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【祈りを忘れた空】


聖都フィーラ陥落――。


いや。

正しくは、聖都フィーラ騎士修道会旗艦

【カテドラル】制圧から三日後。


フィーラの貿易港の入り口付近には

わざわざ戦域から曳航してきた

残骸、廃墟と言える状態のカテドラルが

海底に着底し静かに横たわっている。


白亜の尖塔が並ぶ聖都の空には、

ヴァルクラント王国の軍旗が翻っていた。


街路では進駐軍の兵士たちが検問を行い、

教会前の広場では

王国軍の物資が運び込まれている。


フィーラ市民たちは

戸惑いと不安を隠せないまま、

遠巻きにその様子を見つめていた。


そんな空気など気にも留めず、

王国軍将兵は戦勝気分に酔いしれている。


広場の中央では、

若い貴族監督官が勲章を胸に得意満面だった。


「いやぁ、あの時は覚悟を決めましてな!」


酒瓶を片手に、身振り手振りを交えて語る。


「あの英雄剣士トールス殿と共に敵陣へ突入! 私が突破口を切り開いたのです!」


周囲の貴族たちが感嘆の声を上げた。


タントは呆れたようにため息を吐く。


「あの人、本気で言ってんのか……?」


立ち上がりかけたタントの肩を、

大きな手が掴んだ。


振り返ると、

酒瓶を抱えたトールスがケラケラ笑っている。

「嘘は言っちょらん」


「は?」


トールスは笑いながら

「ワシと二人で突っ込んで、突破口を作った」


……タントは口を尖らせる。

確かに、その通りではある。


方法に大いに問題があっただけで。


トールスはニッと笑う

「アイツ、嬉しそうじゃろ?」


勲章を撫でながら上機嫌に笑う監督官を見て、トールスは酒をあおった。


「それに今のままの方が、

真実を知っとるワシらは

周りの間抜けを酒のアテにできるわい」


一瞬の静寂。


次の瞬間、傭兵たちが吹き出した。

「ぶふっ!」

「確かに!」


「トールスに担がれて、

ケツに矢刺されただけの奴を!」


「他のボンボン貴族連中が

英雄扱いしてるって!」


大爆笑が広がる。


当の監督官は、

自分が笑われているとも知らず、

上機嫌に杯をこちらに掲げていた。


トールスは酒瓶を掲げ返す。

「おお!」と言う取り巻きの貴族達。


「勲章なんぞ、腹の足しにもならんしのう」

トールスは豪快に笑う。


タントもつられて笑った。


傭兵団所有飛空艦【イッグテール】。

それが今のタントの居場所だった。


ーーーー


進駐軍の本格展開が始まると、

傭兵たちの仕事は急激に減った。


市街地警備は正規軍。

要人警護は勇者騎士団。

傭兵たちに回ってくるのは雑用ばかり。


暇を持て余したタントは、

フィーラ市街をぶらついていた。


通りには王国軍兵士が立ち並び、

至る所で婚礼の準備が進められている。


「勇者アルトリウス様と聖女様の婚姻式だとよ」


露店の主人がぼやく。

「お互い見合う身分ではあるが

……なんだかな〜」


「聖都も変わっちまうのか?」


タントは肩をすくめた。

自分には関係のない話だ

そう思っていた。


路地裏から悲鳴が聞こえるまでは。

「待ちなさい!」


タントが振り返る。


修道服姿の若い女性が、

必死の形相で駆けてきた。


その後ろから、

武装した男たちが追ってくる。


進駐軍ではない。

フィーラの兵でもない。


全員が所属を隠すように外套を羽織っていた。


女は転倒した。


追手が剣を抜く。


タントは舌打ちした。

「厄介事の匂いしかしねえ……」


だが、

放ってはおけなかった。


「おい!」

声をかけると同時に

追手の一人を蹴り飛ばし、女の手を掴む。


「走れるか?」


女は混乱した様子で頷いた。

「……ごめんなさい。私、何が何だか……」


「話は後だ!」

二人は路地を駆け抜ける。


だが追手は執拗だった。

数も増えている。


まるでこの女一人を

決して逃がすまいとするように。


タントの背筋に嫌な汗が流れた。


ただの一般人じゃない。

動きの統制、

完全に訓練されている者のそれだ。


そう直感した。


現状の任務内容ではここでは人死には出せない

と言うより戦力比を考えても

逃げの一手しかない。


「もう少し行ったら衛所がある!

そこまで頑張れ!」


「す、すみません!衛所は駄目です!」


タントは口をへの字に曲げて

「……しょうがない」


とイッグテールへ駆け込むと同時に

「昇降口閉鎖!急いでくれ!!」


タントの必死な声に「なんだなんだ?」と

言いつつ応じて昇降口を閉鎖する。


傭兵たちは突然の来客に目を丸くする。


「なんだ!?お、おい!みんな!

タントが女連れ込んだぞ!!」


「おいおい〜

ウチは連れ込み宿じゃねーぞ!」


傭兵達が茶化すがタントの真剣な口調の

「追われてる!」の一言にしーんとなり

「誰に!?」と真剣に聞く。


「知らねえよ!アイツ等だ!」


その時。


甲板の隅で、勲章を胸に付けたまま

寝ていた監督官が飛び起きた。

「な、何事だ!?」


酒臭い。どうやら飲み潰れて、

そのままここで寝ていたらしい。


「あ?なんかタントが女引っ掛けたら

変な奴等に追われたってよ」


監督官が舷窓から恐る恐る外を見る……

イッグテールを囲む一団。


追手の姿を見た瞬間、顔色が変わる。


「なっ……勇者騎士団!?」


魔導拡声器がの声が響く。

「傭兵団イッグテールに告ぐ!

先程乗艦した女性を引き渡せ!

従わない場合、反逆行為と見なす!」


傭兵たちがざわつく。


「なんで勇者騎士団が?」

「タント、お前何拾ってきた!?」


タントは隣の女を見る。

女は怯えた表情で首を振った。


タントもただのおせっかいが

大事になり過ぎて声が震える。

「わ、分からない……」


その様子を見ていたトールスが、

静かに口を開く。

「面白そうじゃのう」


タントは絶句した。

「は?」


トールスはニヤリと笑う。

「どうせ暇しとったんじゃ」


そして機関室に繋がる伝声管へ叫んだ。

「イッグテール!出すぞ!」


傭兵たちが歓声を上げる。


「乗った!」

「逃げ切ってやる!」

「反逆者上等!」


ーーーー

イッグテール機関室


ヨレヨレのランニングシャツ一枚の

髭だらけの機関長は

伝声管の声になんの躊躇も無く。


「窯に火を焚べろ!」と蒸気機関から受け継ぐ

魔導機関始動の号令を掛ける。


俄かに騒がしくなる艦内

魔導機関特有のマナが作用する

ヒュンヒュンという音が大きくなっていく。


機関長が伝声管に怒鳴る様に


「缶圧上昇! いつでも動かせるぞ!」


ーーーー

イッグテール艦橋に移動したトールスが

「イッグテール離床!」と号令をかける。


イッグテールを取り囲む勇者騎士団を置いて

イッグテールが浮上する。


上昇進路上の輸送船が舵を切って

イッグテールを回避し怒りの汽笛を鳴らす。


それを出港ラッパの代わりに

フィーラ港を出港する。


フィラー港の先。

巡回中のランス級突撃艦3隻が進路を塞ぐ。


通信員が鬱陶しそうに

「停船命令めっちゃ来てまーす

止まるんすか?」


トールスは操舵員の肩に手を置き。

「どうじゃ?抜けるか?」


操舵員は無言で「誰にモノ言ってるんだ?」と

ジロリと見て親指を立てる。


トールスニッとしてから通信員に向き直る。

「よっしゃ、返信じゃ!言葉通り送れよ!」


「うぃーす」気の抜けた返事。


トールスの短い一言。

「バカめ」


通信員は吹き出し。

「うはっ!りょーかい!」


通信員はコホンと咳払いをして

「ヴァーーカめ!」


返信を受け取ったのか

ランス級3隻は艦腹を見せ砲撃隊形をとる。


「停船命令プラス砲撃勧告来ました〜

かなり(おこ)です」


トールスはニヤリと

「わかり易いの〜あと任せるど」


イッグテールは速度を上げる

ランス級は大きく狙いを外した威嚇射撃。

速度が乗ってきた!


どんどんと大きくなる砲撃隊形のランス級達

完璧な衝突コースである。


タントはその光景に

「うわあああぁぁ!!」と声を上げる。


道を塞ぐランス級が慌てて回避行動をする。

その内の1隻が操艦をミスって

船隊を僚艦に擦り付けるが

3隻共イッグテールの衝突を回避する。


無事?に封鎖を突破するイッグテール。


「こちら後部見張り!1隻追従して来る!

白銀のランス級……

艦首には黄金の槍の紋章だ」


トールスは顎を弄りながら

白銀の船体という事は勇者騎士団所属か……


監督官が慌てて聞き返す

「艦首に黄金の槍間違いないな!?」


後部見張りが鬱陶しそうに

「あん?あー間違いない」


監督官は顔を青くする。

「……【ゲイボルグ】だ!

……停船を進言する、いや!命令だ!!」


トールスは腕を組み

「現在、我々は

ヴァルクラントの指揮から外れている。

命令を聞く義理はない!」


監督は食い下がる

「あいつは勇者騎士団の中でも

送り狼専門の追撃艦だ!」


ーーーー


ゲイボルグ艦橋


「傭艦、間もなく射程に入ります」

砲術長が報告すると

まだ若さが見える艦長が

「うん、だけど致命傷だけは絶対避けてね」


砲術長は獲物を狙う猛禽類の様な目付きで

「はい、

主機の片方だけを貫通弾種で撃ち抜きます」


艦長はニコリと君を信頼していると笑い。

「わかった。

発射タイミングは砲術長に一任します」


砲術長は踵を鳴らし。

「ヤヴォール(了解)!」


ーーーー

照準器の中のイッグテール

レティクルが中央から少し動かし微調整……


ゲイボルグに通常砲から換装された

長砲身魔導砲の砲身が微かに左右に振って……


火を噴いた!


イッグテール内に轟音と同時に衝撃。

船体が激しく揺れる!


「左舷後部に被弾!」

「第二主機損傷!

復旧は無理だ完全に撃ち抜かれた!」


「火災の程度、中!防火処置開始する!

おらぁ!ホース引っ張れ!!」


操舵員が上げ舵一杯の操作をしているが……

「高度が維持できねえ!」


高度を下げていくイッグテール。


タントは女を抱き寄せる。

彼女は恐怖に震えていた。


ふと。

トールスと目が合う。


フルフェイスヘルムの

奥から、ため息が聞こえた。


「やれやれ……」


その視線の先にいる女を見つめながら、

トールスは小さく呟く。

「気付かんふりも骨が折れるのう」


イッグテールは炎を引きながら、

雲海の彼方へ落ちていった。


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