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【恩寵の剣作戦】


灰色の雲海を裂くように、

無数の飛空艦が進む。


遥か遠方その下方には、

朝日に照らされた聖都フィーラの尖塔群。


その空を覆い尽くすのは、

ヴァルクラント王国の大艦隊だった。


先頭の白銀に金の装飾の戦艦を先頭に

戦列艦、突撃艦、輸送艦。


そして、

その後方を埋め尽くす雑多な傭兵艦隊。


その数は、

聖都側の三倍を優に超える。


旗艦【エクスカリバー】の艦首で、

金色の甲冑をまとった男が演説を始めた。


ヴァルクラント王国最強の騎士にして、

世界的英雄。


勇者【アルトリウス】。


魔導拡声器によって、

その声が艦隊全域へ響き渡る。


「他国の脅威が聖都フィーラに迫っている」


勇者は静かに告げた。


「しかし、聖都の頑迷な僧兵どもは

危機を理解せず、我らの守護の盾を拒んだ」


雲海を渡る風が、彼の白いマントを揺らす。


「ならば、我らは『恩寵の剣』となり、

聖都を縛る不穏分子を切り払って、

直接フィーラをお救いするのだ!」


掲げられた聖剣が朝日に輝く。


「これより――恩寵の剣作戦を開始する!」


歓声が空を震わせた。


僕は

その熱狂から少し離れた場所で肩をすくめる。


現在の職場兼家でもある

傭兵団所有飛空艦【イッグテール】の突入待機室だ。


傭兵にとって大義など関係ない。

重要なのは、契約金と生還率だけだ。


「救う、ねえ……」


誰に聞かせるでもなく呟く。


「おう、

新入り以外と落ち着いてるじゃねーか?」


「ええ、日はまだ浅いですけど

初陣ではないので。

……あと【タントロス】です」


「はは、OKだ【タント】」




ヴァルクラント艦隊の視線の先では、

聖都フィーラの防衛艦隊が陣形を整えていた。


聖都フィーラ騎士修道会

旗艦【カテドラル】


巨大な聖堂を

そのまま空へ浮かべたような白亜の戦艦。


その前方には、

チャーチ級戦列艦がカテドラルを守る様に

横一列に並ぶ。


対するヴァルクラント王国軍。


先頭には

勇者騎士団旗艦エクスカリバー。


左右を固めるクレイモア級戦列艦。


さらに後方には、

ランス級突撃艦と傭兵艦隊が続く。


エクスカリバー艦橋


魔導探知員が報告する。

「まもなく賊軍艦隊砲戦距離に入ります」


アルトリウスはカテドラルを

聖剣で指し示し……


「ファイエル(撃て)」


装飾が施されたエクスカリバーの主砲から

この会戦の初弾の轟音が響く。


続いて各クレイモア級の

無数の魔導砲弾が空を染める。


爆炎。閃光。衝撃波。


クレイモア級の重砲火が

チャーチ級を次々と貫いた。

装甲が裂け、翼帆が燃え落ちる。


フィーラ艦隊も勿論、応射していたが

数も、火力も、練度も違いすぎた。


煙りと炎を上げたチャーチ級が

高度を下げて陣形から脱落していく。


フィーラ艦隊の陣形が崩れ始める。


その瞬間。


待機していたランス級突撃艦が

『我ニ続ケ』の発光信号と共に一斉に加速。

傭兵艦隊もそれに追従する。


クレイモア級の脇を擦り抜け

魔導弾が交錯する戦場を突き進む!


フィーラ艦隊に肉薄すると

各部の砲を撃ちまくりながら

チャーチ級の防壁を抜ける!


「聖槍突撃、開始!」

艦首の巨大な衝角が蒼白い光を放つ。


轟ッ!!


ランス級がカテドラルへ突入する。

マナで蒼白く覆われた衝角が魔導障壁を破り

装甲を砕き、突き刺さる!!

捕鯨銛に似た物が何本も打ち込まれ

船体同士が強引に固定された。


跳橋が架けられ重装騎士たちが

雄叫びを上げて突入する。


ランス級、他の艦艇に続いて

イッグテールも衝角攻撃に成功する。


衝突の酷い振動の後に


「傭兵ども! 続けぇ!」

威勢よく叫ぶのは、

タントたちを率いる

ヴァルクラント正規軍から派遣されている

若い貴族監督官だ。


豪華な甲冑に身を包み、

羽飾り付きの兜を被っている。


見るからに実戦経験は浅そうだった。


タントは

仲間たちと共に移乗用ロープへ向かう。


その途中。


甲板の隅で、フルフェイスヘルムを被った男が

壁にもたれて眠っていた。


大剣を抱えたまま、微動だにしない。


「おい、突入だぞ!」


タントが声をかけるが返事はない。


「起きろって」

揺するが男は寝息を立てるだけだった。


「おい! 何をしている!」

監督官が怒鳴る。


さっき声をかけてきた古参傭兵が

肩をポンと叩きニヤリと

「そいつはいいんだ大事な時にはそこに居る」

と言う。


タントは肩をすくめた。


「稼ぎ損ねても知らねえぞ!」

そう言い残し、カテドラルへ飛び移る。


戦いは一方的だった。


数で勝り、装備で勝り、訓練でも勝る

ヴァルクラント軍。


フィーラの騎士修道会は

勇敢だったが、押し返せない。


負傷した僧兵を引きずる修道女。

非戦闘員の避難を促す牧師。

戦闘中なのに祭壇に祈る者……


そもそも、

戦闘に関する心構えが根本的に違うのだ。


廊下を制圧し。

甲板を奪い。

次々と防衛線を突破していく。


だが――。


指揮所前で、進軍が止まった。


高所に築かれた即席陣地。


盾兵の後方から、

修道兵たちの矢が雨のように降り注ぐ。


何人もの傭兵が倒れた。


「くそっ!」

「近付けねえ!」

「正規軍は何してやがる!」


監督官が焦りながら声を張り上げる。

「突入に成功した者には褒賞を与える!」


だが、誰も動かない。


「えー、無理だろ……」

「勝ちは決まってるんだ。命あっての物種だぜ」

「重装騎士が来るまで待とうぜ」


誰もがそう考えていた。

それはいち傭兵のタントも同じだ

突破の望みが見えているならいざ知らずだが

現状とこの士気では……


監督官が声を荒げる。

「臆病者共が!

誰か勇敢な者は居らんのか!?」


「なら、お前が行けよ!んで、殺されろ!」

そんな野次が跳ぶ。


その時だった。


後方から欠伸混じりの声が響く。

「なんじゃ? まだやってんのか?」


監督官が振り返る。


そこには、

あのフルフェイスヘルムの男が立っていた。


寝癖のついた灰色の髪が、

兜の隙間から覗いている。


指で丸を作って

「んで、なんぼ出す?」


監督官が慌てて答える。

「金貨二枚!」


「五枚!」


「金貨三枚!」

「四枚!」


「三枚と銀貨五枚!」


男は鼻を鳴らした。

「ケチやの。まあええわ」


ふと、監督官の鎧を見つめる。


「ところで、ええ鎧やの」


「ああ!

これはドワーフ製の特注品でな!」

監督官が胸を張る。


次の瞬間。


「そいつはええわい!」と

男は監督官をひょいと肩へ担ぎ上げた。


「え?」


そのまま陣地に駆け出す!?


「ちょっ――待っ――」


矢が飛ぶ。

それも無数の矢が。


だが男は止まらない。

【監督官を盾にしながら】突撃する。


矢が鎧へ突き刺さる。

「ぎゃああああああ!!」監督官の悲痛な叫び。


しかし

ドワーフ製の重装甲は貫けない。


男は笑った。

「ほんまええ鎧じゃのー!」


悲鳴を上げる監督官ごと敵陣へ突っ込む。


そして。


「うおおおぉぉーーー!!らぁ!」

監督官を陣地にぶん投げた。


「うわああああああ!」


監督官が敵陣中央へ着弾し

想定外の事態に陣形が乱れる。


そこに男も飛び込んだ。


飛び込み斬りで1人を頭から叩き斬る。


着地し振り下ろした大剣。


低い姿勢のまま握る腕に力を伝える……


一振り。


二振り。


三振り。


盾ごと人を吹き飛ばし、

陣地の一角を破壊する。


男は振り返りもせず言った。


「おう、行けるど」


あっと言う間の出来事に

呆然としてたタントは誰かの

「突っ込めぇ!」に言葉に我に返る。


傭兵たちと共に雪崩れ込む。

崩れた防衛線は、もう立て直せない。


数分後。


カテドラルは陥落した。


ーーーー

夕刻。


戦いを終えた傭兵たちは、

甲板で報酬を受け取っていた。


歓声を上げる者。


酒を飲む者。(分捕った御神酒)


倒れた仲間を黙って見つめる者。


その時。


巨大な影が差した。


横付けされた船体を見て、周囲がざわつく。

旗艦エクスカリバー


監督官を含む貴族たちが一斉に姿勢を正した。


跳橋を渡り、勇者アルトリウスが現れる。


金色の鎧。

腰には聖剣。


まるで舞台役者のような登場だった。


勇者アルトリウスは、

まっすぐ例の男へ歩み寄る。


そして。


抜刀!同時に閃光のような斬撃!!

雷鳴の様な音が響く!


だが……


男は大剣で軽々と受け止めていた。


勇者が笑いながら納刀する。

「まだ傭兵なんかしてるのか?」


男も鼻で笑った。

「勝った後にのんびり登場か?

ええ身分じゃの?」


アルトリウスは肩をすくめる。


「お前なら、

私のエクスカリバー突入隊長にしてやるぞ?」


「わしゃ、人を指揮るのは好かん

それに、

おどれの手下なんか、ごめんじゃ」

と男は痰を吐いた。


そして、大剣を肩に担ぐ。

「腕落ちたん?

剣撃、軽かったど?」


勇者の笑みが、一瞬だけ消えた。


だがすぐに表情を戻す。

「……まあいい、貴公は引き続き、

カテドラルをフィーラ港沖まで曳航し、

落水させるように」


わずかに皮肉を込めて言った。

「頼みましたよ、傭兵」


男は返事もしない。


タントは呆然と二人を見ていた。


隣の古参傭兵が苦笑する。

「おいおい……知らねえのか?」


「え?」


「あいつ、勇者と並ぶ五英雄の一人だぞ」


タントは目を見開いた。


古参傭兵が親指を立てる。

「あのフルフェイスヘルム――

【英雄剣士】トールスだ」


「……え?」


主人公の視線の先。


トールスは報酬袋の中を数えながら、

不機嫌そうにぼやいていた。


「銀貨が足らん気がするのう……」


伝説の英雄には、とても見えなかった。


だが。


その背中だけは、誰よりも大きく見えた。


灰色の空の下で。

聖都フィーラに、祈りの時代の終わりを告げる

鐘が鳴り響いていた。

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