3 公爵様は執着系ヒーローです
―――小説の男主人公、レイモンド・パーシヴァル。
国内でも王家に次ぐ権力を持つと言われるパーシヴァル公爵家の当主であり、小説ではヒロインを一途に愛する男だ。
容姿端麗、頭脳明晰、高い地位。まさにこの世の全てを手に入れたと言える完璧超人。
銀色の髪をセンターで分け、透き通った青い瞳。前世で例えるのなら、俳優やアイドル―――いや、それ以上かもしれない。
そんな彼は、一言で言えば執着系ヒーローだった。
ただヒロインのことだけを一途に愛し、それ以外には何も見えていない。
浮気しないだなんて最高じゃないかと思うかもしれないが、彼の執着はハッキリ言って異常だった。
『俺以外の誰も目に映らないように……』
ヒロインが他の男と話しているだけで不機嫌になり、逃げようとした彼女を監禁しようとしたことまである。
それだけではなく、ヒロインの身体に触れた男の手を切り落としたこともあった。
顔が良くなければただの頭おかしいヤツである。
前世のエレニアは、彼のそのようなところがあまり好きではなかった。
一途なのはいいんだけど、少し重すぎるような気がしてしまって。
(その点で言えば、私はサブヒーローのクラークのほうが好きだったのよねぇ……)
紳士的で優しいサブヒーローは、メインヒーローのレイモンドとは真逆だった。
実は、エレニアはサブヒーロー推しで、今世ではぜひクラークをお目にかかりたいと思っていた。
しかし、結局クラークに会うことは叶わず、代わりに死亡フラグと寝てしまうとはなんて運が悪いのか。
昨日酒を飲みすぎて酔っ払ったところまでは覚えていると、そこから先の記憶がない。
もしかすると、レイモンドに無礼を働きでもしてしまったのだろうか。
彼はヒロインには激甘だが、他人にはかなりキツい人だ。
何をされるかわからないし、すぐにこの場を去らなければならなかった。
エレニアは自身に向かって伸ばされる彼の手を避け、ベッドから出ようとした。
「あ、あの……私……帰っていいですか……?」
「え?」
―――その瞬間、彼の身体から冷気が放たれた。
さっきまで穏やかだった表情が、一瞬で凍り付いた。そして彼の青い瞳から、一切の光が消えた。
間違いない、あれはヒロインを監禁したときの顔だ!このままでは私が監禁ルートに直行してしまうかもしれない。
(ギャー!選択肢間違えた!?)
エレニアは慌てて弁明をした。
「あ、いや……そろそろ家に帰らないとマズいかなって……まだ私、十八歳だし……お父様も心配しているだろうし……」
「……」
当主であるレイモンドはともかく、エレニアはまだ貴族令嬢だ。
家に帰れば、厳しい父親が待っている。彼女にはやたらと厳しいが、ヒロインの異母妹のことは溺愛するどうしようもない父親。
(今回の一件も、何を言われるかわからないし……)
だから早く家に帰らないといけない。
そのままベッドから出ようとしたエレニアの腕を、レイモンドが掴んだ。
彼女は強い力で引っ張られ、彼の胸に倒れ込んだ。
驚いて顔を上げると、レイモンドが彼女をじっと見下ろしている。
「帰るのか?」
「は、はい……」
彼は仕方がないな、というようにフゥと息を吐いた。
もしかして、理解してくれたのだろうか。
なんだ、案外話のわかる人ではないか。
ホッと胸を撫で下ろしたエレニアの耳元に、レイモンドが唇を近づけた。
別れの挨拶でもされるのかと思ったのも束の間、彼の唇が醜く歪んだ。
「―――いっそこのまま……誰のところにも行かないように閉じ込めてしまいたい」
「……」
エレニア、死亡。
死亡フラグを遠ざけなければならない彼女だが、レイモンドと関わることで確実に死に近づいている。
どうしよう、このままではそう遠くはないうちに死んでしまう。
今はちょうど小説が始まる数ヶ月前だった。
ヒロインが現れるまであと少し。物語が始まれば、悪役令嬢エレニアはお役御免となる。
(そうよ、ヒロインさえ現れれば、きっとレイモンドの関心もそちらに行くはず……)
とは思うが、よく考えたらこの状況マズくないか?
ヒロインを一途に愛し、結婚するはずの男主人公を悪女が寝取ってしまった。
いくら過去とはいえ、悪役令嬢と関係を持ったことのある男が、ヒーローとして読者に受け入れられるだろうか。
答えは否である。
この先熱烈な恋をするレイモンドの重荷にならないように、エレニアはある提案をした。
「公爵様、今日の一件はなかったことにしませんか?」
この発言が相当マズいものだったということに、エレニアは気付いていなかった。
レイモンドは突然彼女の肩を両手でガシッと掴んだ。
「キルパトリック令嬢。もし次、そんなことを口にしたら……」
彼がニコッと笑った。
屈託のない笑顔に見えるけれど、よく見ると目が笑っていない。
「―――キルパトリック公爵邸を吹き飛ばしてしまいそうだ」
「……」
レイモンドが言うと全く冗談に聞こえない。
彼はこの国でも有数の魔法の使い手で、やろうと思えば本当に公爵邸を吹き飛ばすことくらい容易いだろう。
強欲な父公爵が死んだところで別に何とも思わないが、優しい使用人たちが被害を被るのは困る。
私一人が我慢することで、みんなの命が助かるのなら……。
もはや、選択の余地はない。
エレニアは張り付けた笑みを浮かべるレイモンドに、似たような作り笑いで返した。
すでに死にかけ状態のエレニアに、彼が囁いた。
「ようやく、手に入れた……俺の愛しい人……」
そんな彼の言葉は、死亡フラグに直面していた彼女の耳には入っていなかった。
***
その後、紆余曲折あってエレニアは解放された。
また会うという約束を半ば強引に取り付けられ、エレニアはようやく公爵邸に帰ることができた。
帰りの馬車の中で、彼女は一人呆然としていた。
服の中では、昨夜レイモンドに付けられたであろう赤い痕がいくつも刻まれている。
(公爵様は一度関係を持った女性に執着するタイプなのかしら……?)
どれだけ考えても、レイモンドがあんな行動を取った理由がわからなかった。
エレニアは彼とは初対面で、一度たりとも話したことがない。あれほど異性から人気のあるレイモンドが、たった一夜寝ただけの女に執着するとは考えにくいが……。
結局、どれだけ考えても結論は出なかった。
公爵邸に到着すると、エレニアは馬車から降りた。
朝帰りするのは初めてだったが、使用人たちはいつもと変わらない様子で彼女を出迎えた。
「―――お嬢様、お帰りなさいませ」
「ええ、ただいま」
使用人たちに挨拶を返しながら、エレニアは公爵邸へ入った。
前世で暮らしていた家とは全く違う、大豪邸。ここに住んでからもう十八年。
何事もなく部屋へ戻ろうとしたが、エレニアは最も出会いたくなかった人物と遭遇してしまった。
「―――エレニア!!!」
「…………お父様?」
手前の大階段から降りてきたのは、エレニアの父親であるキルパトリック公爵だった。
公爵はズカズカと大股でエレニアの元までやってくると、右手を振り上げた。
そのままバチンッ―――という音と同時に、エレニアの頬に鋭い痛みが走った。彼女は頬をぶたれた衝撃で右に倒れた。
「ッ……」
尻もちをついたエレニアは、驚いた表情で父公爵を見上げた。
「……お父様」
父は娘に向けるとは思えないほどに凍り付いた瞳で、エレニアを見下ろしていた―――
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