FILE72『一組の進歩』
月曜。監視役に連れられながら、本田は校舎への長い道のりを歩いていた。「…本当の救済ってなんだと思いますか」ふと、白衣の監視役の男に聞いてしまう。監視役の男は振り返りながら「救いを誰かに定義してもらうのか」逆に説いてきた。本田は「え」と返事に困る。
灰色の傘と、梅雨になりつつある初夏の朝の雨でその顔を伺う事は出来ないが、監視役には、本田の迷いが確かに伝わっている。
「俺はなんだかんだ小さい頃から今の職場で匿われていたが、救いとは何かなんて人に聞いたことは無い。そもそも俺は【誰か】に全てを侵食されるのは間違っている。という考え方だ。救いを求める人間はまともに判断する能力に欠けていて視野が狭い。だから新興宗教にハマっていく。疑えないんだ。誰かに救いを求めてしまえば。都合のいい言葉を並べられては」
監視役の一言に、本田はある人物の顔を脳裏に浮かべて立ち止まる。
「本田」監視役は振り返る。
「…俺は…誰かに救って貰って自分の気が晴れるならそれでいいと思いますけどね」と答えつつ、監視役とはそれ以上の会話なく下駄箱まで辿り着く。
すると飛鳥が、「ははははははあ!すごい雷撃だな、誰かが今上空で異能バトルしているんじゃないか!」と両手を広げながら高笑いをする。
佐田も「悪の大魔王様!そろそろ私たちの城に異能兵が来るかもしれません!」と飛鳥の悪ノリに混ざる。
一学期は白い目で見られつつあった飛鳥も、佐田と仲良くなった事で次第にクラスの一員になっていく。
「そうだ!我が使い魔ホンダ・ジュネリック・ジュリアスよ!毒を毒で制し世界を共に救わんか」下駄箱に居た飛鳥から手を差し出された本田は、「なあお前らって…権力とか興味ある」とボソッと呟く。
『え』意味不明な方向からの本田のジョークに、「もちろんさあ!我は世界を包み込む最大の権力者!」と飛鳥が楽しそうに返す。
佐田も指で自分を示しながら「俺は魔王様に着いていくナンバーワンの補佐の黄竜!」と楽し気に言った後、飛鳥と佐田が声を合わせ『お前は使い魔!』と本田を指さす。
「え」
本田は目をぱちぱちとしつつ、「もう少しカッコイイ役にしろよ」と吐き捨て教室に向かおうとすれば、『じゃあなにがいいんだよ!』と佐田と飛鳥がまた声を揃えながら本田を追いかける。
「…朱雀かな」ボソッと呟く本田の一言はどうやら離れた位置にいる飛鳥と佐田には聞こえて無かったようだ。
「おはよッ、本田くん♡」教室まで来ては一組の中では一番校舎に近い生徒寮に住んでいる茅野が話しかける。
「あッれ笹井は」と本田が問いかけるが、「直に来ると思うよ」と答え席に座る。
「でも驚いちゃったよ、まさか朝日さんが汚れ仕事を買って出たなんて。朝日さんにしてはすごい貢献っぷりじゃない?」茅野はそう言うと、本田に可愛らしい顔をグイッと近づける。
彼女がAIエージェントだと気づいてからその瞳を注視してみると、(確かに目が人工的でカメラっぽいのが中にあるな)と細かい部分まで設計者の拘りがある事を知る。
「そーだな俺もそう来るとは思わなかった」とだけ答え笹井がまだ登校していない席に座る。志田と一緒に暗い表情で星野も教室へ。
佐田と飛鳥がその二人に着いていたのか、遅れて教室に入ってくる。
ゾロゾロと一組の生徒が揃ってきては、「あれまだ笹井来ねえのか」と鈴木に聞かれるが本田は「嗚呼」とだけ適当に答え、タブレットに視線をやる。
鈴木は星野を見て「ゲッ」「お…おはよ」と気まずそうにも笑顔で挨拶しつつ自分の席へ座って行く。
「でさー配信でアニメみてたんだけど」
「あのキャラがまさかあんな死に方するとは」
「一番好きだったのにー」
「でも私は彼よりもう一人の子の方が好きだったから!」
朝日が榎本や福川と普通に雑談しながら教室に入る。
暫く教室が生徒らの雑談で騒がしくなる中、本田は窓から段々と雷を交えて土砂降りになる外を眺める。
「まるで嵐ですね…」教室の後ろから自分の席へ向かう盛田に話しかけられ、振り返った本田は「…」黙りながら潤ませた瞳を揺らす。
「ど…どうされました」引いているような盛田の問いに、「…欠伸したばかりなだけだ」とそっぽを向く。
「笹井さん、理事長室に寄ってから来るみたいです」と盛田が本田に教えては、頬杖をついたまま「わぁーった」とわざとらしくまた欠伸をしてみせる。
(…良いのか)(いや)(…この際)(ダメだ)
(でも俺はこんなところで処刑されるわけにはいかない)(じゃあ他に)(ない)(まだ何か)
(まだ打開策なら探せば)
(俺は安全な手段を見落としてないか)
(…四月。少し考えはした)
(そんな考えはよぎっていた)
(この考えを迷わず選べれば)
本田の脳内で思考が反芻するがなかなか答えが見いだせない。
(…最低だ…)
ブレインフォグ。何も答えが見えない。脳に霧がかかったように、ただ情報だけが錯綜する。
その間に、盛田は自分の席へ戻って行った。
(役に立たない優しさは弱さでしかない)その背中をボーっと眺めながら呟く本田。
(でも…それをすれば俺は俺では無くなると思う)(心が痛む)
出海奈が教室へ入って来てはほぼジャストなタイミングで《キーンコーンカーンコーン♪》と島中にチャイムが響く。
雨のせいか、音が割れて…。
(ん)(なんで)(なんでこの島って防災無線あるんだ)
(災害来たら詐欺でも何でも投げ出して逃げろって事か)
(いや違う監視役や生徒全員の災害時の処理はこの広くて校舎とコンビニ、フェリーしかない島では避難はかなり厳しい。)
(しかも静岡は南海地震も懸念されている場所だ)(上層部だけ逃がすための無線か…)
本田は自問自答で納得する。
出海奈から僅かに遅れて笹井も教室に到着し、後方から本田の隣の席に座る。
「さて、五月ももう終わりの週だ。よくここまで一組は犠牲一人で生き残った。授業をはじめるぞ」出海奈がにやりと微笑みながら言っては、『起立―礼―』といつの間にかできた日直のようなシステムで一人の女子生徒が自主的に声をあげる。
『お願いしますー』授業態度が他クラスより比較的悪かった一組の…進歩だ。




