FILE20『初歩的な手品』
笹井の部屋。笹井も独自に調べものをしていた。
(タブレット端末で電話番号を取得する方法)
調べた結果、IP電話アプリなら可能であることが判明したようだ。
(いや…でも、タブレットなんてかなりの生徒が持ってる)と頭を悩ませる。
(でもこの学園に入学する場合、かならず持ってきた《全ての端末》に学生証アプリが入れられるのよ…それはタブレットも例外じゃない)
腕を組みながら考える笹井は、(事実、タブレットぐらい私もあるし)と自分のタブレットPCを注視する。
その時、「待って」とラビィの着信履歴を見て、
何かを思いつく。見落としていた何かを。
そこはアカウント名が並ぶ友達一覧。
何年何組、〇〇と学園全員の顔と名前が掲載されていた。笹井のトークの一番上は、三年一組 渡邉ケイとなっていて笹井が何回連絡しても既読無視状態だ。
笹井は、恐る恐る、その表記名を、《ケイ》に変えてみる。「⁉」出来てしまったのだ。
アカウント名の変更を、成し遂げてしまった。
「嘘…」笹井は口を両手で覆った。
その後、急な動悸に襲われる。
(でも、何で?何で?必要が無いじゃない…こんな機能、どういう事よ)
笹井の混乱を他所に、
茅野からのラヴィの連絡は鳴り続ける。
「はぁ…はぁ…」眩暈に額を抑え、
倒れるように体勢を崩す。
(まだ…まだ…仮説…でもこの場合、Ⅹは確実に【味方】じゃない、私たちを利用する場合があるんじゃないかしら…)
笹井の鼓動は最高速度で加速していく。
そして気持ち悪くなったのか、ベッドに寝転んだ。
茅野からの連絡にも恐怖する。
『ねえー笹井さーん、夕方まで暇?勉強会しないー?』
ラビィに入った留守番電話に息を呑みつつ、
笹井は電話を手に取る。
「ええ…良いわよ」
茅野の誘いに暗い声で乗る笹井だが…。
口角は緩み、まるでその状況さえ
《逆利用してやる》ような、
強者の笑顔を纏っていた。
そして日は暮れ、島も街灯に照らされた頃。
とある一室では、スマホを開き、
何かの作業をしている人影があった。
制服が置き去りにされるも、
影で男子か女子かはわからない。
カーテンも閉まって、
生徒寮かどうかも伺う事が出来ない部屋の一室では
謎の人物が【動画編集】をしているかのような姿があった。
謎の人物は、何者かと《もう一台のスマートフォン》で連絡を取り、「ええ…わかりました。それでは、〈近いうちに〉」と、平均より少し高い、男にも女にも聞こえるような【中性的】な声質で話すのだった。
同日の夜七時頃。
鈴木、増田、布田の三人は闘技場の前にいた。
「三人で今までの俺らの稼ぎ分持ってきたけど大丈夫やろか」と布田は問いかける。
「大丈夫だろう、五万もあれば増やせる」
増田もスマホの画面を見ながら手元の資金を数える。だが、監視役が後ろからずっと眺めていた。
鈴木が、「オイ、前も後ろも厳重警備だぞ」と二人に言う。
「よっしゃ、突撃やああああ‼」布田が茂みから飛び出し、闘技場へ駆け出す。白衣を身につけた全員分の監視役らがゆっくり後を追った。
だが、男子たちは闘技場を警護していた上腕二頭筋がやたら発達している日本人の男に、「貴様らは利用することが出来ない!!!!!」と門前払いをされてしまう。
増田が、「なぜだ。闘技場は汝らのものでは無いだろう」と高校生らしからぬ堂々とした態度で問いかけるが、警備役は、「貴様らはまだチュートリアルを終わらせて無いだろう」と渋い顔で伝える。
「ちゅーとりある…?」と布田は誰かを思い浮かべながら思考を停止させる。
「チュートリアルっていつ終わるんだ、いつから行けるんだ」と鈴木が睨み付ける。
「…さあ、ある一人のクラスメイトを除いて、全員【一年生の六月】に至るまでは使用不可だ」と警備役が答えた。
『鈴木‼(増田‼)(布田‼)』三人の監視役が同時に声を挙げる。
『あ』と振り返る男子三人。布田は目を見開きながら、「ちょお待ちィ、俺たちは捕まってまうんか‼」と手を伸ばし、戦闘態勢と言わんばかりに、何かで見たのだろうジークンドーの構えをする。
「ちょ、勘違いしないでくれ」布田の監視役の男が慌てる。
「とりあえず、こんなところでそうやってると本当に捕まりかねないから、生徒寮に帰ろ?」布田の監視役の言葉に「それもそーやなー」と布田が頭の後ろで手をクロスさせながら呟く。鈴木と増田も、つまらなさそうに後に続いた。
一方で、本田の姿は生徒寮前のベンチにあった。
「…あら…本当に来てくれるとは思いませんでした」
さくらの耽美な笑みに、
まるで周りで薔薇が散るような可憐さを感じる。
本田は、さくらと顔を合わせながら、
「用件はなんですか、会長様が自ら来るなんて」と問いかけた。
それも、かなりさくらを警戒している様子で。
「いいえ、母校の情報と、卒業アルバムの情報が一致しなかった、存在するはずの無いあなたが、一体どんな方なのか、最初以来話していないものですから、観察したくなりまして」
妖しく笑うさくらに、影が覆う。
「お部屋まで案内してくださる」
本田はさくらに言われるがまま、部屋に彼女を招き入れた。「へえ、随分片付けられた部屋なんですね」
本田の部屋を見渡すさくら。
本田は「物が多いのがどうも苦手で」と答えた。
二人とも、目線に違和感はない。
「…覆面Ⅹ」さくらは呟くと、「いるんですって?あなたのクラスに。クラスを乱そうとする不届き者が」と続けた。
「クラスを乱すなんてまぁ物騒な方ですね、そのⅩとやらの正体探り、私が手伝って差し上げましょうか」
さくらの提案に、本田は「いや。これは俺のクラスの問題だ。それになぜお前がそんな事を知っている?」と彼女を睨み付けた。
「…覆面Ⅹは茅野さんだと、思われますか?」
さくらは本田の問いにも答えず、口元を緩め、
ひとつずつ果実を齧るように、
本田の顔、声色、目線、
その全てをフルコースを堪能するように味わう。
本田は目線を泳がせることなく、「嗚呼」と頷いた。
「…そうですか」
さくらは静かに表情を暗くさせる。「?」本田は目をぱち、と動かした。
「では次にあなたが私に頼む事は、茅野さんを特例生徒ということにして申請してくれ、ですよね」
やたら勘が良いさくらの問いに、「え」と本田は動揺する。
「あなたはもう気づいているんでしょう?」
「一人だけ収益が増えたり、チュートリアル前にカジノに行けたりする特別な生徒、〈特例生徒〉がいる事に」
そう言ったさくらは、本田に、「今日私があなたを呼び出した本題はこのご提案です。」と続ける。
「監視役が言ったんだ。カジノに行ったらどうだって。わざわざ俺に言うなんて何かあると思って収益を調べて口座の振込を確認したら俺だけ二千円程加算されていた。だから会長は俺を…特例生徒に」と推理する。
「ご・名・答♡」
さくらは煽るように言った後、「では、あなたの想い通り、〈覆面Ⅹ〉としてクラスを工作している可能性がある茅野さんを…特例生徒として正式申請します」と無邪気に状況を愉しむ。
一口、また一口。どんな高級料理よりも美味しい、本田の反応。
さくらは、「では」と本田にお辞儀をして立ち去ろうとするが、振り返り、本田の耳元で呟く。
「…その程度で私を欺けるはずないでしょう、〈Ⅹ〉本人さん」
さくらはベッド下の〈スマートフォンの光〉を見つめつつ、「まぁ、黙っておいてあげますわよ」と彼の弱点を握れて嬉しそうに本田の背筋に指を這わせながら呟いた。
「…はぅ゛ッッッ!」
背筋を指でなぞられた本田に、ぞっと寒気が襲う。
「ぇ、ぁ、え…」状況を理解するまで、数秒かかった。
さくらは、「せいぜい、私に食べられないように気をつけなさい♡ か、わ、い、い、坊、や?」と本田を煽りながら立ち去っていく。
ドックン。 ドックン。 ドックン。
本田の鼓動が早くなる。
(茅野が学園側の裏切り者である可能性はわかっていた…だが…佐田にはどうしても黒塗りは出来ない、盛田を泳がせ無ければ何とかなったかもしれないがその場合、俺に横槍が行く、笹井の自作自演にするなんて馬鹿がやる事!!!)
(…あの場で、あの状況で、次点のⅩに出来たのは茅野しかいなかったんだ…どういう事だ…!???まさか…本当にさくらは茅野と繋がっているのか…?)
本田はすごい勢いで思考を巡らせ、何が間違っていたのかを探し続ける。
ベッドの下から取り出す、《もう一台のスマートフォン》。
《050》自分に来たⅩからの着信として見せた画面は、ラビィを介さずにさくらから送られて来た《060》の電話番号を、テスト時の《050》の電話番号と【登録名義】を入れ替えただけの《初歩的な手品》。
《050》と記載された着信履歴をタッチすると、実際には、《060》からはじまる電話番号で表示されていた…。
本田は、未だにさくらに触られた背中をゾクゾクとさせる。




