FILE103『魔王、飛鳥平賀の目論み』
「…はあ」腕を組みながらホワイトボードに凭れかかり、教室全体を見渡す本田。
溜息。極限状態。星野がⅩを求めた声を思い出す。
《こういう時に学園に抗う為の工作員でしょ⁉》
皆、今まで散々クラスをかき乱してきたⅩに縋りたくなる程に、先が詰まっている。
(笹井に手は汚させたくない)だが、本田もさくらとの取り引きを抱えている。
自分が何かをしなければ、笹井すらこのクラスは失う。それは避けたい。
本田はチラッと盛田を見た後に、茅野に視線を移す。
「んもー‼パソコン貸してよ‼佐田くんAIのプロンプトの打ち方下手‼」
(特例生徒。今思えば笹井に付与してもらうべきだったんじゃないか)
後悔する本田。今更、遅い。あの時。自分がⅩではないと誤魔化すために仕掛けた作戦が、今になって自分の首を絞めつつある。
笹井が少し遅れて帰ってきた。
「何してたんだ」その問いに、「トイレ寄ってただけよ」と笹井は答える。
「そうか」正面を見る本田。
その後も指揮役として巡回。困っている生徒には笹井と本田、茅野でアシストに行きつつ、暫くしては、今日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
出海奈が帰ってくる。
「…オイ」
明らかイラついた態度の出海奈。声が低い。
「…五十万も稼げていない。それどころか今日の収益。二桁すら怪しい、どうしたお前ら」
今まで投資サイトで無理矢理運用してきただけあって、《本当の実力》では一組はかなり遅れている。
本日分の収益──────。【九万以下】
現実的な数値だ。
厳しい。志田の負債の三分の一。
約三千万をクラス全員で先輩に一括払いをしなければならない。
つまり、一試合目で負けた生徒にとっては、自分に先輩からの分割払いが入ってこないわけだ。
収益を得ても、すべてが志田の支払いに回される。
生活費がカツカツになる。電気水道ガス、学食は無料だが。
出費はどうしても嵩む。女子だったら更に地獄を見るはずだ。
「お前たちはもっと出来たはずだ」出海奈が教室を出ては、「…」雰囲気が一気に最悪になる。
一同、会話もせず退散する中。
本田が帰る後ろ姿を、出海奈が止める。
「本田湊。楚々辺理事長が直々にお呼び出しだ。拒否権はない。行け」何か重大な予感がした。
楚々辺のもとに向かう本田。さくらの姿はない。
「失礼します」しっかり話すのは。初…だろうか。
「…」「…」互いに見つめる。
沈黙。楚々辺は口を開いた。
「…今回呼んだのは他でもない。勧誘だ」話を切り出す楚々辺。本田は「勧…誘」と小声で繰り返す。
戸惑った様子だ。
「私は君に才能を見出している。娘のさくらが君にゾッコンでね。私は君をこのままタダの高校生で終わらせたくないんだよ。─────生徒会」
楚々辺はジっと本田を見た。品定めの目。
「学園の生徒の最大権力。興味はないか?次期生徒会長に」
本田は勘付く。このタイミングだ。楚々辺が飼いならそうとしているのか?
「─────光道教の理念。【救済】。君は祝福を受けるにふさわしい。女神様のお告げさ。どうだ。君も」
「光道教…」
本田が楚々辺の話を聞いて呟く。
「でも、あの日の教祖様に近い者を君から感じる。優しさ。正義。他者を守ろうとする真っ直ぐな姿勢。これはまさに光道教向きの─────」
本田は下を向きながら拳を震わせる。
怒りを必死に堪える様子。
楚々辺は薄ら笑みを浮かべる。目を細くするように。
「…怒ってるのかい、私は君の価値を見出しているのに。君を光道教に欲しい。いずれ君を光道教の教祖様の理念に基づいた指導者とし―――――」
「…ふざけんなよ」
言い終わる前だ。
楚々辺が言い終わる前に歯を食いしばりながら耐えていた言葉が、本田から漏れる。
「人を選別して、騙して。多額の献金で壊し、命までもを奪い、政治家とも結託して、国家権力を狙っているような組織が、救いを、正義を語るってなんだ」
敬語も外れ、苛立ちどころか、狂気すら感じられる声。
本田は楚々辺の首に手を伸ばしかけるが、楚々辺にバッと腕を強い力で掴まれる。
「君もそうやって私の命を奪おうとしているじゃないか…君の考えている事も選別じゃないのかい?静かに救われればいいものを、なぜ拒む」
楚々辺は立ち上がり、本田を壁に追い詰め、逃げ場を阻む。
「どうする。本田湊。なぜそこまでして君は光道教を拒絶する?救いの対価に献金するなんて…当然だろう?いくら女神であれタダでは救済なんてしないさ。壊した?ははッ、光道教のせいにしないで欲しい、壊れていった?そいつらが、ただ【貪欲】で救いに対し【意地汚かった】だけだろう?自分の身の丈をわきまえない救いを求めれば、そりゃ当然。バランスが崩れるさ」
本田はサッとしゃがみ、隙間を作り、そこから俊敏な動きで楚々辺と距離を離す。
「ここまで来なさい。本田湊。君は――――」
楚々辺はニヤニヤとした顔を浮かべる。
本田の弱点を明確に剥き出していく。
光道教に従え。
本田にとってその言葉は、ただの尊厳破壊だ。
その上、優しさや、正義を、【素質】と語った。
本田は冷静さを取り戻しつつ、息を整える。
「嫌ですよ、絶対」
反抗心。
「でも生徒会は、君も動きやすくなるんじゃないか?また興味が出たらいつでもいい。私の娘にでも言ってくれたまえ」
理事長室の重たい扉が閉まる。
《優しさ。正義。他者を守ろうとする真っ直ぐな姿勢。これはまさに光道教の――――》
楚々辺の言葉を脳内再生しながら、本田は生徒寮のベンチで蹲る。
夕焼けの快晴。疲れ切った様子。
「…本田」たまたま自販機でジュースを買っていた私服の飛鳥が隣に座る。
「…」本田は飛鳥に目も向けなかった。
「…Ⅹ。どう動くんだ。次」真剣な声色で言う飛鳥に、「実のところ。もう動きたくないのが」と呟きかけ、続きを消すように言葉を終わらせた。
飛鳥は本田を見つめる。
「なあ本田。話があるんだ」飛鳥に呼ばれ、そのまま彼の自室に入る本田。
「…背負わせてくれないか」飛鳥からの頼み。「背負わせる?何を」
本田が顔を上げては、飛鳥が「お前の重荷の、半分」と答えた。
目を逸らす本田に飛鳥は続ける。
「言っただろ。俺は千年の眠りから目覚めし魔王だって」
飛鳥のいつもの厨二ムーブの言葉に、「黄龍の佐田と─────俺が使い魔如きにされてるんだっけ」っと瞬きをしながら思い出す本田。
「そうだ、ホンダ・ジュネリック・ジュリアス。…俺の提案、飲んでほしい」
飛鳥は紫の髪から、暗い赤の目を本田に向けた。
「─────」飛鳥が本田に何かを伝える。
「俺は自称魔王だ。」
「出来る」
本田は下を向きながら、キュッと飛鳥の服の裾を引っ張る。
「そんなリスク、抱えなくていい。いや、ダメだ。俺はやらせたくな──────」
飛鳥は本田の頭をそっと撫でた。
「…聞いてたのか」本田は飛鳥に問いかける。
飛鳥は、「最初だけ、ね?たまたま通ったから」と答えた。
部屋に沈黙。
「でも俺は、やっぱりお前を」
本田の手が、少しだけ震えた。
「───────どうせ死ぬなら、俺は最後まで付いていきたい人に付いていく!」
飛鳥の覚悟。
七月のエアコンの風に揺れる両者の髪。
「これが俺の答えだ」
どこで覚えたかわからない謎ポーズ。
本田は玄関前で振り返る。「死ぬなよ」とだけ。
飛鳥は口角を緩めた。
「当たり前」
その後。飛鳥は、ボーっと一点を見つめる。
(…決めたんだ、高校で、強くなるって)




