第百五十一話「第一期末テスト終了⑭」
初夏の朝の陽光が、校門へと続く並木道を白く焼き付けていた。
春馬は、登校中にスマートフォンに届いた一通の通知を、無機質な視線で反芻していた。
『春馬くん、おはよ! 今日の放課後、ついに退院することになったよ。……迎えに来てくれたり……なーんてね! 冗談だよ!』
若宮蒼奈からのメッセージ。
語尾の軽快さとは裏腹に、行間から漏れ出る「期待値」という名の非論理的な圧力を、春馬は敏感に察知していた。
「(……退院。……リハビリテーションの段階を終え、社会復帰(登校)への移行フェーズに入ったということか。……だが、迎えに行くべきか? 物理的な移動手段を持たない俺が行ったところで、タクシーの運賃を折半する程度の合理的メリットしか存在しない……)」
そんな、自分への言い訳に近い「非効率性の証明」を脳内で行っていた時だった。
「あ、春馬くんじゃん! おーい、お久しぶり!」
不意に背後から、聞き覚えのある、しかし蒼奈よりも一段階低い、艶のある声が降ってきた。
振り返ると、そこには蒼奈の姉であり、圧倒的なビジュアルと社交性を兼ね備えた「上位互換」とも呼ぶべき存在、若宮麗華が立っていた。
「……若宮さん。……お久しぶりです」
春馬は、反射的に背筋を伸ばし、最敬礼に近い角度で会釈した。
彼女は、春馬が定義する「予測不能な若宮蒼奈」を育んだ土壌そのものであり、ある意味では蒼奈以上に、春馬の論理を攪乱してくる天敵のような存在だ。
「春馬くん、この前は本当にありがとね! 警察から聞いたよ。……蒼奈が無事だったのは、全部春馬くんのおかげだって。……家族として、本当にお礼を言わせて」
麗華は、一点の曇りもない、向日葵のような笑顔を向けた。
その瞳の奥には、妹を救ってくれた少年に対する、深い感謝と——そして、拭いきれない「興味」が渦巻いている。
「……若宮から連絡が来ているので、状況は把握しています。……俺は、その場における最適解を選択したに過ぎません」
「あはは、相変わらず春馬くんはさっぱりしてるねぇ。……そういうところ、蒼奈が気に入るのも分かる気がするよ」
麗華はクスクスと笑い、春馬の隣を歩き出した。
その歩調の合わせ方、距離の詰め方。
春馬は、自身のパーソナルスペースがじわじわと侵食されていく感覚に、微かな眩暈を覚えた。
「そういえばさ、春馬くん。……ちょっと気になってたんだけど、君、あの男三人組を簡単にやっつけちゃったんでしょ? 警察の人も驚いてたよ。……なんでそんなに強いの? もしかして、格闘技でも習ってた?」
麗華の視線が、春馬の細い手首や肩のラインを品定めするように動く。
春馬は僅かに目を逸らした。
「……格闘技は、習っていません」
「えー、嘘だぁ。だって、相手は体格のいい大人三人だよ? 素人がどうこうできるレベルじゃないって。……春馬くん、もしかして『言えない理由』とかあるでしょ? ねぇ、教えてよ!」
麗華がニヤリと笑い、顔を覗き込んできた。
その表情、その瞳の輝き、そして相手の逃げ道を塞ぐような詰問のテクニック。
「(……既視感だ。……全く同じ挙動を、俺はこの数ヶ月、何度も、何度も、隣の席で観測してきた……)」
やはり、姉妹というのは似るものなのか。
いや、麗華の方がより洗練されている分、逃げ切ることは不可能に近い。
春馬は一つ、重い溜息を吐き、白旗を上げる決意をした。
「……若宮(蒼奈)には、絶対に言わないでくださいよ」
「ん? うん、内緒にするよ。約束!」
麗華は、子供のように悪戯っぽく笑い、耳を傾けた。
春馬は、自身の「黒歴史」とも呼べる、その武力の源泉を、ポツリポツリと独白し始めた。
「……俺の趣味は、SNSでの『レスバトル』です」
「……えっ? レスバ?」
麗華が目を丸くする。
「ええ。……ですが、ネットの海には、こちらが論理的に完璧な論破を行っても、それを認めず、粘着し、卑劣な暴言を吐き続けたり、DMで延々とダル絡みをしてくるアカウントが一定数存在します。……俺は、それらの不純物に対して、猛烈な憤りを感じました」
春馬の語気が、僅かに熱を帯びる。
「『もし、こいつらと現実世界で対面したら。……その時、俺に物理的な力がなければ、結局は声の大きい無知な暴力に屈することになる』。……そのリスクを回避するために、俺は古今東西の護身術、人体解剖学、力学、そして動画サイトにあるあらゆる実戦動画を研究し、自宅で独自のトレーニングを積み重ねてきました。……全ては、対面した相手を『物理的に黙らせる』という目的を完結させるためだけに」
静まり返る並木道。
春馬の告白が終わると同時、若宮麗華の肩が、小刻みに震え始めた。
「……ぷ、っ、……くくく……」
「……笑わないでくださいと言ったはずですが」
「あはははは! 爆笑! 春馬くん、面白すぎるよ! ……レスバに勝つために格闘術を独学でマスターするなんて、聞いたことないよ!」
麗華は腹を抱えて笑い転げた。
その笑い声は、朝の清々しい空気を豪快に切り裂いていく。
「やっぱり春馬くんは、蒼奈に目をつけられる要素というか、ポテンシャルが凄いね。……普通じゃないもん。……ああ、おかしい」
ようやく笑い声を収めた麗華は、涙を拭いながら、どこか慈しむような目で春馬を見た。
「……でも、格好いいと思うよ。……自分の信念を守るために、そこまで徹底できるのは才能だよ。……あ、そうそう! 忘れるところだった」
麗華は、春馬の肩をポンと叩き、真面目な顔で続けた。
「今日、蒼奈が退院するでしょ? ……何か一つ、持っていってあげた方がいいよ。……蒼奈、一週間も病院に閉じ込められてたから。……春馬くんからの『何か』があれば、きっとあの子、全快しちゃうと思うし」
「……考えておきます」
春馬は短く答え、校門へと急いだ。
時間は、放課後までしかない。
病院に向かうまでに残された、わずかなリソース。
「(……『何か』。……形のあるものか? それとも、また『定義』か? ……いや、前回のカードは紛失した。……同じ轍は踏めない)」
春馬は、教室へと向かう階段を上りながら、脳内の演算回路をフル稼働させた。
若宮蒼奈という不条理な特異点に対し、この「救出劇」の締めくくりとして相応しい、最も論理的で、かつ彼女の予測を裏切るリワードとは何なのか。
春馬のポケットの中、空っぽになったはずの場所が、今は期待と不安という名の、目に見えない熱を帯び始めていた。
今期、天使様だの転スラだの、よう実、リゼロ……
悔しくて悔しくて視聴できませんでした。
ジャンルが違えどライバルだと思っています。
皆様はどんな感情が湧きますか?嬉しさですか?
僕は悔しいという感情で一杯になりました。だから、超えます。全てを。
「俺は恋愛主人公じゃない。かつて公開処刑され、『雑巾』と呼ばれた俺を、学園一天真爛漫で予測不能な美少女が『研究対象』として逃がしてくれない件」この作品が日本で、世界で騒がれるくらいになれると確信しています。
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理由ですか?
理由はテンプレのラブコメではなく異色すぎるラブコメだからです!作品に対する感想で「珍しい」「ここまで長い」という感想をいただいたのですが、最高に嬉しかったです!狙い通り!みたいな?笑
これからもこの作品をよろしくお願いします!




