FILE22『桜と、取り戻せない時代』
この後、四月の最終日。
一組の生徒たちは前日まで出海奈の座学を受けつつ、
通常通りの詐欺を続けていた。
その間も、盛田が自室にやってきて念入りに話し合いをしたり、どういうわけかⅩの噂が隣のクラス…その隣のクラスにまで広がったり。
『Ⅹってお前だろー』という具合に、ミーム的な流行をしていた。
これは本田にとっては好都合の流れで、
勝手に全員で疑いあっててほしい、
と本人は思っていたのだが、どういうわけか廊下中に
【Ⅹを捕まえた奴には懸賞金】とまあ高校生らしい張り紙がAIで作らされていたり…
まだ終わってないんだな。という事を実感させられた。鈴木なんか、『朝日や榎本、福川の女子三人組がⅩをやってんだよ‼』と指さして怒られては、、「じゃ、じゃあこいつだ!!!!」と推理ショーもどきのような遊びをしている。
自己保身の面では本田にとっても
鈴木がバンバン『こいつだ‼』とたいした
根拠なくしてくれるのは助かるが、
行き過ぎるとクラスの分断が加速する。
一組のホワイトボードにだって、
右上に【Ⅹ捕まえた奴には懸賞金】と
誰が作ったかもわからないポスターが掲載されている。
本田が推測するに、生徒会長のさくらを筆頭とした
生徒会の悪乗りだろう。で、なければ
三百万なんて大金をパッと出せない。
次に二年か三年。
まあ、会長自体はもう知っているので、
本田を捕まえたところで、意味はない。
直接生徒会の下っ端二人が直接接近しない限り、
ほぼ彼ら二人は覆面Ⅹの正体を伝達されていない事になる。
本田にはここまで読める。
(にしても、さくらから来た〈見つけた〉の四文字だ…)
本田にはどうしても〈覆面Ⅹを見つけた〉という揶揄には見えない。
どういった意図が背景に隠されているんだろうか?
そんな事を朝からだらだらと考えていれば、
笹井が「ごきげんよう」と隣に座る。
「あー」本田は棒読みで答え、視線は本へ。
「なんであなたってもう古の産物みたいな〈紙の本〉ばかりを読むの」
「ここのマニュアルだっていまだに紙だろ」
ごもっともな本田の返しだが、「高校生で熱心に紙のの文庫本を読んでいる子ってあなたぐらいじゃない?だって私、この学園に来たばかりの時、【図書室】がある事自体に驚いたもの。」と笹井が疑問を抱くと、「はー」と本田は溜息を吐く。
「わかってないな」「なにが」
「WEBで読めるのは、検閲、検閲、検閲。少し過激な表現や性的描写が入っただけで削除対象だ。」
「昔は紙の本が検閲対象で回収されるなんてドラマが作られたらしいが、実際検閲がはじまってからというものの、法律厳守でフィクションのように図書を燃やされるなんて事は簡単に起きない。」
「となると何が起こるかって、WEBでは政府などに配慮されたどこもかしこも同じような作品で埋め尽くされた創作物が蔓延するのに対し、紙の本はイベント等で売買すれば直接手売りして検閲を免れる事が出来る。」
「なぜなら個人や任意団体の独自主催のイベントにまで政府や日本軍が介入している余裕が無いからだ。となれば精度の高い情報や読書後の満足感のある本は紙に集中するのも明白だ、お前だって一切読まないわけじゃないだろ」
「ええ…」本田にあっけなくまるめ込まれる笹井。
「でも、周りは殆ど電子ばかり…私も含めて最近は文字を書ける子自体が少ないもの。ひらがなを書けたら大学の専門的な古文の学習をしたのとほぼ同義」
「らしいな」タブレットやスマホばかりを操作している周りの人間を見ながら本田は呟き、「だから盛田がペンなんか渡して来た時、おかしいとは思った」と少し遠くの席に座る盛田に視線を向けて続ける。
「カメラ、それにマイクだったのよね…?なんでそんなものあなたに」
「俺がⅩの標的だから守ろうとしてくれていたらしいぞー。襲われたらいつでも彼の姿を捉えられるようにって」
とってつけたような理由を作り、笹井に棒読みで言う。
笹井が「でもその場合。時系列変じゃない?入学してすぐ渡してきたんでしょ、Ⅹの話題が出る前よ」と違和感を覚え、はっきり目の前の本人に突き付ける。
「すごいよなー盛田って、クラス全員の味方になるために身体張ってるんだからー」
本田が少し大きい声で言っては、遠くの盛田の耳がぴくっと動く。
朝日が、「何話してたの?」と興味を持ち、飛鳥も「教えてくれよ!盛田は英雄なのか?」と野次馬のように便乗する。
本田はベラベラ楽しそうに彼らと適当な話をはじめる。
笹井はその様子に「…」流し目を向けた。
そうやって生徒たちが話していると、
茅野が「先生遅れるって」と職員室に出海奈を呼びに行っていたのか、クラスメイトたちに呼びかける。
するとクラスメイトたちは静かに席に座った。
「あら?四月の最初よりなんかスムーズじゃない」「お前の管理能力のおかげだろ」クラスメイトたちが席で近い人と話をする中、笹井と本田も例外では無く会話を続けていた。
そこでしれっと本田が、「お前ってどうしてこの学園に来たんだ、守ってくれって俺に言うぐらい危ない状況で」と再度聞いてみる。
やはり気にはなっていたが、詐欺や調べものの日々でなかなか時間を取れなかった。
「あなたこそ何しに来たか聞きたいわよ。勉強したいなら普通に通信でも定時制でも選択肢はあったでしょ。」
まさかのカウンター。本田はボーっと考えつつ、
「行ける高校が無かった、入れてくれる高校も。」と答える。
「え」笹井は目を丸くする。
「でも、偏差値が三十程でも高校くらい」
「日数足りなくて、それに俺の保護者の財力も」
「保護者…?えっと、不登…」
「だって勉強ついていけないんだもーん」
笹井に恐る恐る聞かれ頬杖を付きながら怠そうに言った後、「結局お前はなんで来たんだよ」と本田はジト目を向ける。
笹井は本田の問いに答えず、「あなたの場合、やれば出来るでしょ…」と絶句するが今は聞けないとわかった本田は窓の外の散った桜の木に目をやって欠伸をするばかりだった。
「すまない、遅れた。十五分遅れか。一人当たり今日の収益の三割の額の加算を付けておくから許せ。他クラスの担任らと今月分の合計額、もう振り込まれた分も合わせた分も含めて計上したが、ぶっちぎりで一組がトップだ。二位のクラスと二百万の差をつけている。よくやった」
出海奈の報告の後、クラス中に拍手が流れる。だが一人だけ、(人から騙し取った金でよくそんな風に)と本田だけは同類になりたくないと思っているのか栞が入った本を横に置き、机に顔を伏せて眠っているフリをしていた。




