FILE87『陽だまりと日陰のエクスプレス』
六月半ば。クラスの敗退者も、半分以下にまで減る一方で、一組の生徒たちは、まだ主戦力が生き残っていた。だが、志田だけ、借金まみれになり、賭け券を買い漁る事に必死で、もともとの所持金も失いつつある。
志田は競技祭の開催期間中、五月のように叫んだりする事無く、「良いよ、私が背負うから」と言いつつ。星野に優しくされる事で、口角を少し緩め、悪い笑みを零していた。
だが、一部のクラスメイトからすれば、「いや、お前が真犯人なんだから当然だろ?」といった具合だ。
初日で負けてしまった増田はその後、同じく三日目に敗退してしまった鈴木と何かを話し合い、競技新聞を見ながら賭ける生徒を決めて毎日客側の賭けに望んでいる。
クラスの完全な利益はこれでも九千万行くか行かないか。
志田の負債は一億行くか行かないかくらいの数値。
志田はギャンブル狂いになるような素振りも見せず、ひたすら星野の賭け券を買う執着のようなプレイをしている。
本田はボーっと志田を眺めた。
(ああいう一人に過激になる姿勢は、破滅を誘うだけ)
どこかに流し目を向けて心の中で呟くが、「まさか、あなたもここまで勝ち続けるとは驚いたわ」とかなりぽけーッとしていた彼を見て笹井が微笑む。
「…運は俺に味方してるらしい」
「おれに、じゃないでしょ。クラスに、よ」
笹井の訂正に本田は「なら最初から前野も死なないだろ?」とジト目を向ける。
「でも…六月まで損失は一人で済んでる」笹井の一言に、舌打ちしつつ、「そーゆー考え方はあまりしたくない」と立ち上がり、早めに校庭へ向かう。
「え、まだ検査までは四十分前よ」笹井が扉前まで追いかけて本田を止めては、本田は「安心しろ」とだけ伝え教室を出ていく。
コツ、コツ、コツ、本田は外にいる監視役らに見られつつ校庭に向かい、率先して白線を引いた。
(…教室の空気が辛すぎる)トボトボと歩くような情けない背中。
(この学園全体で誰が死んだとか。それだけじゃない。何より惨いのは俺の作戦のせいで志田がゆっくりと蝕まれている事、それに初日の火野先輩の事だって。俺のせいで、じわじわと実害が出てきている。否…はじめから実害が出る事ぐらいは理解していたさ。それを正当化しようと必死になってウソと屁理屈で外壁を埋めてそれでもクラスを守ろうと。でも…守る?守りたいものの為に…踏んでるって言った方が正しい…んじゃ)
本田が悩みながら白線を引いていれば、
バタバタとジャージ姿の笹井や布田、星野に盛田。 飛鳥、佐田。朝日たち。彼ら以外も一組の生き残りの生徒たちが駆け寄って来た。
「オイお前らまだ休んでて良かった…」と本田が言うが、「一人が頑張ってるのを全員で無視するってそんな事俺は人生で学んでない」と飛鳥に遮られ、「全員で用意するぞ‼」「自分三角コーン立てます‼」「俺タイマー‼」と生徒たちが自主的に散らばって行く。
榎本と福川を連れた朝日が「かっこつけ」と本田にはっきり言う。
榎本も「案外悪い奴じゃないのねーアンタ」と言いながら測定用の小道具などを運び、福川も「いくらチー坊でも面は良いタイプだしね」とラインカーを本田から奪ってグラウンドを爆走する。
「オイちょ、待てよ福川ァ‼俺の仕事無くなるっての‼」
そんな福川を本田が後ろから走って追いかける。
だが途中で笹井にジャージの襟を引っ張られ、「検査前に無くなるわよ、体力」と本田を止めた。
「…」黙り込んで片腕を押さえながら俯く本田。
「ン」笹井は本田に何かを渡した。
「…」それを手にとっては、首を傾げる。
「おーまーもーり」笹井は腕を組んでそっぽを向きながら言った。本田はそれを眺める。
手作りでほつれがボロボロだが。
本田の髪の色とよく似通った紺色で本田が好きだということがわかった病みカワウサギの刺繍まで。
「なにこれ…ホコリに顔がついたみたいな」と下手くそな笹井の病みカワウサギを見て本田は固まるが「あれよあれ、あなたのマスコット」と笹井は答える。
「これが」
本田は数秒思考停止した後で、「フハッ…」と笑いを耐え切れずに吹き出し、終いには振り返って爆笑。
「ちょ、そんなに笑うなら返してもらうけど‼」と騒ぎ出す笹井に、本田は「はいはい…ッ…ふッw」とまだ若干笑いつつそのお守りをポケットに入れた。
「すげー本田がゲラ入ってる」ポカーンと本田のガチの笑い方に目を丸くする佐田と、「あいつ笑わせるってなにしたんや‼」と笹井に駆け寄る布田。
笹井は本田がカグヤをハメた時、幻滅したと言ったくせに、恥じらいながら「失礼なだけよ、あいつが」と布田に答えた。
「何を言われたん笹井‼」と布田が笹井の肩を揺さぶりながら言っては、笹井は「私が必死に縫ったウサギが…ホコリに…顔が…」と自分でもツボに入ってしまって震える。
だが実物を見ていないからか、二人のツボがわからないからか。
少々戸惑いを見せる布田はドストレートに、「あいつアホなん」と真顔でツッコんでいた。
「おぇー…」笑いすぎて検査前に腰を痛めた本田が、朝日の肩を掴みながら姿勢を低くし息を整える。
「バカ笑いするからでしょ急に」マジレスされてしまえば、立ち上がり、水筒の水をごくごくと飲んだ。暫くしては、出海奈がやって来る。
「随分と楽しそうだな、一組よ」
昨年担当したクラスとは何かが違うのか誇らしげな出海奈と、何だか全員でニヤニヤする一組の生き残りの生徒たち。
だが星野の姿は、ベンチ。競技祭で生き残り続ける度に、【いつか誰かに支払いを背負わせてしまう自分】の事を考え、精神が擦り減っている様子だった。




