2 男主人公と寝てしまいました
小説の中の世界に転生するなんていうのはよくある話。
前世で愛読していた物語の中に入り込めるだなんて、なんて幸せなんだ。前世とはどこまでも違う世界。
しかし、転生したキャラクターが問題だった。
「どうして、よりにもよって悪役令嬢のエレニア・キルパトリックなのよ―――!」
―――エレニア・キルパトリック公爵令嬢。
小説『氷の公爵と太陽の聖女』の中で悪役令嬢としてヒロインの前に立ちはだかるキャラクターだ。
美しい見た目とは裏腹に、悪役令嬢というだけあって、彼女の性格は極悪非道そのもの。
男主人公を始めとした周囲の人々に愛されるヒロインに醜い嫉妬をし、彼女を貶めようと画策する。
階段から突き落としたり、暴漢を使って襲わせようとしたり。
犯罪紛いの殺人未遂まで平然とやってのける。
そんなエレニアは当然、悪役らしく最後には報いを受けることとなる。
今までの悪行が全て明らかになった彼女は、断頭台へ送られるのだ。
―――他でもない、彼女が心から愛した男主人公によって。
悪役令嬢エレニアが処刑されたあと、ヒロインは男主人公と結ばれ、物語はハッピーエンドを迎える。
「どこまでもヒロインが優遇される世界なのね……」
ここが小説の中の世界である以上、当たり前のことだが、エレニアに転生してしまった今となっては死活問題である。
前世で読んでいた頃はエレニアざまぁ!くらいにしか思っていなかった。しかし、今思えばなんと悲惨な末路なのか。
前世の記憶を取り戻したからには、やるべきことは一つだけ。
「何としてでも、処刑エンドを避けないと……!」
せっかく転生できたのに、また死ぬわけにはいかない。
神様が与えてくれた二度目の生を、今度こそ生き抜いてみせる。
(ちょうど今はまだ物語が始まる前だし……エレニアもそこまでの悪事は働いていないはずよ)
強いて言うならば使用人たちに我儘を言ったり、人を見下すような傲慢な態度を取ったりしたくらいだ。
それも問題ではあるが、原作でエレニアが行った悪事に比べたらなんとかわいらしいものか。
「決めた、私……男主人公とヒロインの恋路を絶対に邪魔しない!」
むしろ、二人の関係を快く応援する!
そして私は、男主人公以外の別の男性と恋愛する!
(大体、この小説の男主人公は私の好みじゃないし!どちらかというとサブヒーローのほうが好きなのよね!)
そのサブヒーローですらヒロインを愛することになるのだが、結局は報われないまま終わってしまう。
本音を言えば、ヒロインが羨ましくてたまらない。
しかし、いつまでも嘆いていたところで仕方がない。
最悪の未来がわかっている以上、回避するために動くことはいくらでもできる。
こうして、エレニアの処刑エンド回避計画がスタートしたのだった―――
***
前世の記憶を取り戻したエレニアは、今までの自身の行いを悔い改めた。
以前までの彼女の性格は、一言でいえば我儘で傲慢。公爵令嬢の身分を鼻にかけ、使用人や平民たちを見下したり、気に入らないならないことがあるとすぐに他人に八つ当たりする。
「これまで色々と迷惑かけちゃってごめんなさい。私、ただみんなにかまってほしくて我儘言ってただけなの」
「お、お嬢様……」
エレニアは使用人たちにお詫びの品物をプレゼントした。
突然性格が変わったエレニアに、彼らはずいぶん驚いていた。
前世の記憶を取り戻したなんて言っても、誰も信じないだろう。
当然だ、エレニア自身ですら信じられないのだから。
この行動が打算的でないと言えばウソになる。しかし、使用人たちとの関係を改善したいというのは、紛れもない彼女の本心だった。
エレニアはニッコリと微笑んだ。
普段滅多に笑うことのない彼女の、穏やかな笑み。
「みんな、これからは私と仲良くしてほしいわ。私もみんなのために変わるから」
「お嬢様……」
使用人たちはエレニアが置かれていた悲惨な境遇を知っている。
だからこそ、彼女を一概に責めることができなかった。
「―――暇だから、仕事を手伝うわ」
「お嬢様!?」
エレニアは反省し、心を入れ替えた。
最初は半信半疑だった使用人たちだったが、次第に彼女が変わると、少しずつだが受け入れるようになった。
エレニアは我儘な公爵家のお嬢様から一転、女神のように心優しい女性に変化したのである。
見事、悪役の印象を払拭することに成功したのだった。
やはり、努力すれば未来は変えることができる。エレニアは喜びを隠しきれなかった。
この時点で、彼女の計画は順調だった。
いくらこの先処刑エンドが待ち構えていようとも、彼女が原作のエレニアと違う行動を取れば最悪の結末は避けられるだろう。
―――そんなふうに、安直に考えていたのがいけなかったのだろうか。
エレニアは油断しすぎていた。
その油断が原因で、彼女は大きなミスを犯してしまうこととなる。
***
男主人公とも一切接点を持たないまま、彼女は十八歳を迎えた。
十八にもなると、公爵家の令嬢として夜会などに参加することも増えていった。
その日、エレニアは王家主催の夜会に出席していた。
相変わらず親しい友人のいなかった彼女は、誰かと踊ることもなく、適当に飲んで食べて過ごしていた。
(わぁ、すっごく美味しい……!前世でもこんな美味しいもの食べたことないわ……!)
初めて食べる超高級料理に、彼女は夢中になっていた。
エレニアの転生した世界では、十八歳から飲酒が許可されている。エレニアは片手にシャンパン、もう片方の手で皿に盛りつけた料理を食べていた。
夜会は何かと面倒なイメージがあったが、全然そんなことなかった。
むしろ誰にも話しかけられないし、美味しい料理は食べられるし、最高。
料理に舌鼓を打ちながら、エレニアは会場内を見回した。
(そういえば、この夜会って男主人公も来てるんだっけ?まぁ、どうでもいいや……私は彼と関わる気はないんだから)
先ほどチラッと男主人公の名前を聞いたような気がする。
しかし、今会場を見ても彼の姿はどこにもない。元々あまり公共の場に姿を現さない人だし、もう帰ってしまったんだろう。
そう結論付け、エレニアは特に気にしなかった。
ただ、今は久しぶりの夜会を楽しみたい。
そう思っていただけなのに。
どうして、こんなことになったの―――!?
エレニアは夜会の記憶が途中からなかった。
昨夜飲みすぎたせいか、彼女は気付いたときには全く知らない場所で寝ていた。
―――他でもない、男主人公と二人で。
目が覚めたとき、すぐ隣で上半身裸の男性が寝ていた。
そしてなぜか、自分もまた下着姿だった。
あれ?私何をしていたんだっけ?
エレニアはすぐには理解できなかった。
前世でも男性経験なんてなかった私が、男の人と寝るだなんて。
「―――どうした?そんなふうに恥ずかしがるなんて、昨日はあんなに激しく求めてきただろう?」
「……」
エレニアの金色の髪の毛に、彼が優しく触れた。
一房取ると、彼は愛しそうに口づけた。
「……」
銀色の髪に、切れ長の青い瞳。鍛え上げられた肉体。
小説の挿絵で何度も見たその姿。
間違いない、彼は男主人公のレイモンド・パーシヴァル公爵だ。
信じられないことに、エレニアは男主人公のレイモンドと寝てしまったのである。
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