FILE102『本田は……』
笹井が教卓に置かれた学園からの赤い封筒をぺリぺリと開けた。
「ンだよ、そのデスゲームみたいなふざけた封筒は。俺たちを茶化す気か」
鈴木の言及で、生徒たちは封筒に目を通す。
笹井は、「出海奈先生が、さっき置いて行ったわ」と続ける。
その後、深刻そうな表情で、封筒の中身を取り出す。
「気色悪――――‼」
黒い背景に、赤い目玉のイラストのカード。
鈴木が片手で口を塞いだ。
趣味が悪い催促封筒みたいな、アレだ。
本田は、「…」と封筒に流し目を向ける。
星野が、「内容…は?」と呟いた。
「七月の終業式までの二週間の期間で――――。」
「競技祭の結果はクラス全体の責任。志田せつなの負債の、三分の一の支払いを先輩に一括で済ませなければ、学園裁判とは別に、また一人。無関係の人間が死ぬ」
笹井が淡々と読み上げる。「…どういうことだ?」飛鳥が机を叩いた。
「…三分の一の額。三千二百六十七万」
本田がザッと暗算し、クラスメイトたちに伝える。
一同、騒然。
「一千五百万に一か月でギリギリだったのよ」星野が頭を抱える。普通に考えて、無理だ。「これはもう、誰かの死を受け入れろ、っちゅー事なんちゃうか」
布田も諦めかけている。学園からの欲求が過激だ。
この七月。ただでさえ一人は死ぬ。
死ぬのだが。この学園からの欲求に応えられなければ。もう一人犠牲が出る。本田は焦る。脳内が騒がしくなる。
ひょっとして、競技祭前まではまだ前座だったとでもいうのか?
こんな趣味が悪い封筒まで用意して。
デスゲームだとでも学園は言いたいのだろうか。
「…助けてよ」星野の手が震える。
「こういう時に学園に抗うための工作員でしょ⁉もうⅩでも、敵でも味方でも、誰だっていい。人がもうこれ以上死なないように、誰も不幸にならないように、助けてよ!!!!」
絞り出すような星野の声が、本田の耳には痛い。
だが朝日は、(記録表に悪口を書いて志田さんを不幸にしたやつが何を言っているんだか)なんて思うものの、成長している為、口にはしない。増田が楽しげに笑う。
「ふははは、俺でいいぞ、この極限状態。楽しくなってきたじゃないか。思ってたんだ。今までやけに教師も。条件も。罰則も、【甘い】と」
増田に視線が集まる。
『⁉』
「目標額。達成出来なかった場合の処刑は俺で良いと言っている。嫌がっている人間を処刑する程、良心が欠けたクラスじゃないだろう」
手の仕草を交えながら語る増田に、本田は「諦めか」と増田に問いかける。
増田は笑みを含めた。
「違う。俺は今じゃない。未来を見ている。欠けてはいけない位置を処刑するぐらいなら俺でいい」
増田の交渉に、今まで増田との交流が深かった鈴木が、「バッカヤロー‼テメェも欠けちゃなんねえ一組の一員なんだよ‼」と片手を広げながら叫ぶ。
「え」と振り返って驚く増田。増田も増田で、何か事情があるのだろうか。
鈴木は続ける。「俺は。誰も処刑なんかさせねぇ‼」不良あるある。仲間への恩義は厚い。
だが、本田は冷酷だ。
「…悟る前に。発狂する前に。条件聞いたら手動かせよ」本田にしては静かな声。冷えていた。「道なら、俺が模索する」
本田の本気の眼差しを浴びる一同。
「…ンだよお前。情けないように見えて」
「使えねェように見えて」
「能ある鷹は爪を隠すってか」
「かっこよかねぇんだよ」
鈴木の絞るような声の後で、笹井が「作業を続けて」と言い切った。
『…』黙々とまた作業に戻る生徒たち。
AIキャラという体で、ユーザーを騙していくカスタマー組の代表の盛田が、「…これ。効率が悪い。本来課金アイテムが要らない仕様。当然ユーザーは無料で楽しむ。勿論中には大量のチケットを求めて購入するユーザーもいるけど、母数に加えて、三割。」と報告する。
新サービスに溢れ出るようなアプリユーザーと、対応パンク。
本田のBOT試運転からプレイしているユーザーたちが、【高性能になった】【会話が成立する】などと噂し、ユーザーが増えて来たのだ。
野良アプリだろうと、ユーザーさえついてしまえば信頼される。
開発チームの佐田が、「今、大手ネットショップの偽サイトを立ち上げている。同時運用。 ユーザーがアカウントを登録してクレジットカード情報を入力した途端に学園の銀行に振り込まれる仕様にした。少額ずつ。気づかれるまで。少額案件じゃないと警察が動いちゃうから。いいよな、本田。」と本田を呼ぶが、本田は佐田の後ろに立ち、「佐田。サイトの挙動が不自然」とだけ伝える。
「茅野、頼むちょっと佐田についてくれ」茅野は、「ラジャー」と答え佐田の傍に行く。
「なんでこいつ挙動とかわかるくせにパソコン触れねェんだよ」と初日の本田のイメージが強い鈴木が吐き捨てる。
手だけに集中し変身の作業をする志田。目が暗い。
笹井が教室の隅で赤い封筒の中身を真剣に読み込みながら考える。
本田は、「笹井。」と優しい声で笹井を倉庫部屋に連れて行った。
「ッ…」笹井がこちらの胸元を掴んでくる。
「私だって…あの子たちが死ぬなんて…極力見たくない」と枯れ果てたような声で呟いた。
その上で、「でも…私は、クラス委員で責任者。切り捨てなければならないものは、切り捨てるしかない」と続ける。
「…」と本田は黙って、笹井を抱きしめつつ、その背中を摩る。
「優しくしないでよ、こんな時だけ。いつもみたいに適当な返ししてよ」
笹井は本田の態度に、不満そうに嘆いた。
「お前。」本田は笹井と顔を合わせた後、「引っ込んでろ。もう」と言葉で彼女を突き放す。半笑い。
「…何。」予想外の言葉に、笹井は上目遣いで本田を見上げる。十五センチぐらいの身長差。
「お前がここまで抱える必要は無い。笹井はきっぱり切れるものは切る。その考えを貫け。お前はお前の目的のためだけに動けばいい。お前が迷わなくて済むように、このクラスの問題は全部俺が…」
「…私の目的は、三学期までに、ケイの居場所を突き止めて、彼女とこの島を二人で出る事…」
「…でも…あなたはどうしてそうやって」
「黙って一人でどうにかしようとするの」
「逃げないでよ」「答えなさいよ」
彼の言葉を聞いたあと、ここぞとばかりに帰ろうとする本田を問い詰める笹井。
本田は制服の両ポケットに手を入れて立ち止まる。
「お前がはじめて聞くな?」
そう言っては、「俺はこの学園の【意図】【実態】を把握した上で、選んでここに来た」と説明する。
まだ本田の意図を知ったのは、笹井だけだ。
「え…?」と瞬きをする笹井。
「なんで?…こんな死ぬかもしれない、本当に死人が出ているかもしれない学園に、わざわざ」と瞳を震わせる。
「必要があったからだ。ここに来る必要が」振り返る本田の顔。冷徹で、何を考えているかまで、笹井には読めない。教室に戻ろうとする本田の腕を、掴む笹井。
「…大事な事。何か隠してない?」
笹井がそう言っては、本田は仄かに微笑んだ。
「…」
その僅かな笑顔に、笹井はゾッとする。覚悟?憎悪?いや、違う。殺気にも近い。
正義とも取れる。何か、熱い。
笹井は本田の雰囲気に圧倒されるまま、腰を抜かすように座り込む。
「…本田…湊」本田の名前を呟きながら、笹井はスカートのホコリを払い、立ち上がる。
(…私には)
(彼の事が読めない)
(何もわからない)
(…知ってたって)
(知ってて来たって)
(じゃあ何)
(不登校で行ける学校が無かったって)
(ウソでもついてるの)
(…信用ならない)
笹井は学生証アプリから、そのまま理事長の電話に、コールを入れた。




