火の玉が爆発した。
「キャアッ!」
驚いたエレニアは、尻もちをついて倒れ込んだ。
目の前に広がった光景に、彼女は愕然とした。
「な……一体何が……」
―――燃え上がる炎。焼ける森林。
エレニアの放った火により、大火事が起きていたのだ。
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