第二話
「これは……」
頭を抱えてしまった。
もちろん、このこと自体は隠すことなどできないし、予想できたことだ。
どのみち起きるなら、まだまだ先の話であってほしかったという意味でのため息だ。
「モンタルベール侯爵が戦死……」
我がルネサール王国の北に隣接するクルフトヘイム王国が侵攻してきたという。
精強な騎兵を擁することで有名なかの国の移動速度に動揺したのか、北方の大貴族であるモンタルベール侯は十分な準備も整えないままに出陣し、野戦を挑んで壊滅したらしい。
今は傘下のクレルヴァル卿が旗印となり、残兵をまとめてなんとか持ちこたえているところだとか。
その、クレルヴァル卿とやらが手紙で戦況を教えてくれたのだ。わざわざ、北から南へ早馬を飛ばして。
「律儀なことだ。馬に乗れる者は一騎でも惜しいだろうに」
お父様が目を細めると、手紙を運んできた使者は表情ひとつ変えず、首を横に振った。
「僣越ながら、各地が同じ轍を踏まぬよう、願うばかりでございますれば」
「東西にもか?」
使者が頷くと、お父様は感心したように息を漏らした。
我がルネサール王国の四方には、外敵から国を守るべく、各地方のまとめ役として大貴族が配されている。
私たちラヴェル公爵家は南の防壁であり、北はモンタルベール侯爵、であった。
東にも西にも地方の旗頭となる大貴族が存在している。そんな私たちなら物資もあり余っていると見たのだろうか。情報の代償に、いくらか引き出そうと考えクレルヴァル卿は使者を出したのかもしれない。
でも、余裕なんてない。
お父様はどう断るのだろう。
「まずは湯浴みをするが良い。その後、昼食をともにしようぞ」
なるほど。使者がお風呂に入っている間に、お父様から私に何か指示が出されるのだろうか。非常時の交渉が見学できるなんて、またとない機会だ。
そう意気込んでいたら使者はなんとそれを断りこう言った。
「お言葉、一生の宝と致します。ですが、国中の物資が少ない状況です。私などのために浪費なさらぬよう」
自分のために使うのであれば、それは民に使ってほしいと彼は歓待を固辞し、再び戦場へと戻っていった。
「……まだまだ捨てたものではないな」
「ですね。見習わなければ……」
「問答集があるのやもしれぬが、それにしてもよく統率されたものよ」
何とも爽やかな気分だった。
こんないい気分にされたら、確かに良馬の一頭もあげたくなるというものよね。
◇ ◇ ◇
状況は日を追うごとに悪くなってゆく。
お金はあっても麦はない。
パンの分だけ他の野菜や果物を多く食べるようになり、野菜や果物の消費が急激に増える。
需要が増えると、値段が高騰する。
ついに殆どの食べ物は、平民はもとより、小さな貴族ですら買えないほどの値段になった。今なお右肩上がりだ。
「近いうちに私たちもキャベツやカブを食べられなくなるわね」
報告書を家令のガスパールに渡しながら苦笑いする。
「実際、有力な貴族の一部は、そのようになっておるようです」
「無策ではね……」
私たちは他より早しだけ早く麦の売却をやめ、倹約に勧めていたけれど、麦を多量に売り払った他領は目も当てられないと聞く。
そして、ついに私たちも厳しくなってきた。飢えは、足元にやってきたのだ。
「三カ月前と比べ、市場に並ぶ品物は半分以下になっております」
白髪の家令が軽くため息を漏らす。
でも、どうしょうもない。現物がないのだ。今からタマネギを増やせと言っても収穫は来年だ。
そしてそれでも、国王陛下は動かなかった。
モンタルベール侯爵の戦死や、民の窮状は耳に入っているだろうに、新たな施策や国民を元気づける言葉も聞こえてこなかった。
王都から聞こえてくるのは、贅沢にふける王太子殿下夫妻の評判だけ。
こちらとしても、独自の手を打ってはいるけれど、思わしくはない状況だ。
「そろそろ、何か動きがあるかもね……」
ひどいものでなければいい。そう思いながら、窓から空を見上げた。
◇ ◇ ◇
そんな折、なぜかお父様のもとに西の大国から書簡が届いた。
宛先は陛下なのに、なぜかお父様へ。
これと同じ内容が、東と西をまとめる貴族にも送られたらしい。
「貴公は如何に思われるか?」
そう、付け加えられて。
西の大国・セルバニア王国は、私たちに対してこう問いかける。
華美な服を好み、昼夜問わず享楽にふける。
目先の利益に目がくらみ、率先して国の蓄えまでもを売り払う。
その先に凶作が待っているとも知らず。
民は飢えに苦しみ、大地は荒れ果てる。国の崩れ行く音が聞こえるようだ。
それでも王は、王太子は飢える民に手を差し伸べず、身を正すこともない。
このような王家に、国を治める資格があるだろうか?
「ぐうの音も出ん正論だな」
楽しそうに笑い、お父様は手紙をガスパールに渡した。そこから侍女のブランシュを介して私の手元に来る。
執務室をぐるりと見渡すと、ほんの少しだけど狭く感じた。広いとは言え、元々はひとり用の執務室だ。そこに私の侍女や護衛が入るのだから、当然ではある。
お父様が領地に帰ってきてから、私は見習いとしてお父様の政務のお手伝いをしている。
個々の執務室もあるにはあるけれど、お父様のやり方や考え方を見て学ぶため、ほとんどはここで仕事をこなしている。
さて今回は、笑い飛ばす場面なのだろうか。
「領土が欲しいとよだれを垂らしておるわ」
私が首を傾げていると、眉をひそめてお父様は吐き捨てる。セルバニアのことか、それとも察しの悪い私に対してか。
「セルバニアの王母は、我らが陛下の叔母君だ」
「あ……」
私に対して、かな。
ぱあっと世界が広がった。扉を開け、外に出た時のような気分だった。いろいろな情報が入ってきて、つながってゆく。
私は、眼鏡をくいと押し上げた。
「ルネサールは、おいしそうな料理」
セルバニアの目には、今の弱ったルネサールがとてもおいしそうな料理に見えたのだろう。
これをどうやって食べるか。この料理を食べるためには、それなりの理由が必要だ。
それで、あのような手紙を送った。
「だけどこれは無理筋では」
国王陛下には、複数の親族がいらっしゃる。当然、セルバニア王よりも上位の継承権を持っており、よほどの理由がない限りそれらを飛び越すことは許されない。
これを許せば、セルバニア王自身も同じような論法で王位を要求されるかも知れないのに。
「今は、平時ではない」
「上位の継承権を持つ方々を飛び越す理由がある、ですか」
「うむ。ゆえに有力諸侯に問いかけた」
いかに思うか、と。
今は、非常の時だ。
他の継承権を持つ者の能力は未知数。彼らに非常時の舵取りを任せるのは賭けのようなものだろう。
ならば、王としての実績を持つセルバニア王に任せること。それこそが、この国難を乗り切る唯一の道ではなかろうか。
どう思うと聞きながらその実、自分に味方せよと言っている。
「つまり、その料理を持ってこいと」
「そうだ」
合格点らしい。ほっとした。
王位継承権の上下がどうあれ、ルネサールの主だった貴族に推戴されたなら、大義名分が立つと考えたのだろう。
要するに、頼まれたから仕方ないよね、という形にしたいのだ。
まぁ、現状を放置する王に放蕩三昧の王太子。思うところはいっぱいある。
それでも、他国の王にこの国を任せるのは、少し抵抗があった。気持ちがざわつくと言うか。
やはり、この国を治めるのはこの国に生まれ、この国の言葉を話せる人であってほしい、かな。
他国で生まれ育った王に、この国の何が分かるのだろう。この国のために政治ができるのだろうか。
でも、どうすれば――。
私は、自分のたんぽぽ色をした髪を触る。
少しの間、いじいじしていると、力を入れすぎたのかせっかくの三つ編みがほどけそうになった。
まずい、と思って見上げると、ブランシュはふんわりとした笑みを浮かべていた。
ほっとすると同時に力が抜けた。
「兵を集めましょう」
おそらく、戦が始まる。
お父様は、満足そうに頷いた。




