【帰る場所】
オレンジ色の曳船が二隻が太い曳索を張り、
ゆっくりとイッグテールを引いていた。
魔導機関を停止したイッグテールは、
まるで眠る巨獣のように力なく空へ浮かぶ。
「曳かれる側になるとはのう……」
トールスが苦笑する。
タントは甲板の手すりへ肘を掛け、
眼下を眺めた。
中立都市最大の造船地区。
巨大な乾ドック。
建造途中の飛空艦。
魔導クレーン。
空には職人を乗せた作業艇が
忙しく飛び回り、
金槌の音が絶え間なく響いている。
「すげぇ……。」
「全部飛空艦屋だ。」
しかし
曳船は中央の巨大工廠には向かわない。
どんどん端へ。
さらに端へ。
最後に着いたのは……
古びた建屋だった。
外壁は継ぎ接ぎ、煙突は錆だらけ。
窓ガラスも何枚か割れ、
屋根も少し傾いている。
唯一立派なのは、
『マリンドン製作所』
と書かれた木製看板だけだった。
「……ここか」
トールスが笑う。
「帰ってきたの」
ドックへゆっくり降ろされるイッグテール。
固定索が張られた瞬間
建屋から怒号が飛んだ。
「おい!!」
ツナギ姿の大男が
工具を肩へ担ぎながら大股で歩いてくる。
白髪混じり日に焼けた顔。
油で真っ黒な手。
マリンドン製作所所長。
皆から
『オヤジ』と呼ばれる男だった。
船を見るなり、
「なんじゃこりゃあぁぁ!!」
怒鳴り声が工場中へ響く。
「誰じゃ!!
こんなになるまで飛ばした馬鹿は!!」
傭兵全員が目を逸らし誰も何も言えない。
オヤジは船体を見上げる。
穴。
焼け焦げ。
歪んだ骨組み。
無数の応急修理。
しばらく黙った。
そして。
船体へ軽く手を当てる。
「……よう帰って来た。」
船を一度叩く。
「船も!」
皆を見る。
「お前等も!」
工場の空気が少しだけ柔らかくなった。
「さて、野朗供!仕事だ!」
職人達が一斉に取り付く。
船底。
甲板。
機関室。
あちこちから悲鳴が聞こえる。
「骨組み曲がってる!」
「船底穴だらけ!」
「これ飛んでたのか!?」
「奇跡だろ!」
傭兵達は苦笑いするしかなかった。
すると船底へ潜った工員が叫ぶ。
「オヤジー!なんかあります!」
皆で船底へ向かう。
そこには枝や草が集められた巣。
そして……
人の胴ほどもある巨大な卵。
全員沈黙。
誰かが一言。
「食うか?」
「待って下さい!」
聖女が飛び込んで来て
そっと卵へ触れ目を閉じる。
「……温かい。」
耳を当てる。
「命があります。」
静かになる。
タントは卵を見る。
トールスも見る。
トールスは少し考え女に
「育ててみるか?」と聞くと
女は嬉しそうに笑った。
「はい!」
ーーーー
点検を終えたオヤジは
船体から降りると、大きく息を吐いた。
「結論から言う。ほぼ全損じゃ。」
工場内が静まり返る。
「新造した方が早い。」
誰も反論できない。
しばらく沈黙が続く。
やがてトールスが静かに口を開いた。
「……修理を頼む。我が家じゃ。」
オヤジは苦笑する。
「言うと思った。幸い竜骨は折れてなかった
修理は可能だ……完工には半年ってとこだな」
「そんなにか!?」
「だが!
お前にゃ稼いで貰わなきゃいかん
2ヶ月で仕上げてやる。
その代わり!お前等にも手伝ってもらう」
「そりゃ構わん」
「もう一つ!主機だけ用意しろ
この町じゃ船体は作っても
戦闘艦クラスの主機は作っとらん!
最低でもランス級クラスのを!
こっちで用意してもいいが
工期と金額が跳ねるぞ」
「……やってみる。」
「金はどうする?高いぞ。」
「……頑張る。」
もはや脊髄反射で喋るトールス。
オヤジはトールスが無理しているのが分かり
「お前の肩書ならスポンサーくらい付くだろ?」
トールスは首を横に振る。
「やめてくれ。
周りが勝手に持ち上げちょるだけじゃ。
ペットにゃなりとうない」
「相変わらず難儀な奴じゃ。」
オヤジは煙草へ火を付ける。
紫煙を吐き出して
「ツケにはしといてやる。今払えるだけ払え。」
「ああ。
ここが潰れる前には必ず払い終える」
紫煙を吐きながら船体を見る。
「しかし。
この船で、どうやってここまで来た?
浮く事は出来ても航行能力は無かったろ?」
タント達は顔を見合わせた。
トールスが何でもないように答える。
「ダチに引っ張ってもろうた。」
「……は?」
工場中が静まり返る。
工員達全員が気になっていた内容だ。
「誰じゃ?」
「ワイバーン」
……数秒の沈黙。
そして。
「ぶははははは!!」
「ワイバーンだと!?
飛空艦を!?冗談だろ!!」
工員達は腹を抱えて笑い転げる。
「そんな話、酒場でも聞かんぞ!」
タント達は苦笑いするしかなかった。
事情を一通り説明すると、
オヤジは涙を拭きながら言った。
「そういや
お前等が来る前、空襲警報が鳴ってたな!
まさか原因お前らか!」
さらに笑いが起こる。
ようやく笑いが収まった頃。
オヤジが艦首を見て首を傾げた。
「……待て。
通航許可紋章はどうした。」
タント達が顔を見合わせる。
トールスが答える。
「ワイバーンに持たせた。」
オヤジが腕を組む
「……ほぅ?」
「あのまま飛びゃ〜
魔物襲来か、無許可飛行と判断されて
攻撃の可能性がある。
だから首へ括り付けた。」
オヤジは顎ひげを弄りながら
「なるほどな、確認してみる。」
事務所へ向かって怒鳴る。
「おーい!管制へ照会!
通航許可紋章の照合記録じゃ!」
事務員が慌てて通信を始める。
数分後。
事務員が書類を持って戻ってきた。
「確認できました」
皆が集まる。
「該当の通航許可紋章の反応記録を確認。
イッグテールは
正式に出港済みと記録されています。」
タントが首を傾げる。
「え?」
事務員も苦笑する。
「監視所の報告書には……」
紙を読む。
「『該当通航許可反応を持つ
飛空艦一隻の出港を確認』。」
オヤジが笑う。
「飛空艦?」
事務員も肩を竦めた。
「別紙にですけど
『船影は確認できず、飛竜のように見えた』
との証言が添えられています。」
一同沈黙。
「通航許可反応がありましたので、
監視所では【飛空艦】と判断したようです。」
工員達が吹き出す。
「ワイバーンなのに飛空艦扱いか!?」
「管制も混乱しただろコレ!」
「前代未聞じゃ!
ワイバーンを飛空艦として出港とは!」
笑いが工場へ広がる。
女だけは胸へ手を当て、小さく息を吐いた。
「……無事帰ったんですね。」
トールスも静かに頷く。
「ああ。
無事、山へ帰れたようじゃ。」
オヤジは笑いながら船体を見上げる。
「まったく……
お前ら、本当に退屈せん連中じゃ。」
笑い声がようやく収まる。
オヤジはイッグテールを見上げ、
大きく伸びをした。
「よし!
笑っとっても船は直らんぞ!仕事じゃ!」
「おおおっす!」
工員達が一斉に動き出す。
巨大な足場が組まれ、
船体へ次々と梯子が掛けられていく。
「船底班!機関室班!甲板剥がすぞ!」
「骨組み確認!」
怒号が工場中へ響いた。
傭兵達はその光景を呆然と見つめる。
まるで巨大な生き物に蟻が群がるようだった。
オヤジが振り返る。
「お前らも働け!
客だからって飯だけ食わせる気はねぇぞ!」
「もちろん。」
タントが頷く。
「タダ飯は性に合わない。」
「よし。」
オヤジはニヤリと笑う。
「じゃあまず掃除じゃ。」
「……はい?」
「邪魔なんだ荷物全部降ろせ。
くっさい洗濯物とか忘れるなよ!」
「あと壊れた板外せ。
マーク付けた骨組みの錆落とせ。」
「お前らが居ると仕事にならん。」
工場中が笑う。
ーーーー
翌朝。
タントが工場に隣接する建屋で目を覚ます。
工場へ向かうと昨日より人が多い。
「あれ……?」
昨日は十数人だった工人が三十人近くいる。
オヤジは何事も無かったように
金槌を振るっていた。
「気のせいじゃ。」そう言って笑う。
しかし昼になると、
さらに人数が増えていた。
子供達が釘を運び、女達が帆布を縫い、
老婆達がロープを編んでいる。
鍛冶屋が鉄板を担ぎ、
木工職人が新しい梁を削る。
タントは思わず聞く。
「……なんでこんなに。」
オヤジは金槌を止めない。
「昨日、酒場でな。
イッグテールが帰って来たって話した。
そしたら勝手に来よった。」
「え?」
「昔な。」
船体を軽く叩く。
「この船はよう働いた。
荷を運び。人を助け。
災害ん時ゃ救援にも出たな」
「この地区は難民地区だ
世話になっとらん奴ぁおらん。」
周囲の工員が笑う。
全く別の店名が入った前掛けの工員が
「だから今度は俺達の番!」
「そういう事だ」
タントは工場を見回す。
誰一人、金の話をしない。
誰一人、命令されてもいない。
ただ黙々とだが楽しそうに働いている。
その様子を見たトールスが、小さく笑った。
「……幸せ者じゃのこの船は」
イッグテールは静かにドックで眠っていた。
しかしその船体には、
昨日よりずっと多くの人の手が触れていた。
その頃。
工場の隅。
女は毛布を敷き、藁を丸く積み上げていた。
中央には、あの卵。
「ここなら暖かいですね。」
そっと布を掛ける。
近くを通った工員が笑う。
「船より先にそっちが産まれるかもな。」
女も笑った。
「それも楽しみです。」
ーーーー
夕方。
修理の打ち合わせが終わる。
オヤジが机へ図面を広げた。
赤い印がいくつも書き込まれている。
「船体、骨組み、魔気嚢、全部直す。
だが!」
図面中央を指差す。
「前にも言ったが心臓だけは無理じゃ。」
魔導主機その欄だけが空白だった。
「最低でもランス級。
それ以下じゃイッグテールは
性能を発揮出来ん。」
部屋が静かになる。
タントが尋ねた。
「どこにある?」
オヤジは腕を組む。
「中古屋、沈んだ軍艦、払い下げ品、戦場跡
探しゃある。
ただし、今じゃどこも狙っとる。
この町内は小型艇用さえソールドアウトだ
エリクシルならワンチャン有るかもしれん」
トールスは頷いた。
「なら、探しに行こう。」
オヤジも頷く。
「船は俺達が守る。
ここは中立都市じゃ。
造船所へ手ぇ出す奴ぁこの町全部敵に回す。
安心して行って来い。」
タント達は互いに顔を見合わせる。
目的が決まった。
イッグテールを再び空へ帰すため。
その”心臓”を探す旅が始まる。




