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灰空戦記【勇者の旗の下】  作者: アオン
旅立ちの時
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13/21

【誰も間違っていない】

フィーラ国境

ヴァルクラント駐屯砦前


灰色の空の下、

長い巡礼者の列が静かに続いていた。


老人。

子供。

傷痍兵。

喪服を着た女。


誰もが荷物は少なく、

胸にはフィーラ正教の巡礼札を下げている。


砦の上ではヴァルクラント国境警備隊が

その列を見下ろしていた。


黒衣の巫女が前へ出ると

砦の衛兵は警戒した様子で

「目的は?」と短く聞く。


黒衣の巫女は巡礼札を見せて

静かに

「聖都フィーラへの巡礼です。

祈り……そして帰還です」


衛兵は申し訳なさそうだが毅然と

「現在、国境は閉鎖中だ」


黒衣の巫女は静かに頷く。

「承知しております。

ですが、巡礼だけは古くから

戦時にも認められてきました。

信徒を聖地へ導くのは我らの務めです。」


衛兵も声を荒げない。

「分かっている……

だから我々も困っている。


情勢が変わった。

今は誰一人、無許可では通せない。」


沈黙が流れる。


後ろの巡礼者たちがざわつき始めた。


「いつまで待てばいいんだ!」

「我々の巡礼はもう半年だぞ!!」


やがて一人の女性が涙声で叫ぶ。


「亡くなった旦那にまた会いに行くのが……

そんなにいけないことなの!?」


列が静まり返る。


黒衣の巫女は振り返り、

その女性へ優しく頭を下げた。


「必ず、会わせてあげます。

【大事な人の笑顔をもう1度】」


その言葉に、一人の男だけが眉を動かした。

ヴァルクラント警備隊に同行していた

フィーラ正教派遣異端審問官である。


彼は黒衣の巫女を見つめる。

「……今、何と言った?」


黒衣の巫女は答えない。


審問官は一歩前へ出ると

黒衣の巫女を舐める様に見つめる……


「その黒衣。その数珠。

その祈り……

貴様……【縛魂派】(ばくこんは)か?」


巡礼者たちが息を呑む。


騒ぎを聞き付けた衛兵隊長が

「知っているのですか?」と審問官に聞くと


審問官は高圧的に低く告げる。

「フィーラ正教は死者を弔う。

だが、縛魂派は死者を現世へ縛り

民に偽りの安息を与えると

吹聴する輩です!


魂を現世に縛ることは冒涜。

魂は神のもとへ還ることで救われる。」


黒衣の巫女は静かに返した。

「私たちは縛りません。

残された者が

共に生きる時間を与えるだけです

それが救いになる者もおります。」


「偽りだ!」


審問官の声が鋭く響く。

「その思想は百年も前に邪教と断じられた。

数多の魂を迷わせた禁忌。

縛魂派の貴様が何故ここにいる!?」


黒衣の巫女に率いられた巡礼者たちが

互いの顔を見る。


誰も事情を知らない。


彼らにとって黒衣の巫女は、

ただ祈りを捧げる案内人だった。


衛兵隊長は険しい表情になる。

「確証はあるのか?」


「ある!」

審問官は黒衣を指差した。


「拘束しろ。

邪教徒征伐を執行する!」


ヴァルクラント王国は

そもそもは

聖都フィーラを守護する騎士団から

生まれた国であり

フィーラ正教は守るべき絶対的物である。


聖都は実質的に

ヴァルクラントの占領下にあるが、

フィーラ正教は依然として

ヴァルクラント国内で

最上位の権威に位置している。


そのため、異端審問に関しては

その命令権が

軍令よりも上位に位置している。


その為ヴァルクラント兵たちが

一斉に黒衣の巫女の前へ立つ。


「待ってくれ!

この人は何もしてない!

俺の娘に会わせてくれるんだ!」


「この人が悪人な訳がない!」


武器を持たない巡礼者達の言葉に

兵士たちも戸惑う。


旅の為の護衛隊も居るには居たが

大半は目の前にいるのは武装した軍ではない。

老人と子供を含む巡礼者の列だった。


……だが、命令は命令だ。


緊張だけが国境を満たしていく。


ーーーー

その頃。


対岸の丘。

ヴァルクラント包囲網

北方諸国軍の監視所では、


望遠鏡を覗いていた

監視所の副官が眉をひそめた。


「巡礼団が止められています。」


指揮官はつまらなさそうに答える。

「この情勢では仕方がない

国境封鎖だろう?」


副官は頷く。

「問題無いですね。

無事に通してくれればそれでいい。

追い返すにしても

施しぐらいはするでしょう」


フィーラ正教を国教とする彼らにとって

巡礼者の保護は軍の当然の任務だった。


ヴァルクラントも同様で

聖地へ向かう信徒へ手を上げる軍など

この地に存在しない。


それが戦後も守られてきた

暗黙の秩序だった。


次の瞬間。

国境で兵士たちが一斉に動く。


槍が向けられる。

巡礼者が悲鳴を上げる。

魔法発動音が響いた。


監視所の空気が凍る。


指揮官は立ち上がった。

「……何をしている。」


望遠鏡の向こうでは、

巡礼者が次々と倒れていく。


監視所で副官は拳を握り締めた。


「ヴァルクラントが……」

その声は怒りとも悲しみともつかなかった。


「守るべき巡礼者へ……

ヴァルクラントは武力を行使した……」


副官が震える声で続ける……


「……御命令を」


指揮官に迷いはなかった。


「全軍前進。【巡礼者を保護する】」


その命令は。

ヴァルクラントから見れば【国境侵犯】


北方諸国から見れば

【巡礼者達への人道的救援】


互いに、

自らこそ正義であると信じたまま。


ーーーー

北方諸国軍の移動を確認した

ヴァルクラント国境砦の監視員は

警鐘を鳴らす。


国境砦駐屯兵が戦闘準備を始める。


北方諸国軍が展開すると

一触即発の睨み合いが発生して

黒衣の巫女の集団への攻撃が停止する。


北方諸国軍は傷ついた巡礼者集団に

「こっちに来い」と呼び掛ける。


しかし。


黒衣の巫女が両手を掲げる。

静かな祈りが風に乗る。

淡い光が倒れた巡礼者たちを包んだ。


一人また一人と

倒れた者たちが立ち上がる。


逃げるためではない。

互いに支え合いながら、

亡くなった大事な人と共に生きるために。


黒衣の巫女は

「さあ、皆さん。

恐れる事は有りません。

進みましょう!帰りましょう!

大事な人が待つ聖地へ!」


北方諸国軍の声を無視して

聖都方面に歩みを進める集団。


ヴァルクラント国境警備隊は集団への

攻撃を準備する。


北方諸国軍は

巡礼者集団の盾になり進路を止める為、

騎兵隊を前に出す。


ーーーー

ヴァルクラント国境警備隊


「敵、騎兵隊が前進を開始!」

「撃つな!巡礼者の進路を防ぐ為だ!」

「騎兵突撃じゃないのか!?」


騎兵隊の重なる蹄の音が大きくなる。


その時、

ヴァルクラント国境警備隊の誰かが

北方諸国軍の騎兵突撃と認識。


いや、

恐怖に駆られての行動かもしれない……


【1発の砲弾が発射された】


その砲弾は破片が

騎兵1名を落馬させただけ……


【それだけ】だったが……


北方諸国軍が騎兵突撃して来た。


巡礼者を守ろうとして

ヴァルクラントに撃たれた。


お互い戦端を開くには十分な理由だった。


1発目の着弾……

それに続く様に次々と砲声が響く!


騎兵隊の隊形が崩れる。


後方に待機していた北方諸国軍が

騎兵隊救助に前進を開始する。


それに対して砦前に展開していた

ヴァルクラント国境警備隊も

前進を開始する。


やがて……

両軍がぶつかる!


戦闘の中、

流れ弾や巻き添えをくらい倒れる巡礼者。


その度に淡い光に包まれ

起き上がり彼等は歩み続ける。



その日。


巡礼者は、聖地へ帰ろうとしていた。

国境兵は、国境を守ろうとしていた。

北方諸国軍は、巡礼者を守ろうとしていた。

異端審問官は、教義を守ろうとしていた。


誰一人。


世界を戦火で包もうなどとは、

思ってはいなかった。


……誰も間違っていなかった。




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