FILE86『初夏の休息』
昼休憩時間。競技祭初日におけるここまでの生き残り。一組。クラス34人中。30人。本田はブラックコーヒーの缶を手に取り、何回か試行錯誤しながら指でクイッと開ける。
「あなたブラックなんて飲むの、にしても酷い所作ね」
缶ひとつ開けるのに苦戦する本田を、笹井は鼻で笑う。
「人の不器用で笑うのか、性悪女」
「誰が性悪よ、さっきの火野先輩よりマシでしょ」
「それ言われちゃそうとしか言えねえよ…」
軽くいつもの熟年夫婦のような言い合いをしつつ、本田は「お前、二年から何か聞いたか」と問いかける。
笹井は顎に手を当てながら、「どの二年もたいした事言わなかったけど…二年生、格差酷いらしいわ。なんといっても金貸しが横行しててその利益で設けている生徒がいるとかいないとか。治安も一年ほど良くないんだって」と聞いた内容を報告する。
噴水前の椅子に座った本田はサンドイッチをもぐもぐと食べながら、「金貸しか、考えるな…二年も」と呟く。
笹井も総菜パンを開けながら、「なんだか久しぶりに美味しいもの食べる気がする」と学食がいつも冷食だったゆえの不満を交えながら言った。
「まだ無料で学食あるだけでも有難いけどな」とはむはむと小さい口で売店のサンドイッチを味わう本田。二人を遠目に見つつ、佐田と飛鳥が少年のように噴水前をバタバタと駆け回る。
「飛鳥ああああああ‼」
「佐田ああああああ‼」
「こっちこっち。こっちの広いとこ‼」
グルグル、グルグル回りながら温めた後のいつもの学食の冷食弁当が入った袋をぶら下げ場所を探しながら走り回る二人。
レジャーシートを広げる布田に、「こっちきいやああああああ‼」と手招きされては、二人は楽しげに布田のいる場所へ向かう。
勝者たちが晴れて来て暑い初夏の庭でレジャーシートを広げながら休む一方で、教室では、早めに全員食べ終わっているのか負けた志田や茅野をはじめ、他二人の男子生徒が個々の個室でタブレットを広げ静かに自習。
出海奈の配慮か、教室に遠州煉獄島の授業放送が流れている。
普段のような詐欺など…では無くだ。
二・三年は兎も角まだ一年は全員揃わずに個人で詐欺をするのも厳しい状況下にある。こうするしかないのだろう。
廊下では教室に帰る前に本田が笹井に呼び止められていた。
「なんだ」振り返る本田。倉庫部屋に行っては、「よく火野先輩に勝てたわね」笹井に問いかけられ、「嗚呼…あの先輩は不正…」と本田は言うが、「違うでしょ」と強い口調で笹井に止められる。
「何も言わないから教えてくれないかしら」
「嫌だ」
「…」
はっきり拒否されては、笹井はむす…とした仏頂面を浮かべる。
「横で会話聞きながら、ずっと疑問抱いてたのよ。対戦相手を選べないのに不正なんて出来るかしらって。それに増田くんだってカードに厚みがあれば指摘しそうな性格じゃない。そんな彼が怖気づいて無視するかしら。…それと休憩前にちょっと盛田さんが言ってたのよ。本田くんが試合前。不自然にポケットからものを探してた。と。」
推理気取りでベラベラ喋る笹井。本田はⅩ疑惑の時のように特段誤魔化すような真似もせず、「そうだけど、で?」という感じで笹井をあしらう。
「え」あまりにもあっさり過ぎて固まる笹井。
「こういう事だ。競技祭と聞いてから倉庫部屋で学園のトランプの柄・形状を確認し御前崎の三百円ショップで購入したフリーカットシールの台紙を用意してうちの島のコンビニで印刷。トランプをあの場で入手できるとも限らないから予備に左側のポケットに用意した学園と同じ形状のものを保健で入れておく。これで入場中にサッと入れられなかった場合もカバー。ンでとりあえず整列中二年の後ろで人が多かったから気づかれる事無くもう片方のポケットにトランプの山札を入れて、シールの形状が本当にジャストか確認。トイレの個室でそれらをペタペタ貼る。話している間と、交換している間にディーラーから配られたカードと膝の上にあるカードを入れ替えて、わざと自分が負けるように弱い役を作っていく」と今回の試合の種明かしをする。
「ぇ…当たる保証結構無いし…火野先輩が不憫過ぎない?本当に彼女をハメたってこ…」
混乱する笹井に、本田は「気ィ済んだ?」と問いかけるが、笹井は「…幻滅…」なんて口を両手で覆いながら絶句し割と本気になりかけていた《本田くんへのラブハート♡》にパキパキとヒビを入れる。
「ええ…」がっくりと項垂れ、灰のように白く落ち込みながら硬直して言葉を詰まらせる笹井とは裏腹に、「逆に俺に何か期待でもあったのかよお前…」と鈍感を炸裂させる本田。
「私の中の本田くんはかっこよくみんなの事守ってくれる良い男なんだもん‼ばかあああ‼」と勢いよく教室へ走り去っていく。
本田は「へぁ…?」と瞬きをさせながら帰宅の時間までまだ少し余裕があるので教室へ戻るが、笹井が机に顔を伏せ「私の初恋終わった…」とグズグズしているのを見て若干気まずくなる。
「大丈夫⁉笹井さん?」と笹井の背中を摩る茅野。本田が教室に戻っては「えこれどういう状況」と茅野や朝日たちを見ながら問いかけるが、茅野は両頬を押さえながら「恋のヨ・カ・ン♡」と微笑み、朝日も「アンタまじで何にもわかってないのォ⁉」と自分の両腰に手を当てながらツッコむ。
「え…?は、はあ?」
佐田もこちらを見るながら「良かったなあ‼」と言ってくるが、本田は「…」と何もわからないまま、「あのさ、笹井…とりあえず泣くの…辞めれば?」と本人に言ってしまうのだった。




