FILE105『はじめまして。私はXです。』
翌朝。教室には出海奈によってモニターが設けられていた。
「Ⅹから匿名で質疑応答の時間を設けたいと申し出があった」
出海奈の一言に、教室が騒然とする。佐田が声を裏返し、仰け反りながら動揺する。
「いや―――なんで⁉」だって本田はここにいる。本田が正真正銘のⅩ。いくら中継たって。そんなの出来ない。やりようがない。電波は学園の電波以外、通常は遮断だ。
どうなっている?飛鳥も険しい表情で、モニターを見つめる。
この場にいる全員にアリバイがある。本田は口角を緩める。これも、先を見ての作戦だ。
佐田が一番動揺している。
それも本田には想定内。
《 はじめまして。もうみなさんご存知かと思われます。私は『Ⅹ』です――――― 》
何処かで見た事がある構図。
「事前収録か?録音か?」
《 事前収録や録音ではありません。一人一問。お時間の許す限り、返答します 》
出海奈の質問にXは返事をする遅延無し。
近くでの雑音、無し。リアルタイム。
微かにキーボードの音。
モニターには砂嵐を背景に、《Ⅹ》の文字。
ボイスチェンジャー越しの淡々とした口調。
《みなさんの顔。姿。私には見えています。》
鈴木が立ち上がる。
「ボイスチェンジャーを外せ‼」
余裕のない鈴木の声に、Ⅹは静かに答える。
《要望には応じません。これは質疑応答の時間です》
笹井が隣を見る。
本田の表情は、笑み。不敵なもの…と言うより、喜び。
茅野が手を挙げた。
「あなたはAIですか」
茅野の質問に、《いいえ。実態のある人間です。》と答えるⅩ。
笹井が一歩踏み込む。
「本田湊。佐田遥。茅野アリス。盛田舞。あなたはこの中の誰かに該当しますか」
笹井の質問に、盛田と茅野が驚く。
茅野は「疑ってるの⁉」と。
盛田は「そんな、私はずっと笹井さんのそばで」と困り眉で俯く。
Ⅹは明言した。《 該当しません 》 安堵する笹井。
「でもしてたとしても言えないな、これは」
増田は鼻で笑う。実際。その通りだ。
《 いいえ。保障します 》
『⁉』 一同。驚き。
腕を組みながら、勝ち誇るような表情を見せる本田湊。
最近追い詰められていた割には───────。
ニヤニヤ、ニヤニヤ、ニヤニヤ、ニヤニヤ……。
モニターの向こうで質疑応答に応じているのは、本田湊の─────。
【相棒】だ。
《 ですがもちろん。私の意思に基づき動いている人間はいます 水面下で私が今まで指示を出してきました 彼らを処刑する価値は、私を信用しない限りあなたたちにあります 》
Ⅹの回答にゾッとするクラスメイトたち。
「狙いはなんだ?」
Ⅹ本人でありながら、今回、裏で糸を引いている本田が問いかける。
出海奈は眉をぴくっとさせた。
他の生徒と比べ、そのⅩの声を聞いた瞬間。本田が嬉しそうだったのが気がかりなのだ。
《…》
モニターの先のⅩを名乗る人物が、黙った後、ふっと笑みを零し、《狙い。それを私に聞きますか。》とこちらも何故か嬉しそうな態度を見せた。
《 いいでしょう。答えます。 私の狙いは上層部についての調査です 》
Ⅹの言葉を聞いて、出海奈は眉をぴくりと動かす。志田が「…光道教」と以前ホノカから聞いた名前を呟けば、出海奈が「志田。それはこの学園ではタ…」タブーだと言いかける。
《 ですよね。教師目線なら。光道教の話題はアウトです。この学園は宗教団体が裏で関わっています》
Ⅹがそう言うと、鈴木が「ハァ?光道教?」と首を傾げる。
朝日も、「あれキリスト―――――」と体育館の彫刻を見て思い出すが、「でも校門前は八咫鏡だぞ」と本田が言い返す。
《 ええ、違和感を持ったでしょう。【救い】のニュアンスがあるものを大抵この学園はモチーフに取り込んでいます。女神像の彫刻もキリスト教の聖母マリアではなく救済の女神です 》
本田は「…」とわざとらしく考えるような仕草を取る。
布田が、「光道教って何をした組織や、具体的に」と問いかけた。
《詳細は知りません。二千五十七年七月現在。ネット上で光道教に関わる根幹の最新の情報は入手できません。ですが私の父はこう言っていました。【まるで夢を見ているようじゃわい…】と》
最後は少し恨みも籠ったような口調でⅩが言った。本田は最後の言葉を八剣から聞いたことが無く、俯く。
出海奈が、「それ以上光道教について喋るとコンセントを抜くぞ」とⅩを名乗る人物に釘を刺す。一同は静まり返る。
出海奈が焦っていた。
あの冷静沈着で傍若無人な女教師が。沈黙が走る。
福川が手を挙げた。 その沈黙を割くように。
「Ⅹさんは味方になってくれますか―――――」福川の質問に、出海奈が嫌そうな顔をする。
わかりやすい。本田はその変化も観察している。
《 ノーコメントとします 》
画面の向こう。日本の何処かからⅩとしてこの島に語りかけている八剣朱雀。
本田湊の【相棒】。あっちもあっちで。今。調べている。この学園を。この島を。盛田が手を挙げた。
「後ろ。なんの音ですか──────。」 耳を澄ます生徒たち。
Ⅹがパソコンを打っているのか、キーボードのカタカタ音。
遠くで聞こえるせわしない人の声。
電気ケトルが湧く音。
《申し訳ございません。ノイズです。質問は以上でしょうか》
いま、この場でⅩを名乗る八剣朱雀は、後ろが少々何かで騒がしくなってきたのを境に、通信を遮断しようとする。
生徒たちは驚きのあまり、ロクに質問が出来ない。
《――――では。今回この場を設けて頂いた出海奈先生と私の協力者の皆様に―――――》と感謝を述べ場を締めようとするが、笹井に「待って」と止められる。
《質問は一人一回ですよ》ときょとん。とした口調で言うⅩ。
「あなたはこのクラスに悪意を持ってる?私たちに直接的な危害を加えようと思う?」
笹井の鋭い視線が、モニターに映る《Ⅹ》ロゴを捉える。
Ⅹは、少し間があった後で、《あなたたちに悪意はありません。協力する気ではいます。それはあなたたちが私を信頼出来たら。》と笹井に返事をする。
笹井は、「じゃあ─────」と言った後、「失せなさい」と静かにⅩに命令した。
「今後このクラスに干渉しないで。クラス委員命令よ。みんなも誰と繋がっているかもわからない人間を信用しないで」
笹井の説得に、下を向く生徒たち。
Ⅹは余裕ありげな喋り方で言った。
《 クラス委員命令ですか でも笹井さん でしたっけ あなたなんですよね 最初にⅩと名付けたのは 黙ってメールをゴミ箱にでも入れておけば良かったのに 》
うッ、と言葉を詰まらせる笹井。
《では、失礼します》モニターの電源が落ちた。
「これ」「Ⅹを逆利用できたりしないか」増田の思いつきに、「どうやって」と本田が問いかける。
「Ⅹに選ばせるんだよ。この教室の運営権を全てⅩに与えるんだ。あっちは工作員だろう?こんなの、じゅるじゅるで飲む」
だが鈴木が「今日初めて対話できたんだぞ。俺たちから連絡取れねえよ」と頭を抱えながら嘆いた。
本田は、佐田に流し目を向ける。
茅野が立ち上がり、判断を仰ぐ。
「時間が無い。どうしよう、笹井さん。志田さんの負債を稼げる道を闇雲に探すか。Ⅹの作戦を飲んで犠牲を出すか」
時間は二週間も許されていない。
「…本田くんと相談するわ」笹井が本田を見つめる。本田は「嗚呼。」と頷いた。
出海奈が腕時計を見ながら、「時間が押された。今日の座学を行う」と教卓の前に立った。
ホワイトボードに字を書く。
【怨恨】
「今日は、人間の恨みは怖いと言う話だ―――――」
号令。起立。礼。着席────────。




