FILE73『サディズムの心理』
「五月もそろそろ終わるな。座学の前に、もう一度座学のシステムの振り返りだ。そろそろ何のために座学しているかわからなくなってくる奴がいるだろうから。座学は学年・月ごとに学ぶテーマが大きく定められている。項目の中から何個かをクリアすれば後は担任の裁量で何を話しても構わない。【単位】に近いな。実践はどこまで作業したかを全体図で見ることが難しい。だから学園では、その実践の前に、【このクラスは全員でここまで学びました】と報告するための指数として【座学】が一つの基準となっている。また担任は率先してクラスの詐欺を主率できない。だからクラスの現状を担任が一気に確認する為の場としても機能している」
出海奈はそうやって補足説明をした後で、「突然違う話をして悪かったな。本題に入ろう。今日の座学の内容は【相手より優位に立つ方法だ】」と語り出す。
「優位…」と顔を上げて呟く笹井。「気持ちいいよな?相手が自分に縋って、【助けてくださいなんでもしますから】とか言い出したら」出海奈のその言葉に、教室中が静まり返る。だが鈴木が唯一、「そりゃあ気持ちいいぜ、優越感ッての?ニヤニヤしてさらに知りたくなっていくよな」と正直に語り出す。
『えー…』クラス中の微妙な視線が鈴木に集まる。
「私も鈴木と同じ意見だ」出海奈の即答に、「いやいやいやいや」と志田が反論した。
「人間関係は対等じゃないんですか」志田の善性に満ちた一言に、星野の表情が曇る。
「それがそうじゃない場合があるんだ」出海奈はホワイトボードに大きく、【サディズム】と書いた。
「あのー…何を子供に教えようとしているんですか」と小さく手を挙げてツッコむ本田。だが朝日や福川、榎本たちは「今日の座学大当たりじゃん」「腐女子大正解」「珍しく話に熱中できる」などと雑談し、『きゃあー♡』なんて声を揃える。
《ジャパニーズ・萌え》
「サディズムと呼ばれる人が一定数この世界にはいる。彼らは嗜虐的な思考で対象を弄び、反応を見て、楽しむ。」飛躍しつつある出海奈の座学に、ホワイトボードから目を泳がせる本田。笹井は横からそんな本田を眺める。
「これ、普通はプライドが高くツンケンした態度を取りがちな奴ほど、堕ちる」その言葉を聞いて本田が笹井を見れば、笹井もずっと本田を眺めていたため『あ』と目が合い、何も無かったかのように二人で逸らす。
「ジロジロ見ないでくれる人の事」「お前だって見てたくせに」互いに小声で言い合う二人に気づかないまま、出海奈は続ける。
「なぜそういうタイプが堕ちるか。それはプライドが高い仏頂面っぽい奴って普段人より優位な位置にいる。と言うか、子犬みたいな奴が出てきたら大体そいつに懐かれて可愛がってるだろ。なあ朝日」
朝日は出海奈の問いに、「なッ、なんでしってるんですかあ⁉」と反射的に声を裏返す。
「…い、いや、その。まあいい、察しろ」と恥じらいながら言う出海奈に、『え?』と前髪を重たくかけて下を向いている星野以外のクラスメイト全員が目を丸くさせ、ポンコツのような顔を浮かべる。
「だが、子犬のような奴が逆にタチだった場合。プライドの高いタイプのネコはどうなる。本田」出海奈が本田を名指しする。本田は「えッと…タチってなんですか……?」とまずそこからだった。
『・・・』
沈黙。説明しずらい空気。三秒の間。
「榎本ォォォ!」出海奈がホワイトボードマーカーで榎本の席を指す。
「はッ、はい!タチとはBLで言う攻めにあたるポジションの別の言い方って覚えといてね本田くん」榎本の説明に、「ほぇえー…?」と声を出しつつ、「うーん…じゃあそのネコは…なんか可愛らしい奴がいきなりこっちの弱点突いてきたって困るんじゃないですか……?」と適当に答え座った。
「いいや。正解はドロドロに愛されて溶かされて後戻りが出来なくなるだ!」なんだかいつもより楽し気な出海奈についていけず、「そうなのか…」と本田は笹井をチラッと見るが、「ケイも似たような事言ってたわね」と雑に返された。
布田が「ドロドロに溶かされて愛されて後戻りが出来なくなったそのネコってやつはどないなるん」と純粋な質問を出海奈にする。
出海奈、朝日、榎本、福川の四人が『そりゃあもう…』と息が合っているように言うが、増田は「わからぬ…何もわからぬ…知りたくもない」と渋い顔を浮かべた。
「つまり、人より優位に立つには【力】よりも【閉鎖】と【愛】だ」出海奈のヒントに、「【閉鎖】…【愛】…」と何か悪い考えがよぎってしまう志田。
「…」本田は机に顔を伏せ、腕を伸ばして座学を遮断。
笹井は顔を上げ集中してホワイトボードを眺めつつ、タブレットにメモまで取りはじめる。
「出海奈先生は誰かを強引な手で占有するって考え、肯定しますか」出海奈の前の席に座っている星野の問いに、「ああ?」と瞬きをした後、「…私は…でいいか」と前置きした上で、「そういう思考、簡単に否定はできないんだよな」と頷く。
「でも…それをしたら相手はどうなるか。に視野が回らないのは未熟って事なんじゃないか」と出海奈は続ける。
「…スピ―…スピー…」寝息が何処かから聞こえて来ては、出海奈は「クラスが団結してきたかと思えばクラス委員であるはずの本田が少し退化してるな」と席と席の真ん中を歩きながら本田の前まで移動し、「寝るな、もうすぐ実践だぞ」と服の襟をパンパン叩いて起こした。
「ふぁー…」伸びをしつつ目を擦りながら本田が起きては、同時に《キーンコーンカーンコーン♪》とチャイムが鳴った。




