11 サブヒーローが友人になりました
エレニアは父親から責めるような眼差しを向けられ、状況が把握できずにいた。
「なぜお前はそんな棘のある言い方しかできないんだ?たった一人の妹を配慮する気持ちはないのか?」
「い、いいんです……お父様……私がお姉様の気に障るようなことを言ったのがいけないんですから……」
アイリーンは涙を流しながら、エレニアを庇うような発言をした。
傍から見れば、イジメの加害者を被害者が守っているように思えるだろう。しかし、エレニアはアイリーンを泣かせるようなことをした覚えはない。
「誤解です。私はアイリーンを傷付けようとして言ったわけでは……」
「シラを切るのもいい加減にしろ!なぜお前は昔から人の気持ちを考えることができないんだ!」
「……」
いくら言ったところで、父は聞く耳を持たなかった。
真偽を確かめることもせず、ただアイリーンの肩を持ってエレニアを責め立てる。彼からしたら、どっちが正しいかなどどうでもいいのだろう。
ただ、アイリーンを愛していてエレニアは気に入らないから、そのような行動を取っているだけ。
―――あぁ、作中でのエレニアもこんな目に遭っていたのかな。
もし、彼女が今の自分と同じような目に遭っていたとしたら。
異母妹を殺害しようとしたエレニアの気持ちも、理解できなくはなかった。
「何か言うことはないのか?」
「ありません、私は何も悪いことをしていないんですから」
「相変わらず傲慢だな。だから男から好かれないんだ」
間髪入れずに答えたエレニアに、父が眉をひそめた。
(お父様、あなたは自分に従順でやること全てを肯定してくれる女性が好きなんですよね?昔から私にそのような人間になることを求めていましたから)
父はエレニアを扱いやすい駒にしようとしていた。
虐待は自分に逆らわないようにするためのものだろう。学業の出来が悪いなんてのは、ただの建前だ。
「妹を泣かせたんだぞ?悪いと思う気持ちはないのか?」
「私が何をしたというんですか?」
「お前の不用意な発言で、アイリーンを傷付けたんだぞ!」
父はアイリーンを胸に抱きしめながら、バンッ――と机を手で叩いた。
テーブルの上に置かれていた食器類が、ガシャンッと音を立てて揺れた。
「お父様、私は何一つ間違ったことをしていません。非を認めるつもりはありません」
「何だと……」
以前のエレニアなら、父に対して強くは出られなかっただろう。
しかし、記憶を取り戻した今となっては違う。どうせ遅かれ早かれ見捨てられることになるのだ。
―――なら、あなたが先に私を見捨てるより、こっちがあなたを見捨ててやるわ。
「ただ質問に対して返事をしただけですわ。大体、そのような弱い心では貴族社会では生きていけません。徹底的にアイリーンを教育することを勧めますわ」
「な……彼女は最近まで平民だったんだぞ!なんて酷い言い方なんだ!」
「お父様、やめてください……!私はお姉様とも仲良くしたいんです……!」
アイリーンの制止する声を無視し、エレニアは晩餐室を出て行った。
部屋を出て行く彼女の目には、ほんの少しだけ涙が滲んでいた―――
***
アイリーンが公爵家に迎えられてからも、使用人たちは変わらずエレニアに優しかった。
元より、彼らはエレニアを虐待する公爵に反感を抱いていた。
今回、他の女性との間に婚外子を作っていたことがきっかけで、さらに強い嫌悪感を持つようになった。
使用人たちの慰めにより、エレニアはなんとか立ち直ることができた。
そしてその日、エレニアは招待されてある場所へと訪れていた。
「―――私の訓練場へようこそ、エレニア嬢」
「また会えて嬉しいです、ネルソン侯爵令息様!」
彼女が足を運んでいたのは、クラークのいる訓練場だった。
普段は高い壁で仕切られて外から見ることができなくなっているが、彼女のみ特別な招待を受けて中に入ることができたのだ。
「今日は招待してくださってありがとうございます」
「いえいえ、私も一人では寂しいので、エレニア嬢が来てくださって嬉しいです」
クラークはニッコリと微笑んだ。
いつ見ても、眩しい笑顔は変わらない。
「いつもここで剣の稽古をしているのですか?」
「ええ、騎士の友人を呼ぶことはたまにありますが、女性が入るのは初めてですね」
初めてという響き、何だか気分が良い。
(そういえば、クラークは作中でもヒロインに一途で、女性とは疎遠だったわね)
クラークは重くはないが、レイモンドに負けないくらい一途だった。
幼い頃に見た初恋の少女を探し続け、女性との関わりをほとんど持ってこなかった。
そんな彼と接点を持つだなんて、なんだかおこがましい気がしてしまう。
「今日はよろしくお願いしますね、ネルソン侯爵令息」
「クラークでいいですよ、エレニア嬢」
予期せぬ言葉に、エレニアは遠慮がちにクラーク様と呼んだ。
いくら本人から許可されていようと、敬称なしで呼ぶのははばかられた。
しかし、クラークはその呼び名が気に入らなかったようだ。
「様も必要ありません」
「ク、クラーク?」
呼び捨てにすると、彼は満足そうに頷いた。
なぜそんなに嬉しそうなのかはわからないが、推しの望みはできるだけ叶えてあげるべきだろう。
「では、私のこともエレニアと」
「わかりました、エレニア」
二人はお互いを呼び捨てにすることで、距離を縮めた。
今日エレニアが訓練場へ来たのは、実は見学のためではなかった。
近頃は彼女も能力のトレーニングをしている。今日は二人で一緒に鍛錬をするために訓練場を訪れたのだ。
「キルパトリック家の一族に生まれたんですけど、火の力があまり使えないんです」
「そうですか……私も昔は令嬢と同じでした」
クラークはレイモンドのように、最初から才能に恵まれていたわけではない。
レイモンドが天才型だとすれば、彼は努力型だった。騎士の一族に生まれ、プレッシャーに押し潰されそうな幼少期を過ごしたと本に書いてあった。
「私は父や祖父と比べると、才能がなくて……心が何度も折れそうになりました……そんなときに、助けてくれた人がいたんです」
「……」
その瞬間、彼のグレーの瞳が僅かに明るくなった。
クラークの言う助けてくれた人とは、きっとヒロインのことだろう。
ヒロインのアイリーンは、つい最近公爵家へ引き取られたばかりだ。つまり、彼はまだアイリーンと出会っていない。
(早くヒロインと出会いたいわよね……でも、そうしたら原作の流れが変わってしまうかしら?)
心配事はたくさんあるけど、彼も初恋の女性と早く出会いたいだろう。
そう考えたエレニアは、クラークにある提案をした。
「クラーク……今度、よろしければ私の家にいらしてください」
「……招待してくださるのですか?」
「ええ、もちろんです。きっと良いものを見れると思いますわ」
手助けをするつもりはなかったが、彼を運命へ導くくらいはしてもいいのではないか。
たしか原作内でのヒロインとの出会いもキルパトリック公爵邸だったし、特に問題はないだろう。
エレニアは彼に木刀を手渡した。
彼がいつも、稽古で使っているものだ。
「さぁ、クラーク。鍛錬を始めましょう。時間は無限にあるわけではないんですから」
「ええ、そうですね、エレニア。私たちは人一倍努力しないといけない立場ですし」
その言葉に、二人は笑い合った。
遠い存在のはずなのに、なぜか同志のように思える。
エレニア・キルパトリックとクラーク・ネルソンが他人から友人になった日だった。
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