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第百四十七話「第一期末テスト終了⑩」


「……あ、ああ、もういい。分かったよ、ガキ。……てめぇ、後悔させてやる」

リーダー格の男の顔から、先ほどまでの卑屈な笑みが消え、獣のような濁った殺意が溢れ出した。彼は両脇の二人に低く、鋭く命じる。


「やるぞ。……こいつの言う通り警察が向かってるなら、もう後がねぇ。こいつらをここで黙らせて、とっととズラかる。……一人ずつ確実に仕留めろ!」

男たちの足が、獲物を囲む捕食者のそれに変わる。春馬はそれを見ても眉一つ動かさず、むしろその状況を歓迎するかのように不敵な笑みを深くした。


「……正当防衛。刑法第三十六条第一項。急迫不正の侵害に対し、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。……お前たちが物理的な加害行動に移行した瞬間、俺の反撃は法的な裏付けを得る。……感謝するよ、これで心置きなく『物理的な解体』に移行できる」

春馬は手荷物を蒼奈の足元に滑らせた。その瞬間、一人目の男——大柄な体躯を持つ男が、怒号と共に飛び込んできた。


大柄な男が右の大きなスイングで春馬の側頭部を狙う。素人の、感情に任せた大振りだ。

春馬は最小限の動きで左斜め前へと踏み込み、男の懐に潜り込む。風を切る拳の感触を耳元で感じながら、春馬の左掌が男の突き出された右肘の内側に添えられた。


「……作用点ピボットの固定」

春馬は男のパンチの勢いを殺さず、むしろその前進エネルギーを加速させるように右手を男の顎下へ滑り込ませた。左手で肘を引き込み、右手で顎を跳ね上げる。

頸椎が不自然に反り返り、男の重心が踵へと移動した瞬間、春馬の右足が男の軸足の膝裏を刈り取る。

『ゴッ!』という鈍い音と共に、男は後頭部をアスファルトに叩きつけた。脳震盪。一秒足らずの出来事だった。


「この野郎……っ!」

二人目の男が、友人の転倒に激昂し、懐から折りたたみ式のナイフを取り出した。銀色の刃が夏の陽光を反射する。

男は短く鋭い刺突を春馬の腹部へ放つ。

春馬は半身になり、ナイフの軌道をミリ単位で回避。それと同時に、男のナイフを握る右手首を、自身の両手で上下から挟み込むように固定した。


「刃物の保持における最大のリスクは、手首の可動域だ」

春馬は己の体重を乗せ、男の手首を外側へ向かって鋭角に捻り上げる。小手返しに近い、骨格の構造を逆手に取った関節技。

『メキッ』という嫌な音が響き、男の指が麻痺したように開く。地面に落ちるナイフ。

春馬はさらに手を緩めず、男の肘を自身の肩に固定し、テコの原理で下方へと圧力を加えた。

肘関節の過伸展。男は激痛に叫び声を上げ、地面に這いつくばった。


「……死ねぇぇ!!」


最後の一人、リーダーの男が背後から飛びかかってくる。

春馬は振り返ることなく、気配だけでそのタイミングを測った。男が春馬の首を絞めようと両手を伸ばした瞬間、春馬は低く身を沈め、男の股下へと潜り込む。

柔道の背負い投げの要領だが、春馬の手法はより「破壊」に特化していた。

男の腕を掴むのではなく、脇の下に自身の肩をくさびのように打ち込み、男の突進力を利用してそのまま前方へ放り投げる。

宙を舞った男が地面に接触する直前、春馬は立ち上がり、男の着地点へと先回りした。

落下する男の胸部へ、春馬の膝が重力加速度を乗せて突き刺さる。


「……ガハッ……!?」

肺から全ての空気が強制的に排出され、男の視界が白濁する。

春馬は倒れ伏した男の首筋に手を当て、頸動脈を軽く圧迫しながら、耳元で冷酷に囁いた。


「……物理演算の結果だ。お前たちの暴力という不確定要素は、人体の構造という確定した物理法則の前では、無力に等しい。……さて、残りの三分間、意識を保ったまま絶望を味わうか、それともこのままシャットダウンさせてやろうか?」

静寂が戻った校門前。

三人の男たちは、アスファルトの上で醜く悶え、あるいは意識を失い、文字通り「解体」されていた。

春馬は乱れた呼吸を整えることもなく、冷たい手つきで制服の埃を払った。

その背後で、蒼奈はただ、呆然と立ち尽くしていた。

理屈を武器にする少年が見せた、あまりにも合理的で、あまりにも圧倒的な「暴力への解答」。

春馬はゆっくりと振り返り、蒼奈の瞳を見つめた。


「……若宮。怪我はないか? ……計算外の不純物が混入したが、除去は完了した」

その瞳には、先ほどまでの狂気的な冷徹さはなく、ただ、隣の席の少女を案じる、不器用な「春馬」の光が宿っていた。

遠くから、微かに、けれど確実な救いの音——パトカーのサイレンが、夏の空気を震わせながら近づいてきていた。

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