幕引き
《愛猫》の聖人を一掃して出口を探していると、見知った顔が前から歩いてくるのが見えた。互いに、僅かに目を見開く。
カノンは眉間に皺を刻み、アルは破顔した。
「カノン様! べに様! もす様!」
「セノラ、お前なんでそんなに大怪我なんだよ」
カノンとほぼ同時に声を発したアルは咄嗟に口を閉じる。
セノラは表情を変えずに、視線で背後を示した。セノラの後ろには《愛猫》のリーダーと、それを引き摺って歩く海の姿。カノンの眉間の皺がひとつ増えた。
「海? なんでお前がここにいんだよ」
「もー、同じこと何度も言うの疲れるよー。アル、説明して☆」
「カノン様たちを探していたらしいっす!」
「端的すぎる」
「ならば、セノラが大怪我をしているのはなぜだ? そこの猫耳男のせいか?」
「……アル、説明して」
「その通りっす!」
元気よくにこやかに返事をするアルの姿に、その場全員の闘志が削がれる。
べには大笑いし、カノンは溜息をついた。
「《聖剣》の聖人が一緒だっていうのはセノラに聞いて知ってたけど、べにともすだけなんだ? それなら探さないといけないよねえ。うちのチームの聖人もまだ揃ってないみたいだし」
パッと出てきてくれないかなあー。と続けて、海は猫耳男を振り回す。あからさまに顔色が悪い猫耳男を見て、アルは心底心配になった。
カノンはセノラの頭から足を隈なく凝視すると「早いとこ、キララと合流しねえとな」と舌打ちした。
「キララ様と?」
「ああ。あのクソ兄貴、無事だといいけどな」
「無事、なんじゃないっすか? オレたちの村が襲われた時も助けてくれたし——……」
言いかけて、アルは首を傾げる。
……そういえば、初対面の時に戦っていたのは羽空様だけだったな。あれ? 言われてみれば、キララ様が戦っているところを見たことはないかもしれない。
その疑問が顔に出ていたのか、カノンは説明のため口を開いた。
「あのな、キララは——……」
その瞬間。
ごおお、という轟音と共に両側の壁に亀裂が入る。
瞬時に表情を変えた海は、その場にいる全員を担ぎ上げ、数㎞後ろに飛躍した。あまりに一瞬の出来事に、アルは目を瞬かせる。セノラの攻撃や動作も目で追えないほど速いものだったが、海のそれは比ではない。
アルは先程のセノラの発言を思い出した。
食喰海はもともと《皇帝》の聖人だった、という言葉を。
壁の亀裂は徐々に大きくなり、ぴしぴしと音を立てる。そして、限界をむかえた両壁は亀裂の部分から破壊された。
右側の壁からは洪水が溢れ、左側の壁からは剣の切っ先が突き出る。それと同時に、壁の向こうから探していた人物たちが姿を現した。
「あれ? あっ!なんかみんないるっぽい! おーい!」
「……外、ではないか。ん? その声はメイクか?」
まるでサーフィンのように、洪水の波に乗って現れた羽空、キララ、メイク、蒼滴。
対してアリア、海愛は得物で地道に壁を壊してきたらしい。
アルは顔を明るくすると「羽空様―! キララ様―!」と大きく手を振った。
喜々としたアルの声とは相反して、べにの口から、怒りを秘めたような低い声がまろびでる。
「……海、この私を弱者扱いか?」
その声色にアルはびくりと震えたが、海はあっけらかんとした様子で「あ、ごめーん、つい☆」と舌をぺろりと出した。
海の腕から解放されたべには、それはそれは不機嫌だった。べにには及ばずとも、もすも明らかに機嫌が悪い。カノンは衣服についた汚れを払いながら「プライドが高ぇ奴らだぜ」と溜息をついた。
全員が揃い、情報の共有を行う。
みなそれぞれ、襲ってきた敵と戦闘の描写を事細かく説明した。
しかし、羽空は声を発さない。ただ黙って何かを考えているようだ。
アリアと海愛の説明の際、羽空はやっと顔をあげる。
アリアの腕の中にいるカメのぬいぐるみを見て、目を細めた。
「……というわけで、捕らえたはいいがA4大陸を襲った理由を話してはくれなかった」
カメのぬいぐるみは、本当にただのぬいぐるみであるかのように微動だにしない。しかし、海に引き摺られている猫耳男の姿を捉えた時、動揺したのか僅かに身体が震えた。
それを見逃さなかった海は「今ちょっと動揺したー? したよねー? ほらほら早く情報を吐かないと、君たちのリーダーがもっと痛い思いをするよー?」と猫耳男の耳を力強く引っ張る。
カメのぬいぐるみはそれでも口を開かない。
アルは内心、どちらが悪役か分からないな、と眉尻を下げた。
数秒の沈黙の後、羽空が緩慢に口を開く。
「そのカメのぬいぐるみ、それからオレたちが連れてきたウサギのぬいぐるみ、上空に投げてくれない?」
その言葉に、アリアとメイクは目を見開く。
べにはすかさず「何をする気だ?」と問いかけたが、羽空は答えなかった。
アリアとメイクは僅かに顔を見合わせる。それは迷いではなく確認。頷きあった二人は、弧を描くように、それぞれぬいぐるみを天へ解き放った。
一瞬の出来事。
天高く解き放たれたぬいぐるみは、羽空の手によって布と綿の塊に変えられた。残骸が、軽い音を立てて床に落ちる。
数秒の沈黙。
海はその場の誰よりも早く「えーーーーーーーっ!」と大きな不満声をあげた。
「なんで壊しちゃったの⁉僕がやりたかったのに‼」
「言うに事欠いてそれかよ」
「カノンうるさい!僕が戦闘狂だって知ってるでしょ⁉なんで譲ってくれないの‼」
「自分で戦闘狂って言うなよ」
「キララもうるさーい!」
地団太を踏み、寝転がった状態で手足をバタつかせる海。まるで、泣き喚く子供のようだ。しかし、口から出る言葉は物騒極まりない。
海は暫くそうしていたが、飽きてしまったのか突如身体を起こす。そして、自分が掴んだままの猫耳男をじっと見つめた。
「じゃあ、せめて、こいつは僕に譲って」
「待て、その前に確認だ」
今にも戦闘を始めそうな海を、べにが止める。べにはまっすぐ羽空を見つめながら神妙そうに口を開いた。
「おまえが何を考えているのか、私には理解できん。だが、A4大陸の人間たちは無事に帰ってくるのだろうな?」
「もちろん。それは保証するよ」
べにと羽空は暫し見つめ合う。やがて、べには静かに溜息をつき「ならば、よい」と目を閉じた。
リーダーのべにの判断だ。《聖剣》の聖人たちも頷き、一歩下がる。
羽空は、猫耳男の足を掴んだままの海に向けて、静かに名を呼んだ。
「海」
「嫌だよ」
海はそっぽを向いたまま、猫耳男の耳を引っ張る。羽空は溜息をつくと「後で戦ってあげるから。べにが」と《聖剣》のリーダーを差し出した。べには「私かよ」とツッコミを入れながら、まんざらでもない顔をする。
海は羽空と顔を合わせると、黙ってその瞳を見つめた。羽空の瞳には微塵の揺らぎもない。《絶唱》に加入してからというもの、海は幾度も羽空のこの瞳を見てきた。だからこそ、彼が何を言いたいのか理解できる。
海は大きく、とても大きく溜息をつくと、しっかりと掴んでいた猫耳男を解放した。
刹那。羽空の得物が猫耳男へと突き刺さる。朦朧とした意識の中で目を覚ました猫耳男は、眼前の羽空を見た。一瞬だけ、視線が交わる。羽空は猫耳男の瞳にあらゆる感情を見たが、それを無視するかのごとく彼の顔面をわしづかみにした。
「もう、お眠り」
それだけ言うと、羽空はほんの少し瞼を伏せた。それと同時に、猫耳男の身体が泥のような液体に変わる。それは羽空の指の隙間を通り、床へと散乱した。
沈黙が場を包む。羽空は衣服の汚れを掃うような動作をすると「さっさと帰るよ」と歩き出した。海愛は眉尻を下げながら、急いで羽空の後を追う。
それを合図に、各々、歩き出した。アルを除いて。
「アル」
キララが声をかける。
アルは床に散乱する泥水、そして布と綿の塊を見つめながら小さく呟いた。
「……死んじゃった、んすか」
キララは何も言わない。ただ、アルの背中を撫でると、その腕を引いて歩き出した。
動揺からか、アルの足は縺れ、動悸も激しくなってゆく。
キララは前を歩く羽空の背中を見つめながら「羽空はさ、優しいんだよ」と呟いた。
「優しくて、いい奴なんだ。だから今回のことも、きっと理由がある」
「……キララ様」
「信じてやってくれ、あいつのこと」
キララは眉尻を下げたまま、口角をあげる。
「けど、人間であるアルに見せていい光景じゃなかったよな。ごめんな」
キララの謝罪にアルは首を横に振る。
アルは羽空を信じている。まだ出会って間もないけれど、それでも、心優しい聖人だと信じている。
信じている、けれど……。
目の前で消えてゆく命。その残骸。
それらが脳裏にこびりついて離れそうになかった。




