FILE66『警報』
(だけど俺は星野の事情を知ったとこでどうしたいんだ)
(触れるほどの価値はあるのか…?価値…?)
本田は下を向いて硬直する。
自分の今までになかった思考回路に心臓の鼓動も早くなる。
「本田くん、ちょっと最近辛い思いしてるんじゃない」隣から教室を眺める笹井が、本田の横顔を見ながら問いかける。
「え」笹井の顔を見るが、「最初みたいに子供のような反応、しなくなったじゃない、?そんな顔しながら、余裕無いんじゃないの」と追い打ちをかけられた。
「…」図星を突かれたせいか、わかりやすく本田は何も答えられない様子だ。
「私はただあなたに嫌がらせがしたくてリーダーをさせたんじゃない」
笹井の言葉に、本田は「情報収集」と即答で返すが、「…そうだけど、私を支えられるのは、あなた――――。あなたを支えられるのは」と言いかけて、笹井は腕を組みながら何処かへそっぽを向く。
「…はー」本田は呆れたように溜息を吐き、「ただの優しい女ならそーやって女帝ぶった猫かぶりする必要ねえだろコミュ障か」と気楽に笹井にツッコむ。
そんな会話を聞きながら、 布田が「ちょおちょおちょお待ちィ!!!!!!!!!クラス委員様たち目の前でいちゃいちゃせんといてや、俺恋愛ドキュメンタリー見にこの学園選んだわけちゃうねん!」と机にタブレットを広げながら苦情を入れる。
「まあ詐欺しに来たわけでもねえけどな」と鈴木がすかさず補足を入れた。
『いちゃいちゃって!』と本田と笹井が珍しく同じ反応をするが、「嫌いよあなたの事」とはっきり笹井に言われてしまう。
笹井はその後、「私、サイトの修正盛田さんたちの手伝うから」と前方の席に座っていく。
本田は布田と鈴木の席に行き、「何してんだおめーら」と顔を覗き込む。
鈴木は「会話の文字起こしだよ、俺たち生徒同士のメンタルケアセンターみたいな役目なんだろ?だからクラス中の会話に同時に聞き耳を立てて文字起こししようぜって布田と話したんだよ」と嬉しそうにベラベラ語る。
「全員の分聞き取れるのかよ」と本田に言われた鈴木は、「おうよ!」と片腕を動かす仕草を取りながら笑った。
「俺一人じゃ限界がある。けどこの布田が結構有能でよ!バカ野郎だと思っていたら俺と案外話が合うんだよ!」布田を称賛する鈴木。
「せやせや、なんかあったらヒントになるかもなー♡《Ⅹ》はん探しの証拠に活かせたらどないする?」
布田に問われた鈴木はお願いをするように手を組んで首をやや上にあげて自分たちがクラスに大貢献する様子を浮かべながら、『翌日から俺たちモッテモテ(や)~~♡』と二人でニヤニヤする。
だが、本田は「オイそっちはどうだ」と増田や佐田、飛鳥の様子を見るために彼らに話しかけに行ってしまった…。
『聞けや(よ)!!!!!!!』
鈴木と布田のツッコミを入れる声が揃う。
「朝日たちから企画書が回ってきてな。全員で首を傾げていたところだ。内容は【わくわくどきどきメール】というイケメンから連絡が来る、と言ったサービスらしいが、ブラウザ上で直接動かすと検閲にかかる可能性があるからブラウザではユーザーに会員登録だけをさせて、メールにそれっぽい文章を何回も送りつつ、個人情報を働き盛りの世代から奪って恥ずかしい内容などが書かれたらそれを逆手に取り勤務先などに送られたく無ければ直接払えって言う戦法をやりたいと。AIの乙女ゲーは既にたくさんあるが直接メールが来るのは少ないと朝日が書いている」
増田の回答後、佐田が「でもさでもさ本田、これって若い世代を狙うわけだからリスクじゃね?告発でもされたら」と問いかけるが、本田は「…検閲の目も遮りながら金を若い世代から騙し取り尚且つ個人情報収集も」と顎に手を当てながら考える。
「うーん。朝日にしては結構考えてる案だが試運転しないとわからない…それに運営組がそのメッセージも担うのか」本田の問いに、飛鳥は「そんなの偽サイトのカスタマー役の連中にでもやらせればいいじゃん」と彼らが座る席を眺めながら言った。「メール送るだけだから手間は無いな…」と感心しつつ、「企画だけは却下せずに残しておけ」と三人に指示を出す。
パソコン組に入った茅野は、笹井に耳打ちしながら、「なんか星野さんが怖くて」と相談する。「どうして」「読めないって言うか。声は柔らかいのに、時折顔が怖いの」茅野の相談に、「盛田さんちょっと席変われそ?」と笹井が対応する。盛田は、「はッ、はい」と星野の隣に座った。必然的に盛田が隣になる茅野は、盛田をジ――ッと見つめる。
「ど、、どうされました?」
「あ、ごめんね??手元、ハンドクリーム塗ってるんだあいい匂いするなあって」
「ああ?これですか、これは御前崎のドラックストアで以前の休日に…良ければ放課後一本余ってるのでお渡しできますよ」
「本当?」
盛田と茅野の会話に聞き耳を立てる笹井。
笹井は(茅野さん…ひょっとして盛田さんを疑ってる?)と茅野を疑いはじめる。
だがその後で、(茅野さんが盛田さんを疑うとしたらどうしてかしら)と、一段深い場所まで思考を巡らせる。
《ブーッ、ブーッ、ブーッ!》
突如学園中に鳴り響く警報に、「な、なに⁉」と耳を塞ぐ星野。
本田も、背筋をびしっと震わせる。
出海奈が慌てて教室へやってきて、「誰かが学園を脱走した!お前たちはそこにいろ!」と大声で指示を出した。
「こんな真昼間から堂々と脱走するんか!?」布田も驚きを隠せない様子で叫ぶ。
「…もうみんな…苦しいんだよ…五月までの一か月で一年生から既に三人、そして今からまた死人が―――――」
志田が恐怖する言葉を言い終える前だった。
出海奈の玩具なんて非にならない、本物にほぼ近い銃声が、遠くで地鳴りのように鳴る。
《パァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン――───‼》
途端、本田が目を見開いて「ッあ゛あぁッ……!!!!」とその場で叫びながら耳を塞いで座り込む。
「ッー…はあああ…ッ゛ー…」そのやたら生々しい息遣いが教室に響く。
「ちょっと本田くん」笹井が真っ先に気づき駆け寄る。
本田の目は、ぐるぐると回っている。笹井の声掛けにも気づかない。
「どうした」
「なんや」
次に気が付いた布田と鈴木のコンビも、本田のそばに寄り「ちょゆっくり息吸ってみぃ」「こっちわかるか?」などと声掛けする。
「 あッ…ぁ…ああッ…俺がッ──────!! 」
「 い やッ !!!!う゛ッ、…あ…゛ッ…!!!! 」
本田の脳裏でずっと、銃声や血痕、ペストマスクを付けた謎の人物の姿が繰り返し駆け巡り…。
終いには、バタッ!!!と音を立て、すごい量の汗をかきながら顔を白くして気絶するように横になる。
すると異変に気付いたクラスメイトたちも、「ちょ…」と気を動転させながらも「先生呼んでくる!」と自主的に廊下を走って行く。
「ちょお…ッ本田ッ………どないして…!!」と布田が揺さぶりそうになるが、笹井が「布田くんダメッ!!!!!!」と手を伸ばしながら血相を変えて怒鳴った。
出海奈がいないため、バタバタバタバタッ!!!!と廊下を走りながら二組の皇を連れてくる女子生徒を中心とした生徒たち四人組。
「本田くんが銃声聞いて倒れちゃったって?じょ、状況は把握したわ。必要なとこに連絡かけるから、みんなはそのまま静かに待っててね」
皇はそう言うと、ジャージのポケットからスマホを取り出す。
暫くしては、白衣を着た監視役らが現れ、担架で本田を連れて行く。
『……』静まり返るクラスメイトたち。
「…なんでや?」
クラスメイト一同の言葉を代弁するように布田が呟く。
「…大きい音に弱いとか」
鈴木も憶測で呟くが、「でも最初に先生が銃を放った時は平気だったじゃない、音だって似通ったものでしょう?」と朝日が続ける。
盛田は「…銃。じゃないかもしれませんよ。誰かが殺された事に対してのトラウマって可能性も」ともう一つの可能性を提示し、笹井が、「そういえば本田くん…姉と二人で元々面識のない人の家で暮らしてたって」とボソッと呟く。
布田が、「でもそれなら最初の処刑時にこうなってても…」と疑問を口にして、クラスメイトたちが『……』と黙る。
「ねえ…脱走した子の方は?」
志田が一組のクラスメイトたちに問いかけるが、「あの音じゃ…もう」と茅野が目を逸らした。
《キーンコーンカーンコーン…》
なんだかチャイムまで哀愁が漂って聞こえる。
「…昼間に脱走する例は今年は全校を見てもはじめてだ。二年前ぐらいにあったがな。本田自身は養護室に運ばれて行った。大丈夫かはわからないが、会長が傍に向かっているらしいから一人にはならずに済む。私としてもあいつがぶっ倒れるのは衝撃なんだが…直近、何か聞いてないか」
帰ってきた出海奈の問いに、「ぇ…」「…」「なにも…」とほぼ誰も本田の事がわからずに黙る教室。
「そうか。まあ奴が帰ってからも深堀りはしないでやれ」
出海奈の指示に、『はい』とクラスメイトたちが一斉に答える。
(ねえ、本田くん、あなた一人で何を抱えて…どれだけの辛い思いをしているの…?私は一体…何割あなたの事を理解できているの…こんなのって…あんまりじゃない?自分一人で全部やろうとして…かっこよくなってる気…?)
笹井はそんな事を考えながら、隣に本田がいない自分の席へ戻って行くのだった。




