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第五話

 角笛の音が高く響いた。あの老騎士の部隊だ。

 ゆっくりと動き出した騎馬隊は徐々に速度を上げ、一定の速さを保ちつつ、丘の麓近くまで進む。

 歴戦の部隊だったのだろう。たいして列を乱すことなく、彼らはそのまま流れるように突撃へと移行した。


 突撃を受ける側は本当に恐ろしいだろうと思う。

 蹄が大地を叩く音、騎士たちの喊声と土煙。柵があるとはいえ、ものすごい勢いで突っ込んでくるのだ。

 迫り来る騎馬の隊列にクロスボウを放てるだけでも立派だと思う。尊敬する。


 そういう意味では、セルバニア兵はよく訓練されているのだろう。

 本当に、見ていられなかった。


 馬は、予想通り丘を登り始めてすぐに勢いを失い、クロスボウの良い的になった。矢を受け、痛みに立ち上がった馬や倒れた馬が後続の障害となり、あちこちでぶつかり、騎士たちが落馬する。

 落馬した騎士が痛みでのたうち回り、避けられずに乗り上げた馬がバランスを崩して倒れる。落馬した騎士がまた痛みで暴れて……とごちゃごちゃになる。

 移動できなくなった彼らに矢の雨を防ぐ手だてはない。

「あ……ああ……」

 さほど時間を要せず、まともに立っていられる兵士はひとりもいなくなってしまった。

 

 実際に目の当たりにすると、衝撃が大きい。声がでなくなり、身じろぎひとつできない。

 彼らは、ついさっきまで生きていたのに。

 白銀に光る鎧を身にまとう姿は、とても頼もしかったのに。

 今では、何も残っていない。

 遠くに見えるそこには、歴戦の勇者と呼ばれた称号だけが、悲しく、はためいていた。

 

 やはり、こうなってしまったと視線が下がる。

 私は、彼らを見殺しにした。止めようともしなかった。

 本当に、これでよかったのだろうか。

 本当に。

 

「あれは……」

 隣に立つオリヴィエの声に気付いて視線を戻すと、なぜかセルバニア兵の一部が柵の外へ出てきて、倒れ伏した我が軍の騎士たちを取り囲んでいた。

 何をしているのだろう。目を細めてもよく見えない。まさか弔おうなんて殊勝なことはないわよね?

 

「ねぇ、オリ……」

 尋ねようとした瞬間、角笛が鳴らされた。先ほどよりも強く、高らかに。

 セルバニア兵は蜘蛛の子を散らすように柵に逃げ戻り、迎撃態勢を整えるとそこへ第二陣が突撃し、さきほどと同じ光景が繰り返された。

 そして、突撃が終わるとセルバニア兵は再び柵から飛び出し、物言わぬ騎士たちを取り囲む。

 折り重なり、積み重なる勇士に群がる姿はまるで、食べ物に集まるアリのようにも見えた。

 

 いや。

 実際に、アリだった。

 だから角笛があれほど強く響いたのだ。

「あれは、盗人ですな」

 柵へと戻る兵士がそれぞれ、光るものを持っていた。彼ら自身の鎧や剣ではない。それは、倒れた騎士から剥ぎ取ったものだった。

 我が軍はそれを阻止しようとして、次の部隊を前進させたのだ。


「ですがあれは、おそらく擬態でしょう」

「えっ?」

「我らを、柵の前に引き出すための」

「あっ……」


 戦で傷つき倒れた者から所持品を漁り、奪うのはよくある話だ。

 だけど、それをやられるのが味方であれば話は別。まして、まだ戦が終わっていない時にやるなんて。

 角笛を吹いた兵士は、強い気持ちを込めたのだろう。


「気持ちは理解できますが、挑発に乗るべきではありません」

 再び、角笛か鳴り響く。待って。さすがにこれはまずい。

「どうにか止められないかしら」

 すがるように見ても、オリヴィエは首を振るだけだった。そもそも、殿下が私の言葉を容れるはずもない。


 祈るような気持ちで丘を見上げる。

 しかし、同じことの繰り返しだった。勢いよく駆け上がった馬はすぐに速度を落とし、クロスボウの的になり、倒れていった。


 どうすればいいのか。

 次々と倒れゆく彼らをただ、見ていることしかできない。

 それが、私のやるべきことではないと知りつつも、それしかできなかった。

 

「神に祈る村娘のようですな」

「オリヴィエ……」

 こういうところよね。ひどい言い方。

 私が、常に次期公爵として訓練されているのは理解している。

 でも、ベテラン騎士とは違って、私は十九の娘なのだ。

 これほどの惨状を目にしたのは生まれて初めてだし、そんな小娘に公爵としての適切な行為をすぐさま求めるのは酷だと思わないのかしら。


「哀悼の意を捧げていただけよ」

「それは、いつでもできます」

 減点されちゃった。

 やるのが悪いのではない。今することではない、と。優先順位を間違えてはならないと彼は言っている。厳しい。

 ……帰ったらブランシュに言いつけてやる。

 

 四度目の角笛が響いた。私は丘に背を向け、採点官へ自分の解答を伝えた。

「改めて周囲の状況の確認と警戒態勢を。斥候の数と方向を増やして」

「どこに重点を置きますかな?」

「本陣の背後……かな」

「街道付近がよろしいかと。撤退を意識した行動を取るべき時です」


 もう、無理なのだろうか。ここから負けない方法はあるように思えるのに、逃げる算段を考えるなんて。

「突撃を四度も繰り返せば、士気はがた落ちし、軍は崩壊します」

 ひとたび崩壊すればそれは連鎖する。前線から打ち寄せる波のように。私たちが離れた場所にいるからと安心はできない。

 

「だけど」

 作戦を改めれば、まだうまく負けられるはずだった。

「無理ですな」

 殿下の周囲には作戦を改めさせる人がいない。

 さっきも思ったこと。突撃すら止められないのに、どうやって作戦を変えられるだろう。

 指揮をしているのは殿下であり、私は一部隊の指揮官見習いだ。


「ですから、あらゆる可能性を想定し、その対策をとるのです」

 作戦を変更してくれるならそれに越したことはない。それが無理なら、少しでも領地に連れ帰ることができるように。

 そして、五度目の角笛が鳴った。

 

「……本陣に伝令を出すのはだめ?」

 懸念を伝えた、という実績を得るのは大切だろう。

 この場合は、受け入れられなくていい。殿下の周囲を対象にして、私たちには戦場が見えているのだと示すことが目的だ。

 見識があると思われれば、頼られることもあるだろう。中央において、支持や助け舟を得られることもあるだろう。

 それに、便利使いされることも、一概に悪いことではない。それが、使われて“やる”のであれば。

「将来を見据えての行動。お見事です」

 顔を見るまでもない。加点ね。

 

「では、お父様に」

「さきほど、伝令が出ていきました。方角的に本陣です」

「さすが……」

 と、なると斥候もすでに出た後だろう。

 さて、そうなると今の私にできることは。


「逃げるルートを思い出すことですかな」

 五度目の角笛が聞こえてからすぐだった。

 オリヴィエが体の向きを変える。厳しい表情で見据える先には、もくもくと砂煙が立っていた。

 本陣の真後ろ。一列に並んだ白銀の騎馬隊が太陽の光を反射して、妖しく光っていた。

 あっ、だめだ。

 理由は分からないけれど、そう直感した。


 ややあって騎馬隊の突撃が始まり、雄たけびや蹄の音が兵士たちの心臓をわしづかみにする。

 呆然と立ちすくみ、ただ見ているだけの相手を刈り取るだけの作業は、死神にとってさぞ簡単な仕事だったろう。

 かく言う私もそのひとりで、こちらに向かってくる騎馬隊の圧力に足が震えてしまった。

 少し離れた場所にいる私でこれなのだから、正面であれを受け止める人たちはどれほどか。

 

 セルバニア兵は坂道と柵で守られていたけれど、ヴォークル公を警戒して配置された部隊は平原だ。自らが大盾を設置し、受け止めなければならない。少しでも設置が甘かったり斜めになっていれば――。

 

 人が、ふっ飛んだ。文字通り。

 盾が、鎧の破片が砕け散り、口にはできないものが飛び散った。

 そして、人の心も粉々になった。

 

 突撃受け、かろうじて生き延びた兵士たちが悲鳴を上げ、逃走を始める。

 後方には本陣があり、隣接して私たちもいるから、自然と彼らは左右に散らばって逃げることになる。

 すると、海が割れるかのように、ヴォークル公の前に本陣への道が開いた。次は、本陣だ。

 当たり前だけど、末端の兵士の多くは昨日まで畑を耕していたような人たちだ。しかも今は食べるものにも不自由して、充分な元気もない。

 元気がない上、頼りになるはずの騎士団は無謀な突撃を続けており、後ろを守っていたはずの部隊はどこかへと逃げ去った。

 彼らがとる行動は?


「撤退致します」

 耳元でオリヴィエが囁き、気がつくと私の馬を引いていた。

 いつの間にか私の周囲には数人の騎士が同じように馬を引いており、緊張した面持ちでこちらを見つめていた。

 

「お父様と……」

 さっきまでお父様が部下と話をしていた場所を振り返って見ると、お父様どころか、側近もいない。これって。

「私がおりますので、旦那様は安心して先に落ち延びられました」

「あ……」

 私の考えを遮るように言ってオリヴィエが私を馬に乗せる。

「先導します。私の背だけを見て、着いてきて下さい」

 頷く。本陣はもうめちゃくちゃだ。

 別の方向ではセルバニア兵が柵を乗り越え、丘を駆け下り始めていた。

 

 ひどい、敗北った。

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