FILE98『笹井はいずれ誰かを道連れにする黒猫さん』
「じゃあ…茅野さんも、理事長も、会長も、みんな…最初からクラスメイトたちを」と笹井が震えあがるような声で呟くが、さくらは「それよりも、いるでしょう?もっと。あなたが責めるべき男が。さーて。ここで二択。人生は選択の連続ですのよ。」と黒幕のような口調で返す。
「あなたが思い浮かべる彼はあなたの敵でしょうか?それとも、味方?」
笹井はその言葉に手を震わせる。動揺でも無い。恐怖でも無い。幻滅でも、ましてや期待でも無い。ただ…ただ…。
「彼は不器用なだけ」と答え、【ワンペア】【ワンペア】と互いにカードを出すが、数字の強さでさくらが勝つ。タイマーはまだ鳴らない。
「…バーカ」さくらはそう甘い声で笹井を罵る。
笹井の瞳が揺れる。
「何も知らないのね、彼の事」
「可哀想に」
「彼とずっと同じ教室に居たのに」
「学年も違えば生徒会室に籠っているだけの私に」
「情報量で勝てない黒猫さん」
「そんなあなたに」
「何が出来るの」
「いっそその彼に」
「逆に夜這いでもしてしまえば?」
「何か吐いてくれるかもしれないわよ」
許容範囲を超えるさくらの言葉に、「チッ…」と流し目を何処かに向けながら舌打ちする笹井。
「あなたもこんなものですか」心底愉快そうなさくらは、「言っちゃおうかなー」なんて自分の口元に人差し指を立てながら言いかけるが、「まぁ、これは私だけの秘密にしましょうか。」と喉元まで出かかった笹井を揶揄うための好奇心を留めて、クッキーを咀嚼する。
笹井もクッキーに手を付けた。
「ありがとうございました」舞台上の隣の席では、《ピピピピ‼ピピピピ‼》と、若干の時差でタイマーが鳴り、明照院が敗退して長谷部に静かにお辞儀をする。
長谷部は「ふわーーー」と欠伸をしながら舞台袖へと捌けた。
「…」
六月中。ずっと開催された競技祭。残るは、笹井とさくらの試合だけ。
「私は、本田くんにもある取り引きを誘いました」
さくらの一言に、笹井は肩を震わせる。
「実態は言えませんが、あなたが本田くんを売らずとも…彼がどうするか」
さくらは笹井の顔を見つめ、「…目、泳いでますよ」と指摘する。
「あなた切られるかもしれませんね。彼に。それで?他に何か聞きたい事があれば、時間も迫ってますし」とディーラーに配られたカードを交換しながらさくらが問いかけた。
笹井は「彼は一体…何者なんですか」と眉を顰める。
「さあ…。私の…未来の旦那さんですかね♡」さくらの返事と、同じタイミングでカードを場に捨てて交換する笹井。
「…」明らかに嫉妬を含んでいる様子だが笹井本人は認めたくないのだろう。
「すればいいじゃない、勝手に。どうぞどうぞ、でも私が理事長に彼を売り飛ばせばそうも行かないくせに。私の交渉聞いた方がよーっぽど、よーっぽど‼あなたの為でもあるわ‼」
笹井はそう言うと、ハイカードの札を場に出し、タイマーが鳴るタイミングを待つ。
《ブーッ、ブーッ、ブーッ‼》あっちはスリーカード。笹井の負けだ。さくらは「さてと。交渉の件は理事長の方にも個別に伝達しといてくださいね?」と彼女の顎を指でクイッと持ち上げた後、「あなたが本当に私たちの味方なら。優遇して差し上げますわよ」と答え、タブレットを渡した。
笹井は志田を支払い先に選ぶ。入力。
会場は拍手喝采。
照明も明るくなり、客席での賭けに負けた生徒や勝った生徒の喝采が響く。
楚々辺と特別な席で観覧していた茅野も、パチパチと拍手を送った。
「おい、お前ってもう会長にバレてるのか?」とイヤホンを外し、聞き取れた会話だけの雰囲気から本田に耳打ちする佐田。
だが本田は「さー?」と誤魔化しながら立ち上がり、観客席の階段を他の生徒に続いて降りて払い出しのカウンターに並ぶ。
観客らが接近する前に生徒会が退散しては、代わりに「凄かったよ‼」「一年の希望だ‼」「何を話してたんだい?」と笹井が学園の関係者らに囲まれるが、「あれマズくね」と飛鳥に話しかけられ気づいた本田が「わり、ちょっと持っててくれ」と券を佐田に渡し、笹井の首の襟を引っ張って人だかりから解放しに行く。
「すんません、これでもこいつ俺の女なんで」
どこで学んできたかもわからないような爽やかスマイル。バッとトイレの前の壁の陰に笹井を連れ戻せば、「あなたの女になった記憶は無いのだけれど」と腕を組みながら笹井にジト目を向けられる。
「助けてやったのにそれか?」半笑いする本田に、笹井は「無自覚バカ」と目を逸らしながら吐き捨てる。
「悪かったな無自覚バカで」
「つーかあれだろ、お前。」やたらニヤニヤしながら本田が、「八百長」と耳打ちした。
笹井が「ひゃッ⁉」と突然の接近に片手で耳を押さえる。
「お前も考えたな、まず。あの時転がって来た空き缶。あれは盛田がトイレに行くフリをして投げたものだ。ドリンクの売り子が観客席に来るのは十五分に一回くらいの頻度だろ。そこのタイミングをお前たちは見計らったんだ。もちろん。フードカウンターからスタッフは歩いてくるわけだから試合をしているテーブルは確実に通る。その間に、盛田が自分の字で書いたメモを、お前が戦っていた先輩の座席に置く。生き残りの二年なんて最終日には数知れてるんだし、盛田が調べりゃあ何かしらの不祥事だったり先輩にとって不都合な事は出てくるわけで。それを計算尽くで前日から準備してたんならたいしたもんだ。んで、その騒動の直後から俺はその先輩の手元を理事長が持っていたタブレットの中継越しに見たが、交換するカード枚数が明らかに増えていた。なんか紙か何か見せたんだろ?ンで証拠は先輩も消したいからお前に返すだろーしスカートのポケットにその例の紙、以上」ズバズバ当ててくる本田に、笹井は「あの一瞬でそこまで見てたの」と目をパチパチ瞬きさせる。
「一瞬じゃ当然わからない。が、盛田や鈴羅木の動きを見て埋め合わせたらわかる」本田がそう言うと、笹井は「…凄いわね。並大抵の高校生とはやっぱり一線引いてるわ」と続け観客らが払い出しを終えたタイミングを見てその場を去る。「それはこっちが言いてぇよ…」と苦笑しつつ、病みカワウサギのお守りをチラッと見た後で、(可愛くない女)と心の中で呟き、払い出しカウンターの最前列まで進んでいた佐田と飛鳥に合流する。
「なんか笹井、照れながら小走りであっち行ったけど」といくらかの札束を財布に入れた飛鳥が出口を指させば、本田に「はいこれ」と彼が買った券の払い出し分が入った茶封筒を渡す。
「どーも」本田は受け取りつつ、佐田や飛鳥たちと雑談をしながら監視役と合流し校舎へ戻って行く。
(何が俺の女よ)(本当に)(最悪)苛立ちつつも、監視役と待ってた盛田に「笹井さん‼」と駆け寄られ、「勝ちには行けなかったわ」などと笹井は彼女の後に着いていくのだった。




