FILE97『午後の紅茶を午前に嗜む罪深さ』
ケンが会場を盛り上げている間、さくらは笹井に用意していた紅茶を差し出す。
「ストレートティーです」パラパラと動かすように指遊びをしながらジーっと正面を見つめるさくら。
「さて、態々一番の強者である私との戦いをお望みだなんて。あなたは何を話しに来たのかしら」
黒子が屈みながらタイマーを運んでくる。
今回の競技祭で、いきなりこの生徒会の舞台に上がり、転げ落ちて行った者の数は、計り知れない。ディーラーも舞台袖からワゴンを運び現れる。
トランプだけじゃない。菓子付きだ。
「私は理事長と取り引きをさせて頂いています。一学期中に本田湊を学園に引き渡せば私の望みを何でも叶えると。書面上でも」
その一言に、さくらは「まぁ…。それであなたはお仲間を売り飛ばしてしまうんですか?」と妖美に、笹井を煽るように刺激する。
「ええ。そのつもりです。そのつもりですけど。それよりももっと価値があるものがあるとすれば、あなたも、理事長様も欲しい…ですよね?」
チラッと笹井がさくらの顔を観察する。さくらは表情を崩さない。余裕。読めない。ミステリアスさと、狂気すら孕む眼差し。
「ええ…。当然でしてよ♡」ディーラーはタイマーを付け、二人に「失礼します。お嬢様、笹井様」とお辞儀をした後でカードを配る。
そんな中でもさくらは、「ですが、その本田湊くんの身柄。よりも高価なものというのは、なんでしょうか」と笹井に問いかけた。
笹井は逆に質問をする。
「良いんですか?得体の知れないまま、彼を学園裁判にかけて処刑しても。どうせなら、全部の情報を引き摺り出して、吐き出させて逃げ場を失くしてから、処刑するなり、自分のもとに縛るなり、したくないですか?」
自身の弱点を突いたような笹井の交渉に、さくらはごくり、と息を呑む。「悪い子…♡」
さくらはカードを手にとって、「つまり、理事長があなたに課した条件よりも、更にいい代物を提供してくださると」と、二枚交換した。
テーブルではなく、わざとディーラーを困らせるように、バサッと床に落とす。
落ちたカードは、【スペードのエース】。【クラブのK】。
《スペードは死を意味するカードでもある》
さくらは続ける。「確かにあなたの言う通り…。私は彼の全てを知りたい。けれど…お父様に直談判されたらいいのに、何故私を最初に通すのです」とカードをテーブルの上に三枚捨てる笹井に問いかける。
笹井は、「…理事長に直接言ったとて、会長に宣戦布告は出来ませんから。それに…裏付けは同じ立場の二年生の証言から取れました。あなたと繋がっている茅野さんが生徒に紛れさせるためのフェイク。最初から役割を決められて入学した理事長代理の為の生徒であると」と突き詰めていくが、さくらは「そこまでですか、浅いですね」と微笑む。
同時にカードを場に出す。
【ツーペア】【ワンペア】
さくらの一勝。だがタイマーが鳴るまでは続く試合だ。
さらにディーラーがカードを配る。
「浅い?学園側がクラスに内通者を仕込んでいた。これだけでもかなり信頼を欠くニュースですよ、それよりも私は学園側に味方したいと思っています…。ところで会長は、現状の茅野さんの働きぶりに満足されていますか」
笹井の問いに、さくらは目を逸らす。
「満足はしていませんわ。彼女は欠陥品です…。確かに技術に優れ情報も持ってくるけれど。感情が邪魔して非情な手を打てる人間ではありません。ですが私は…とある方を揶揄うために、好奇心で茅野さんを特例生徒に選んでしまいました。よって…彼女を撤退させる事が出来ない。まあ、理事長であるお父様が撤退させていない現状、私は何も動けないけれど。正規の特例生徒の絶対的な好待遇。それはいかなる事情がある場合も学園からの【処刑と追放を回避できる】。この絶対的な権限を譲ったあなたもよく知っている一人の馬鹿がいらっしゃいましてね?本当に…愚か♡」
さくらはそう言うと、笹井と顔を合わせた。
【ワンペア】【スリーカード】
笹井の一勝。「…え?」
首を傾げ、「特例生徒の権限を…譲った」ボーっとする笹井に、「いいえ、本来はその何処かの馬鹿の意図も違ったでしょう。権限はそのままに、申請だけを偽造しろと言う頼みでしたから。でも私は敢えて余計な事をしました。その代償に、【茅野さんを動かせない】という事象が起きている。お父様が気に入っているお人形である彼女、茅野アリスさん。でも、あなたはまだ茅野さんの本質に気づいていませんわ」と言いながらさくらは配られたカードをパラパラとまた床に一枚落とす。
笹井もまたテーブルの上に払うように棄てた。
そしてさくらと同じタイミングで、紅茶を優雅に嗜む。
絵面だけはお嬢様同士のお茶会だ。
「美味しいですね」
「でしょう?これはイタリアからの輸入品」
さくらの説明に、笹井はディーラーが運んできたワゴンの隣にある紅茶のパッケージに目をやった。
[賞味期限2057年7月20日]
『さああ明照院選手追い込まれています‼笹井選手余裕の表情‼何かを話している様子です‼』
最終日なだけあって、ケンの実況付きで騒がしい。本田は腕を組み、ツン、ツン、と指で佐田に合図を送る。佐田が気づいては、「何だ」と本田に耳打ちした。
本田はワイヤレスイヤホンの片方を佐田に渡して付けさせる。
以前盛田が礼として渡したペンが、自分たちより前の座席にいる盛田自身のポケットから、舞台の音をギリギリで拾う。
《ザザザザッザザザザッ…ょ…そう…》
さくらと笹井の雑談が小さく聞こえる。
「雑音がやばいぞ」とコソコソ本田に言う佐田だが、前向けと指で更に指示を出され前を向いた。
「ところで、茅野さんの本質って」と笹井は問いかけるが、さくらは「結構なヒントですのよ?これ」と紅茶を再び飲んだ後で、「茅野さんのバックにいるのはこの島の開発に携わった権力者」と続ける。
笹井は「はッ⁉」とようやく気づいたのか、目を見開く。
「誰の事だと、思いますか」さくらの声と、今までの情報が一気に笹井の中で繋がってしまう。
「…ちょっと冗談でしょう?」笹井の動揺する一言に、さくらは「あら?冗談なんて…。ウソは吐いてませんわ?それに、ジョークならもっと面白い事言います。だって…あながち間違いでも無いでしょう。全て、【私のお父様】の事ですから」と楽し気に答えた。




