第七話
「あなた達は、この辺りの民ですか?」
暴発させないように、できるだけ丁寧に。
でも、威厳は忘れずに。
いろんな場面でお父様の姿を見てきて、本当に良かったと思う。
もちろん、ピリついた民に取り囲まれ、襲われそうな場面なんてなかったけれど、それに近い場面はあったのを覚えている。
陳情にやってきた民は、苦しいことがあって、どうにかしてくれと訴えるくらいだからどこかピリピリしてきるものだ。
これに対して居丈高に振る舞っては民が腹を立てたり萎縮したりして話しにならない。
民と話をする時は結果がどうなろうと、話を聞いてくれた、理解してくれたと思ってもらうことが大切だと考えている。
「私たちはラヴェル公爵家の者です。話を聞かせてもらえませんか?」
そう伝えると、平民ぽい野盗らしき集団がざわつき始める。怪訝そうに眉を寄せたり、首をひねったりしていて。どちらかと言うと、後者の方が多かった。
彼らはお互いに顔を見合わせ相談する。
「血路を開きますか? 今なら容易かと」
こそりとオリヴィエが囁く。
見ていると、彼らはおそらく、ラヴェル公爵が誰なのかとか、どうすればいいのかとかを話し合っているのだろう。
だけど、皆の意見をまとめ、決める人物がいない。そんな感じ。
そんなバラバラの集団から逃げ出すのは、意外に簡単だけど。
「私は、話し合いがしたいの」
首を横に振る。自分たちが生き残るためとは言え、民を傷つける方法はできるだけ選びたくない。
だって為政者とは、民を守るものだから。
……その方法自体を手放すつもりはないけどね。
「かしこまりました」
オリヴィエが軽く頭を下げて後ろに下がる。さて、改めて交渉だ。
「隙を見せても動かねぇのは、ひとまず合格点だな」
頑張ろう。そう思った時、楽しそうな声とともに、囲みの一部が割れた。
斜め後ろにいたオリヴィエが再び、私の前に立つ。
雰囲気が一変した。
割れた場所から現れたのは、若い男女。
「あなた達は……」
彼らからは、他の村人のように干し草や土の匂いを感じない。
うまく覆い隠しているけれど、かすかに香るものがある。
それが何か、私はたぶん分かるけれど、彼らはそれを隠したいのだろうか。ひとまず余計なことは言わないようにする。余計な事を言って怒らせないようにしないとね。数はあちらが多いのだから。
男性は、私を値踏みするように見ていた。私より、少し年上だろうか。ダークブラウンの髪は肩よりも少し長く、毛先が少し跳ねている。
顔の作りもそう。跳ねっ返り。そんな、悪巧みをしているような印象。ときおり、ヘーゼル色の瞳が鋭く輝いていた。
体つきはオリヴィエより小さく、どちらかと言うとひょろりとしている。だけど、革鎧を着込んだ体に、無駄な肉はなさそうだ。袖から伸びる腕で分かる。硬そうな腕だ。獲物は腰に吊るした長剣か。
女性の方は、私と同じくらいの年に見えた。男性と同じダークブラウンの髪は、ひとつ結びにされ、腰のあたりまでまっすぐ伸びている。
ほわんとした顔つきもそう。男性と並んでいるからだろうか。優しく、信頼できそうな雰囲気だった。
彼女は上半身にだけ皮鎧を着ており、腰には細身の剣を吊るしている。もし格好だけであるなら私みたいに装飾ごてごての長剣だろうけれど、あれは、実用もされるものだろう。
……やっぱり、さっさと実力行使するべきだったかしら。
猛烈に後悔した。
状況ががらりと変わった。このふたりの登場で、この先の予測ができなくなった。
安全どころか、傷を負ってでも帰ることができるかどうか、それすらも分からない。
それほど、このふたりは使い手だと雰囲気で分かるし、彼らが率いるならこの村人らしき人たちも、勇猛な集団に変わるだろう。
もし行くなら、この男性だ。一番面倒そうな彼を足止めしている間に、血路を開く。
でも、誰が彼を止める?
オリヴィエでさえ、彼に勝てるか分からない。他の騎士が複数人でかかっても、あしらわれそうだ。
そして、彼の足を止めたとしても、女性が残っている。
つまり、詰んだ。今度こそ。
ごくりと生唾を飲み込む。何もできない。
彼は、この場に登場しただけで、主導権を握ってしまったのだ。
「――どこ見てんだマヌケ」
なんと男性は、大きなため息をついたと思ったら、隣の若い村人を小突いたのだった。
「えっ?」
◇ ◇ ◇
「ほら、飲め」
テーブルに木製のコップが置かれた。
湯気の立つ中身は、白く、最初に獣臭さが強く香った。その次に甘く、濃厚な香りが遅れてやってくる。
私は、オリヴィエの制止を聞かなかったことにして、口をつける。
「あら。おいしい」
思った以上にコクがあり、甘かった。
温めた乳であることは分かった。でもこれは、私たちがふだん飲んでいる牛ではない。
「……もしかして、ヤギ?」
「ご明察」
彼の持つコップにはホットワインが注がれている。私もそっちの方が良かったけれど、贅沢は言うまい。聞きたいことがある相手に、必要性のない要望をするのは危険だ。ヤギのミルクだって充分おいしい。
男性は、ティエリと名乗った。この小さな村で、村長の補佐をしているらしい。
少し前に流れてきた彼は深い知識と高い見識で村人の感銘を受け、請われてこの地位に就いたとか。
「深い知識と高い見識……」
自分で言う?
それとも、場を和ませようとしているのだろうか。
「自称ですよ。騙されないで下さいね」
女性が奥からやってきて、ティエリと私の前にお皿を置いた。おいしそうな野菜スープだ。いい匂い。
「自称?」
私は、彼女を見上げて尋ねる。
言われた直後は呆れたけれど、あながち自称とは思えない。
ティエリは不敵な表情をしており、それは自信の表れではないかと思う。自らが積み上げてきたものを信じているからこそ、そういう腹の立つ態度ができるのだ。
もしこれがこけおどしなら、私は人を見る目がない。だけど彼は森で出会った時、私たちをセリーヌ・ド・ラヴェル一行と見抜いていた。
ただの一般市民では、分からないはずだ。彼は知識があるし、見識もある。
「ふふ。騙されていますね」
柔らかな笑顔を浮かべて彼女は、デルフィーヌと名乗る女性は私の前にひざまずいて、私の手を取った。
「いいですか。あそこにいるのは詐欺師です。甘言に乗せられてはなりません」
「え……そうなの」
「違ぇよ!」
「ぷっ」
久々に笑った。オリヴィエたちにいまだ緊張と警戒を強いているのにこんな、自分だけ楽しい思いをしてもいいのだろうか。
そんな、公爵としての倫理観を越えてしまうところが、まだまだ未熟なのだろう。
でも楽しかったのよ。久々に、心から笑ってしまった。
リラックスできたところで話が戻る。
村人たちに武装させ、森に入っていたのはまさに落ち延びてくるルネサール国の兵を保護するためだったらしい。
「でも」
ティエリは首を振った。
「こっちは退却方向と逆だ。落ち延びてくる人数も限られる。そうそう見つからんよ」
彼はセルバニアに見つけられるリスクを語っているのだ。
違う。そうじゃない。だけど。
「……まずは、ありがとう。心からの感謝を」
私は、素直に頭を下げた。彼らがいたから私たちはほっとひと息どころか、ゆっくりと休むことができた。
本当なら、ラヴェル公爵領に戻るまで絶対に望み得ないことだ。こんな贅沢なことはない。
だけど、その上でやはり良くないとも伝える。この辺りはすでに、セルバニアの勢力圏内なのだから。
もし、村人がルネサール兵を助けていると知られたら、厳しく罰せられるだろう。
責任ある立場として、村人を危険にさらすのは避けるべきだ。
「町を占領したからと帰属意識まですぐに変わるわけじゃねぇ。よくあることさ」
だから、見つかっても罰せられることはない。彼はそう言うけれど。そうじゃないのよね。
「助けたこと、それ自体が理由になりえるのよ」
「なるほど。見せしめか」
頷く。助けること、それ自体は確かによくあることではあるが、それで見逃すのか、それとも以降に向けて、助ければこうなると示す材料にするかは為政者や状況によって変わる。
だから危ない橋はそもそも、渡るべきではないのだ。
「助けてもらって失礼な話だけど」
「いや、言いたいことは分かるぜ」
ぐいとワインを飲み干し、テーブルの端にあったワイン入りの陶器で注ぎ足す。
いいなぁ。せめて、オリヴィエたちに飲ませてあげたい。言ってみようかな。でも、対価がないな……。
すると、にやりとしてティエリはコップを私に向け、中身が見えるように少し傾けて揺らす。つい、視線で追ってしまった。
「外のやつらには配ったぜ。今は飲めんと言っていたがな。全く、よく訓練されていやがる」
さっきデルフィーヌが出て行ったのはそのためか。室内にはオリヴィエしかいない。後はみな、外で待機している。
それにしても私、そんなに分かりやすい顔をしていただろうか?




