FILE93『一羽かけた黒い鳥』
本田の自室。まず。本田は気にしていた。先輩である火野カグヤを自分の都合だけで利用した事を。
志田と星野の関係を止めるどころか自分の勝手な都合で進行させてしまった事を。
両手で頭を抱え、一人で悩む。
《私が目指すユートピアなら、格差も、不幸も生まれない‼》
理事長の声が脳裏で繰り返し、繰り返し蘇る。
(辞めろ)(もう)(違う)
(俺は)(間違ってない)(俺は)
(悪くない)(いや)
(同じじゃないか)
(選別?)
(違う)
(俺は人を陥れる気はない)
(でも)
(理事長も)
(辞めろ)
(敵を認めるな)
(こんなの)(でも)(ほかに)
(ほかに何が)
(俺に何が出来る)
(俺は)
(何がしたい)
もう一度自問自答を繰り返す。
(誰の為に)(何を)(なぜここに来た)
「…」
競技祭期間中の島全体の愉快なBGMが聞こえる。まるで遊園地。だがそれとはまた裏腹に。
突き落とされそうになっていた。
まだ一学期、六月。だというのに限界が近い。
(辛い、辛い…辛い…)
ようやく自分の本音に気づくが、(でも)と首を横に振り、(引き返せない)静かに目を閉じる。
海の波が砂浜に打ち付ける心地よい音が生徒寮のすぐそばで聞こえた。
サーッ。サーッ。ザブン…。
謎めいた遠州煉獄島での、命をかけた極限の暮らし。ここでのヘマは、死を意味する。
風の音。生徒寮のベランダで初夏を感じる。
紺色の髪が潮風に揺れる。
臙脂色のブレザーが、肩で膨らみを見せる。
遠州煉獄島。私立遠州学園の生徒寮。
(軽率に会いたくなっちまう)
この島の向こうの、誰かを思って、輝きを感じる。小さな島の、小さな想い。
(東京…帰りたい)丸くなる背中。
ここで本田の脳裏を、覗いてみる。これは何の光景だろうか。高級そうな部屋。
殆ど着る事がなかった中学の制服が掛けられたハンガー。
その隣に…。外国人男性の誇らしげな顔が金色の額縁と共に飾られ、四角形の段ボールと、ちょっと過剰気味なプチプチ梱包が同封されている。
中身は確認できない。だが額縁の下には、英語で美術館のようにこう説明書きがされていた。
【リィ・ゲーチス】二千四十二年に――――。ここまでしかお見せする事は出来ないが、何を考えていたのだろうか…?
その部屋には、脱ぎ散らかされた、青色の通期性が良さそうな服が長い事、放置されているようだった。
一人、女子寮にいる笹井はスマホでニュース番組のライブ配信を見る。
《さて、十数年ぶりに、ここ、日本に夏季オリンピックが帰ってきます‼前大会である東京五輪二千二十では、そのタイミングと感染症の拡大が直撃してしまい、思うようにいかなかったという記録が残っていますが、果たして今大会は無事に終える事が出来るのでしょうか?我々ニュースセブントゥエルブは一足先に設置された会場に、向かいます‼》
リポーターがご機嫌な様子で会場をリポートする映像が笹井のスマホから流れる。
《コメンテーターの桜井さーん‼》リポーターが中継で手を振る。
相手は今では大御所俳優でありながら、番組でご意見番として大人気の和服を着たキレッキレなハンサム男性が中継に映った。
《ハイ、桜井です‼いーや、会場思ってたより大きいですね‼》
リポーターとコメンテーターが会話する様子がはじまっては、笹井は動画サイトを閉じた。
「もうそんな時期なのね…」さくらからの連絡に返信をする。
『火野先輩の不正は火野先輩自身のものであると本田湊くん本人の証言と、明確な裏付けは取れました』
そしてこちらもまた、背もたれに倒れる。
(何私ちゃっかり彼を守ってしまってるの)
自分自身の一致しない行動に呆れた。
(売り出して学園側に近づきでもすればいいじゃないバカバカバカ)
ポカポカ自分の頭を叩き目的をはっきりしようとする。
(私のほうがよっぽど恋愛脳ね…)
散乱した裁縫セットと、お守りのキットに入っていた作り方用紙をみながら、落ち込んだ。
(本田くんの声が脳内でうるさい)(助けて誰か)
そこで布田の声で掻き消す作戦に出た。
『見てや笹井‼この紙、こーやって穴開けてこーやって指折り曲げると、ケツやで‼ギャハハハッハハハ‼』
『なあ笹井知っとるかぁ?ゴリラって全員B型なんやでェェェェッ‼笹井は何型やァ‼あ…B…すまん』
『ほら見てや‼俺反復横跳び得意やねんけど掃除用のバケツ持ちながらでもやれるで‼ほれッ‼ほれッ‼あッ』
布田を思い出せばそれはそれで腹を立てつつも、(あれ私)(意外とクラスに馴染めてる)と自覚する。
中学時代に嫉妬され、蔑まれ、妬まれて、『笹井さんって実家金持ちだからいいよねー』なんて言われていた笹井が、布田にはうざい程絡まれ、朝日には『偉そうだから嫌い』と言われ、鈴木や飛鳥、星野に盛田だって話しかけには来て。
本田は金持ちだ、美人だ。舞台だ、才能だ、と揃いながらもこちらを見向きもしない。
(あれ一組って私の事…金持ちだから…才能があるから…とかじゃなくて…ちゃんと…クラスメイトとして…一応は…)と自分の手のひらと、その指で輝くアメジストの宝石を見ながら考える。
「いつか私を助けてくれる…か」
ケイの言葉を思い出しては、手を洗ったばかりの水で浮かびあがるアメジストの指輪の中の絵柄を確認する。
(ん?)(鳥…)(こんな隠し模様あったのね)




