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第20話 私の宿場で春の馬車を迎える

雪がほどけ始めた朝、ノイパスには春の一番便が入った。


 白かった谷に細い水音が混じり、宿場門の脇には新しい路線掲示板が立っている。帳場の上には、私が引き継いだ正式な宿帳と、ヨナスの手書きの朝便表。


「時刻通りです」


 私が言うと、御者も旅人も笑った。


 食糧庫は満ち、厩舎の飼葉札は揃い、湯沸かし場には朝の湯気が立つ。去年まで冬を越えられないと囁かれていた宿場が、今は春の便を迎えている。


 仕事を終えて門の前へ出ると、ヨナスが小箱をひとつ差し出した。中には小さな銀の帳場印が入っている。柄の先に、雪峡の松が刻まれていた。


「宿場運営統括の新しい印だ」


「こんな立派なものを」


「仕事道具だ」


 そこで一拍置き、彼は珍しく少しだけ視線を逸らした。


「……それと、仕事以外でも、ここにいてほしい」


 春の風が、門をやわらかく抜ける。


 私は銀印を握り、彼を見上げた。


「路線表だけでは足りませんか」


「足りない」


 その答えがあまりに真っ直ぐで、笑ってしまう。


「では、宿場の帳場と一緒に考えます」


「長く考えてくれていい」


「ええ。でも、朝便は待たせません」


 私たちは並んで、春の馬車が次々に門をくぐるのを見た。


 もう私は、煤だらけの宿帳の影に追いやられた女じゃない。


 ここが私の宿場で、ここが私の席だ。


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