FILE106『生と処刑の狭間で僕らは今を見出す』
「怨恨」出海奈はホワイトボードに書いた文字を指揮棒で指しながら言った。
「こうやってみると怖い漢字やな」布田がそう言うと、鈴木が「祟って来そうだ」と漢字を見ながら考える。
「要するに、人を深く恨み、その恨みを継続することだ」
本田はマニュアルに目を通す。科目がぎっしり。
この中から数点選び毎月の単位を達成していくと四月のページに細かい字で記載がある。
「─────詐欺及び学園生活においてこの感情は、不要だ」
サッとホワイトボードイレイザーで字を消す出海奈。
「寧ろ必要なのは【安心感】を与える方だ」
「もし固有人物や概念に怨恨のような感情を抱いている人間がいるとするのなら」
「その感情を」「捨てろ」
出海奈の発言に、本田がピクリ、と出海奈の表情に視線を向けた。
その反応を、笹井は見逃さない。
あるという事だ。
どうやらこの男にも心当たりが。
志田がゆっくり口を開いた。
一同の視線が、以前持っていた太陽のような雰囲気を失い、最近窶れている志田に向く。
「さっき、Ⅹとの対話で気になった事がありました。出海奈先生はどの立場なんですか?生徒の味方?それとも。【光道教】の味方?なんで出海奈先生…。【光道教】を知っているような反応をしたんですか」
志田の鋭い質問に、本田が「辞めとけ」と大人しい声で止める。
「下手に担任からの印象を下げるのは、お前が負債まみれになっている今やるべき事じゃない」
志田は座る。出海奈は咳払いをした。
星野が、チッと舌打ちする。
志田の質問を止められたのにムカついたのだろうか。答えは不明瞭。
「怨恨。Ⅹは怨恨で動いてそうだったよな。なんだか。【上層部への調査】をしているⅩと関わりがあるこのクラスにいるであろう【Ⅹ】と内通している人間。つまり手駒とされている人物。少なからず、最初から【光道教】の存在を把握していたのは確実。だが俺たちが今日話したⅩが本当の【Ⅹ】かどうかは怪しい。そこまで調べている人間が影武者も立てずに話すか?俺なら教室に本物のⅩを置いて協力者に通信を仰ぐがな。」
増田の考察に、少々「…」と黙ったままではあるが表情を変える本田。
大体筋が通っている。
だが朝日は「でもⅩは本人だし手駒を教室に送ってるって言ってたわよ。それにⅩは実際に学園外にいるような音だったじゃない。学園内部にⅩがいないならメールが一斉送信されるのも本体中々見つからないのも頷けるし」とⅩはⅩの言う通り手駒が教室にいるだけだと増田の意見を批判した。
増田は、「うーむ」と腕を組み、眉を八の字にさせ、渋い顔で悩む。
だが出海奈は続ける。
「本来。この島の電波塔が学園限定で流せるテレビの放送の電波も、学園特殊のインターネットも担っている。学生証アプリを入れた途端内部情報が書き換えられ遮断される仕組みだ。学園内部にいるのがⅩの手駒と言うだけならわざわざ衛星通信を使える別端末を用意する必要があるのか。そして入学直後に私に挑戦状を叩き付けるような空メールを送る必要があるのか。そもそもなぜ私個人の電話番号を知っていたか。謎は深まる」
難しい顔、淡々とした声で情報を整理し、長々と話をした座学の場を、「本題に戻るがとにかく、今日の座学で私が言いたかった事は、【恨む】【憎む】ようなマイナスな感情は詐欺には使わないで欲しい。 【手を差し伸べる】【安心させる】前も言ったが、【寄り添う】これを重視してこれからも教室での実践を続けてほしい。」と彼らに伝え締めくくる。
榎本が朝日に駆け寄る。
「なぎさって頭いいよね」
ニコニコした目。一組で本物の友情だと思われていた志田と星野が依存関係に堕ちつつある中で、朝日なぎさ、榎本かなた、福川りなの三人は本物の絆がゆっくりと芽生えはじめていた。
真正面から褒められ、きゃぴきゃぴと仲睦まじい姿を見せる三人に少しばかり和みつつ、本田は笹井に、「ほら」と手を引っ張られながら教卓の前に立つ。
同じく指揮チームの茅野も、茶髪のツインテールをパタパタ揺らしながら二人に合流する。
「さてと」笹井が教卓の上のタブレットを手に取っては、既に出海奈が教室から姿を消していた。
「榎本さんと福川さんから意見自体は出ていた佐田くんが作った偽ネットショップ。採算かなり取れそうだから試運転してみるわよ。商品は全部実際には発送はされないし。お金も本人は支払わないけれど。個人情報を筒抜けにされてしまうプログラムを裏で同期しているからそこから資産がありそうな人間だけ名簿化しましょう」
笹井の指示に、本田は腕を組みながら下を向く。情報量と処理能力が追い付かない。茅野が印刷された紙を見ながら言う。
「今月三桁すら怪しいよね、三千…三千万って。一か月でも苦しいよ」と困ったような表情で笹井を見た後、「でも。競技祭の分の分割の振込が先輩から来る人もいるじゃない。
全額を必ずしも詐欺で稼げとは言われていないしクラス全員の分割を合わせれば十人で一千万は行くんじゃない。
請求した額にもよるだろうけど。
二年生なら五十万から百万ぐらいは余裕でしょ」と笹井は悩みながら答えるが、本田は「厳しい。初回の振込は終業式の後だ」とその抜け道も現実的に潰す。
「あれも駄目これも駄目…‼」頭を掻き回す茅野。盛田が恐怖で目を見開きながら呟く。
「死を、仲間の死を。受け入れるフェーズに来ているんじゃないでしょうか、私たち」怯えるような声色だった。
今にも消えてしまいそうで、儚い。
「この中の誰が死ぬとしてもいやだろ…」
佐田はパソコンを動かす手を止める。
増田は、「感情では全員そう。だが。盛田の言う通りだ。」と頷く。全員での卒業はどう考えたとて不可能。これから一人は必ず欠ける。
事実。前野結月が初日で死んでいる。
志田が「いいよ。みんなして返さなくて。私を処刑先に選べば負債の問題も無くなるでしょ」と肩を震わせながら呟いた。
でも、声は穏やかだ。何処かもう悟ったような温かみも含む。
本田は志田に意味深な流し目を向けた。
《なんで俺をそうやって繋ぎ止めるんだよ⁉俺さえいなくなれば全部解決だろーが‼…今回の件、悪かったのは俺なんだよ》
本田の脳裏の遠くで聞こえる、過去の自分の声。
若い。そして、その声に、甘く、優しく、格好いい声が彼を宥めるように返る。
《俺の前からいなくならないでよ、俺の気持ちはどうなるんだよ、それ。俺は君の傍にいたいのに》
八剣の声。朱雀の。柔らかく、人を心地良くさせる、ふんわりとした、声。
八剣の銀色の綿毛のような髪が、本田の脳裏でよぎる。
「ねえ」笹井が本田に声をかけた。
「ボーっとしないでくれる」
反射的に背筋を伸ばす本田。
「あッ…ああ」




