12 誰かに似ている?
「クラーク!火の玉を自由自在に操れるようになりましたわ!」
「エレニア、よかったですね」
クラークは鍛錬を一度止め、パチパチと両手を叩いた。
彼との鍛錬の中で、エレニアはある程度能力のコントロールができるようになっていた。
「クラークが応援してくれたおかげです」
「いえ、私は何もしていません」
二人は手を取り、喜び合った。
エレニアはオレンジ色に染まった空を見上げた。気付けば、夕方になっていた。
「もう日が暮れそうですね……」
「ええ……時間が流れるのはあっという間だなと、ここで過ごしているといつも思うんです」
「あっという間……たしかに、早く感じます」
彼女の言葉に、クラークはコクリと頷いた。
「───エレニアと一緒にいたからかな、今日はいつもよりずっと早く感じました」
「わ、私と……?」
驚いて顔を上げると、微笑むクラークが目に入った。
彼は紳士的ではあるが、思わせぶりな行動を取る人ではない。
勘違いしてはいけないと、エレニアは自分に言い聞かせることで精一杯だった。
「ク、クラークにそう言っていただけるとは、光栄ですね」
エレニアは言葉を返しながら、帰る準備をした。
日が暮れる前に帰らないと、父親がうるさいからな。
クラークはそんな彼女を引き留めることはせず、笑顔で見送った。
「エレニア、また会いましょう」
「ええ、今日はおかけで楽しい時間を過ごせました」
馬車に乗るエレニアに、クラークは軽く手を振った。エレニアも友人として、彼に手を振り返した。
エレニアの姿が見えなくなった頃、彼はポツリと呟いた。
「ようやく見つけた―――俺の初恋の女神」
***
公爵邸へ戻ると、エレニアはアイリーンと遭遇した。
「お姉様、おかえりなさい」
「ええ、ただいま」
アイリーンは愛らしい笑顔でエレニアを出迎えた。
正式にキルパトリック公爵家の一員となったアイリーンは、少し前から本邸に住んでいる。
父とは仲良くやっているみたいだ。
エレニアは彼女を避けていたが。
「お姉様、どちらへ行っていたんですか?」
「……ちょっと、友人のところよ」
「へぇ、そうだったんですね」
クラークのところと言うと面倒なことになりそうだったので、誤魔化した。
(今度はクラークを籠絡しろ!なんてお父様に言われたら、さすがに彼が可哀想だものね)
クラークはアイリーンを愛している。
今はまだ出会っていないものの、この先紛れもなく彼女を愛するようになるわけで。
エレニアがその恋を妨害するようなことがあってはならないのだ。
アイリーンと横並びで、エレニアは公爵邸の廊下を歩いた。
「そういえば、お姉様は最近能力の練習をなさっているとか」
「ええ、そうよ。キルパトリック家の一員に生まれた以上、能力のコントロールは必要でしょう?」
「私も最近練習しているんですが……なかなか上手くはいかないものですね」
アイリーンは困ったように頭を掻きながら笑った。
ヒロインのアイリーンはエレニアと違って、魔力量が多く、レイモンドに次ぐ能力の使い手だった。
作中では『太陽の聖女』としてアイリーンは社交界で幅を利かせることとなる。
彼女はレイモンドと同じ、天才型だった。今は悩んでいたとしても、きっとすぐできるようになるだろう。
そのことを知っているエレニアは、ありきたりな言葉を返した。
「そうね……まぁ、努力すればいつかはできるようになるわ」
「ありがとうございます、お姉様」
エレニアの励ましの言葉に、アイリーンはニッコリと笑った。
「そうだ、お姉様。お父様が近いうちに私のお披露目パーティーを開いてくださるそうです」
「……お披露目パーティー?」
エレニアは思わず足を止めた。
(そうだわ……たしか、小説内でもそんな出来事があったわね……)
小説の第一章、アイリーンが公爵令嬢になったことを祝うパーティーが行われる。
お披露目パーティーとは、まさにアイリーンとヒーローのレイモンドが出会う場所だった。
『初めまして、アイリーン・キルパトリックと申します』
『……』
公衆の面前でぎこちないカーテシーを披露するアイリーン。
彼女が貴族になってから、まだ一ヶ月しか経っていなかった。その点を言えば、多少の不出来は仕方がなかった。
しかし、貴族たちはそんなアイリーンの事情を考慮するほど優しくはない。
『嫌だわ、妾腹の子だなんて……母親は平民の侍女なんでしょう?汚らわしいわ』
『しかもエレニア嬢と数ヶ月しか年齢しか変わらないんだろう?』
『よくもまぁ、堂々とキルパトリック家の敷地を踏むことができるな』
招待客たちは、アイリーンに蔑みの視線を向けた。
悪役令嬢のエレニアもまた、同じように彼女を嗤った。
『あの女は娼婦の子よ。お父様はどうしてあんな子を公爵家に迎え入れたんだか……』
エレニアは自分と違って父に愛されている異母妹が気に入らず、父親のいないところで彼女を詰っていた。
しかし、そんな中、レイモンドだけは違った。
彼はその状況が気に入らないというように、不機嫌そうに吐き捨てた。
『大勢で一人を攻撃するとは……なんと醜い』
『パ、パーシヴァル公爵様……』
『公爵様……?』
アイリーンとレイモンドの視線がぶつかる。
彼女は初めて見た美しい氷の貴公子に、目を奪われる。
このあと、アイリーンは彼に助けてくれたことへのお礼を言いに行くのだ。
アイリーンがレイモンドと親しくなったのは、ちょうどそのときからだった。
(今思えば、レイモンドは大勢から詰られているアイリーンに過去の自分を重ねていたのかもしれないわね……)
レイモンドもまた、アイリーンと同じように侮蔑の目に晒されていた過去を持っていた。
お互い同じ心をの傷を抱えているということもあり、彼らは距離を縮めるまでそう時間はかからなかった。
しかし、心の傷といえば、アイリーンよりもエレニアのほうが……。
「―――お姉様も、ぜひ来てくださいますよね?」
「……?」
話しかけられて我に返ると、アイリーンがエレニアの顔を覗き込んでいた。
自分と似ているようで少し違う赤い瞳と目が合い、なんだか変な気分になった。赤は、キルパトリック公爵家の象徴だった。
「……え、えぇ。そうね……もちろん、行かせてもらうわ……」
「ぜひぜひ!お姉様が来るのを楽しみに待っています!」
本当は行きたくなんてなかったけれど、欠席したら父に何を言われるかわからない。
参加する以外に、エレニアに残された道はないだろう。
「今からお父様と一緒にパーティーのドレスを選ぶ約束をしているんです」
「そう、よかったわね。気に入ったやつを選ぶといいわ」
「はい、もちろんそうするつもりです」
アイリーンを溺愛する父なら、どんなものでも買い与えるだろう。
エレニアには、何かを買ったことなんて一度もないけれど。
そのような格差を、ヒロインのアイリーン本人から知らされるとは思ってもいなかった。
(もしかして、案外腹黒なのかしら?)
なんてね、そんなことあるはずがない。
作中では女神のように慈愛に満ちた心を持つヒロインと書かれていたもの。ちょっと泣き虫ってだけで、性格が悪いなんてことはまずないだろう。
(私は私でドレスを選ばないと。できるだけ目立たないヤツにしようかな)
しかし、このときエレニアはまだアイリーンの本当の姿を知らなかった。
そのせいで、自分が窮地に陥ることになってしまうとは、彼女も想像していなかった。
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