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「李―、餌の時間だぞー?」
楽し気な少年の声が響く。その手には装飾の細かい美しい食器。けれども、その食器にのる食べ物は黒焦げた炭だった。焦げ臭い匂いが辺りに充満し、振り返る男たちは顔を顰める。しかし、食器を手にした少年は笑顔を崩さなかった。
足取り軽く、少年は大広間の檻の前に腰を下ろす。
その檻の中には、眉間にきつく皺を寄せたひとりの幼女がいた。ふんわりとした可愛らしいワンピース、ワンピースによく似合うリボンの髪飾り。幼女は檻の中で、花柄の毛布を抱き締めた。
少年は檻の扉を開く。幼女は後退し、その背を格子にくっつけた。
「李、餌の時間だぞ。今日の餌は自信作なんだ。絶対美味しいから食べてみてくれ!」
言いながら、少年は檻の内側に食器を置く。屈託ない笑顔を浮かべる少年とは裏腹に、幼女は更に眉間に皺を寄せ、食器から目を逸らした。
「李?すももー?どうした?お腹減ってないのか?あっ、もしかしてお腹痛いのか⁉どうしよう、人間の治し方なんて知らないぞ!誰か!だれかー!」
「うるさいですよ、炎雨くん」
パニックになり頭を抱える少年の背後から、別の少年が現れる。柔らかい声とは相反して、その言葉には棘があった。炎雨——そう呼ばれた少年は顔を上げ「海月!」と瞳を輝かせる。その瞳の中には、海月と呼ばれた少年に対する絶対的な信頼があった。
「どうしよう!李が餌を食べないんだ!病気かな⁉海月、人間の治し方知ってるか⁉」
「李は病気ではありません。どう見ても炎雨くんが作ったゲロマズ料理を食べたくないに決まってます。それと、餌と呼ぶのはおやめさない。李が気分を悪くするのも当然です」
海月は深い溜息をつく。
炎雨はほんの少し思案したような顔をすると「んー、そっか!わかった!」と明るく笑った。
それと同時に、長髪の青年が盆を持って大広間に現れる。盆にのったのは芳醇な香りの温かい食事。青年は檻の前に座る炎雨と、その背後に立つ海月を見て首を傾げた。
「何をしている」
「李に餌……じゃなくて、ご飯あげてた!」
「食事なら彩虹が作ったものを持ってきた。炎雨が作ったものはオレが食べよう」
「よくそんなゲテモノを食べようと思えますね、満月くん」
長い髪を大きく三つ編みに束ねた青年、満月。彼は今しがた持ってきた料理と、炎雨が作った料理の器を交換し、そのまま大広間の椅子に腰かけた。数秒間、炭料理を眺めた満月はやがて黙々とそれを口に運ぶ。炎雨は嬉しそうに笑ったが、海月は苦虫を嚙み潰したような顔をした。
こほん、とひとつ咳払い。
海月は満月から視線を逸らすと、部屋の隅で縮こまっている同胞を視界に入れた。瞳に光のないその青年は、怪しい笑みを浮かべて人形を縫っている。
「それで?蜜火くんはここで何を?」
「すもも、の、にんぎょう、つくっています、です。とってもかわいい、じしんさく、ます」
口角を上げたまま、蜜火は李の人形を海月に見せる。海月は「なるほど。ええ、よくできていますね」と軽く頷いた。
「そういえば、くらげさん。みか、このあいだ、うみ、へ、さんぽにいった、ます。そこで、さかな、たち、が、うわさ、しているのを、きいた、ます」
「それはもしや《愛猫》の件ですか?」
海月の言葉に蜜火は頷く。
《愛猫》が《聖剣》にケンカを吹っ掛け《聖剣》と、それに協力した《絶唱》によって返り討ちにあった。かなり柔らかく表現するならば、この言葉が妥当だろう。
海月は人差し指を顎に添える。
視界の端では、檻の中で食事をする李の姿が映った。
「……正直《愛猫》が《聖剣》を敵に回そうと企んだこと事態、謎ですね」
「その件に関しては、ごちそうさまでした。オレも謎だ。炎雨、完食したぞ。《愛猫》が《聖剣》に勝てるとは思えない」
「……概ね同意しますが、満月くん。私へ声をかけるか、炎雨くんに感謝を述べるか、言葉を分けてもらえますかね」
海月は再度溜息をつく。
その間に、蜜火は李がいる檻に近づき、李は顔を顰めて檻の扉を閉めていた。
炎雨はテーブルに突っ伏しながら、空になった食器をフォークでつつく、その表情はどこか悲し気だった。
「なんで同胞同士で争うかねえ。いや、人間とだって争いたくはないけどさ。みんな平和にできればいいのに」
「誰もかれもが、炎雨のように優しい心を持ってはいないのだろう」
「争いはむしろ、人間の専売特許のような気もしますけれどね。ああ、李や現代の人間ではなく、一昔前の、ですが」
皮肉を込めた口調で海月が笑う。
炎雨は勢いよく立ち上がると「よし!」と瞳を輝かせて、檻の中の李を抱き上げた。途端、李は顔を歪める。しかし、炎雨は気にしていないのか「楽しいことをしよう!今日はみんなでお散歩だ!」と大広間を飛び出した。
廊下を駆けながら「彩虹―!朝焼―!夕焼―!どこだー!」と炎雨が叫ぶ。
海月は何度目か分からない溜息をついて「……我らが《火車》のリーダーの命令です。満月くん、蜜火くん、散歩に行きますよ」と手を叩いた。




