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『一組 ─今日からあなたたちは詐欺師です─』  作者: ミタラリアット
一年生 一学期 五月

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39/111

FILE39『心理を揺さぶる方法』

出海奈が教室へ入ってくる。

その途端、クラスの視線はホワイトボードに向けられた。


出海奈は「ホワイトボード消してない。見かけたら消すのが当たり前だろ」と生徒たちに言うが、自分の席で頬杖を突く朝日に「ベタ過ぎるよそのセリフ」と苦笑される。


出海奈は朝日にキツイ視線を向けつつ、「お前が消せ朝日」と命じる。


「はーい」と案外文句を言わずに立ち上がった朝日。


出海奈はその姿もしっかり瞳に焼き付ける。



「志田」朝日がホワイトボードの字を消している間、出海奈は志田に話しかける。志田は「何」と顔を上げた。



「お前、泣いたらしいな。この学園にいながら、【詐欺】をしたくないと」出海奈の言葉に、志田は「誰から聞いたの!?」と立ち上がる。



「笹井だ」




笹井は小さく頷く。



「アンタ、何でそんな報告を担任に‼」志田は怒りで目を見開きながら笹井の席まで近づき、その胸ぐらを掴もうとするが、「話は最後まで聞いたほうがいいんじゃないか?」と笹井が気づく前に本田に手首を強く掴まれる。


志田は「チッ」と舌打ちした後で、「なんでなの…」と腕を組みながら笹井に喋らせようとする。



「組織だからよ」笹井の返事に、志田は「はぁ?」と逆上した。



「志田さん?そんな風に暴力に走ったら一番に切られちゃうわよー?」



ホワイトボードの字を消した後の朝日に横から言われた志田は、「良いわよ、こんな学園出て行って公表してあげるんだから、ここにいる奴が全員詐欺師だって!!!!!」と感情的に怒鳴った。



出海奈は、「志田。座れ」と命令する。

志田は足を組みながら柄悪くドサッと座った。

「ダメだよ志田ちゃん、授業妨害なんて」と

星野に止められるが、志田はムスっとした顔で

星野を睨むばかりだ。



出海奈は笹井の言葉を引用しつつ、

「学園は【組織】だ」と続ける。


「適応できない奴から排除される。ただでさえお前らは一般から排除された存在なんだろう?そこでも淘汰されるのか、いよいよ行き場が無くなるな」



腕を組みながら冷笑も交えて言う女教師に、鈴木は「結局社会が欲しがるのは何でもかんでも言う事聞くイエスマンかよ」と吐き捨てた。



布田も鈴木に便乗してか本心か、「だから学園って教育機関があるんとちゃうか、結局はその場に溶け込める能力がある奴しか要らへんのや、個性や才能を持ち合わせたところで社会が見るのは【人間性】要はフツーの組織のフツーの輩はそんな凸した才能なんかよりいかに従順かを問うんや。従順になれる輩が【ええ子】と称されそれ以外は【精神病】とかと名付けて片っ端から捨てて金で生かさず殺さずってスタンスのまま三十年近く成長もしてこなかった国がここや、そもそも、才を持ち合わせた奴なんか一握りやけどな」とベラベラ諦観を語り出す。


茅野は「じゃあ、専門的技術を要しない普通の労働ならロボットさえいればって発想になりそうなのに、昔考えられてた程そういう機械が導入されてないのはどうしてなの」と考える。



出海奈は茅野の一言を聞き、眉をピクリと動かした。

(何、今の)笹井は出海奈の変化を敏感に察知する。



「異常なパンデミック」出海奈はそう言うと、「あったのさ、昔。大きな感染症が。…普通とは違う」と補足した。



(普通とは違う…?)笹井はその言葉をキャッチしつつ、「先生、パンデミックの概要教えてくれませんか」と訊ねた。


隣の笹井と出海奈の会話に聞き耳を立てる事無く、本田の視線がキャッチするのは前方の席の志田や後方の席の鈴木。




ギャルとヤンキーの二人だ。本田はクラス中を目線だけで見渡しつつ、(なるほど)と何かを察した。



(一組は社会から淘汰された問題児の中でも問題児クラス…成績不良や素行不良の寄せ集めって事で確定そうだな。となると二組や三組はなんだ、四組は天才児クラスだろうけど)



視線を茅野に移した瞬間、先程の《ロボットさえいればって発想になりそうなのに》という言葉が本田の脳裏を高速で駆け巡る。


(俺の推測が食い違った?いやそんなはずはない)




出海奈は笹井と暫く話す。



「――――ここまでが公に出来る情報だ」出海奈の説明に笹井は、「でもそれってその出海奈先生が言うパンデミックじゃなくてその何年か前の別のパンデミックの話題では」と指摘するが、「情報が規制されている。言論統制も成されている。そんな中で私がお前ら生徒に教えられるのは一昔前のパンデミックだけだ。」と出海奈に遮られてしまう。




(あ)出海奈と笹井の話が終わってしまえば本田は、(なんか肝心な話聞いて無かった)と気づくのだった。


「さぁ、ここからが今日の座学だ」



出海奈はそう言うとほくそ笑む。



「今日の座学の内容は【相手の心理を揺さぶる方法】だ。五月にしては少し難しい話だが、かならず役に立つ時が来る。じゃあマニュアル開け、はじめるぞ」


生徒たちは一斉にマニュアルを開くが、頑なに志田が動こうとしない。



「志田」出海奈は志田の机を二回指で叩いた。



(マズいな、志田をどうするか)



本田は亀裂の原因になりそうな所も記憶しつつ、

出海奈が何かを書くホワイトボードに目を向ける。



《心理を揺さぶる》出海奈はホワイトボードにそう書いた後、「心理を揺さぶる。この意味わかるか」と生徒たちに問いかける。


「布田」名指しされた布田は、「金を騙し取る事ちゃう?」と首を傾げながら答える。



鈴木は「もう朝七時よーって母ちゃんが言うけどまだ六時だった時とか」と具体的な例を挙げた。



佐田は「確かになるよなー、揺さぶられるわ」と鈴木の例に納得して笑う。



「いい例ではあるが、答えは違う」出海奈の評価に、鈴木は「じゃあなんなんだよ⁉」と答えを急かす。



「前も嘘の吐き方でお前らに教えたな。【前提】。心理を揺さぶる時も同じさ。何かを考える時、人は経験や情報から判断する。それが【前提】だ。」




出海奈の説明に、星野は「思考…じゃないんですか」と問いかける。



「じゃあ極端な話だ、赤子は思考するか」



出海奈からの質問に、朝日が「いやするでしょ、これが欲しい、とか、眠いーとか、必要なことで意思疎通を取りたいって思考する。だからおぎゃあーって泣くのであって」と当たり前の事を言うが、出海奈は首を横に振る。



「それは深く考えてみない場合の一般的な解釈だ。否定はしないがな」


「朝日。ここは私の考えでしかないのだが。私は少し一般論に逆張りして敢えて"違う。"と今から提唱してみる。赤子が笑う理由は親の声に反応しようとして言語習得前の唯一のコミュニケーションを図ろうとしているだけだと。泣く理由も同じ。」


「つまり赤子の世界は全てが"受動的な行動"だ」


出海奈の説明に、鈴木は「俺らだって何かを聞いて、何かに答える。受動的な行動だろーが⁉」とツッコミをするが、「でも赤子にはできない唯一があるだろ。それは提案だ」と静かに遮られる。



「はぁ?提案?」鈴木はサッパリ理解していない様子だった。



(もはや大学ですら習わないような域に到達したな、これ。生物学?哲学か?教授が専門的に研究するようなやつだろ、)と欠伸をする本田。



笹井に小声で「集中しなさいクラス委員でしょ」と言われてしまった。



(俺はそんなのやる気無かったんだけどー)と本田は呆れつつ、とりあえずで授業を耳に入れておく。



「お前たちはいつから思考をはじめたか覚えているか」



出海奈の問いに、茅野は「ンーいつだっけ、物心ついた頃にはもう」と思い出せない様子を見せる。



本田はチラリと遠くの席の朝日を見るが、もう興味が無い朝日はスケッチブックに絵を書いている様子だった。


朝日の親友である小太りの榎本が、「はいッ、三歳の時には既に話していたので三歳だと思いまーす‼」と声を張り上げながら手を挙げる。



出海奈は「フッ」とその小太りを鼻で笑いつつ、「【前提】を確信した時だ」と答える。



榎本は「違うんかい‼」と落ち込んだ様子で手を下ろした。



「人間は産まれてから数年は信頼できる【前提】が無い。だから赤子や幼児は自由奔放で動き回る。」



「その過程で注意された事や失敗した事を覚えて【前提】を組み立てながら人格を形成していく。よく言われる五歳までに人生が決まるって言うのはそういう事だな。」


出海奈の議題に、興味を持たないのか、聞き流しつつボケーッと何かの思考に浸り、窓を眺める本田。



(前提を組み立てながら人格を形成していく、か。)



だが窓の外には桜の花びらが儚く散って行った後の切なげな木しかなかった。



その隙間から隣の校舎が見えるくらいだ。笹井はその本田の横顔を眺めつつ、(…意識なんてしたくないのだけれど)と心の中で呟いた。



「じゃあどうやって意識を揺さぶればいいか。それは他人の判断の前提を崩す事だ」出海奈はホワイトボードに大きく書かれた【前提】の文字に【を→崩す】と書き加えた。

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